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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第三章:異界の病根と共鳴する銀鍼】

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232/275

第232話:棄てられた自画像、道端に咲く「未完成」の少年

本日も、夕方の更新をお読みいただき、心より感謝申し上げます。


アザレアの村を救いながらも、その異形ゆえに「怪物」として疎まれ、静かに村を去ったくるる

右腕に封じ込めた数万の怨嗟は、今も彼の経絡を内側から焼き、精神を削り続けています。


「……枢、……休め。……お前の呼吸は、……もう……壊れかけている」


カザンの制止も聞かず、血を吐きながら歩を進める枢の前に、一人の少年が立ちはだかりました。

その少年は、アルキメスがかつて「完璧な世界」を作るために、最初に切り捨てた『未完成の自画像』。


「……ボクを、……殺しに来たの? ……それとも、……ボクを……『治療』してくれるの?」


神に捨てられた子供と、神の絶望を喰らった鍼灸師。

孤独な二つの魂が交錯する、新章の幕開け。

第232話、救済の「本当の意味」を問う、慟哭の往診をお届けします。

 アザレアの村を後にしてから、数時間が経過していた。

 街道を包む朝霧は、いつの間にか重苦しい湿り気を帯びた夕霧へと姿を変え、一行の行く手を阻んでいる。


 くるるの歩みは、一歩ごとに土を抉るほどに重かった。

 右腕は、もはや「肉」としての機能を失いつつある。

 漆黒に変色した肌の下では、封じられた数万の怨嗟が、逃げ場を求めて暴れ狂っていた。


「……っ、……はぁ、……ぁ、……ぅ……!!」

 枢が、激しく咳き込んだ。

 口から零れ落ちたのは、鮮紅の血ではない。

 どろりとした、文字の破片が混ざったような「黒い泥」だった。


「……枢先生!!」

 ミナが駆け寄り、枢の背中を支えようとする。

 だが、その手が枢の服に触れる寸前、黒い右腕から放たれた不気味な衝撃波が、彼女を優しく、しかし確実に跳ね返した。


「……来ないで、……ください。……今の私は、……触れるものすべてを……『否定』してしまいかねない……」

 枢の声は、地底から響くような、重く、掠れたものに変貌していた。


 枢は、震える左手で自身の足にある**『足三里あしさんり』**を、渾身の力で突いた。

 胃経の要穴であり、強壮のツボ。

 枯れ果てようとする自身の生命力を、無理やり底上げし、一歩でも先へ進むための「燃料」を絞り出す。


 さらに、手首の内側にある**『内関ないかん』**。

 心を守り、吐き気を鎮めるこのツボに、自身の爪を立てて深く、深く抉るように圧迫した。

 脳内を駆け巡る数万の「死にたい」という囁きを、物理的な激痛で塗り潰すために。


「……そこまでだ、……鍼灸師。……これ以上進めば、……お前の『心臓』が……先に止まるぜ」

 むくろが、自身の義手を枢の行く手へと突き出した。

 死の気を纏う骸でさえ、今の枢から漏れ出す「因果の猛毒」には、本能的な恐怖を感じていた。


「……止まるわけには、……いかないんです。……私が止まれば、……私の中にいる……彼らの物語が……本当に……『なかったこと』になってしまう……」


 その時だった。

 霧の向こう側から、パタパタと軽い足音が聞こえてきた。

 

 現れたのは、十歳にも満たないであろう、一人の少年だった。

 ぼろぼろの麻の服を纏い、裸足で冷たい土を踏みしめている。

 その髪は白く、瞳は透き通るような翡翠色をしていた。


「……おじさん、……すごいね。……そんなにたくさんの『ゴミ』を、……一人で……持ってるんだ」

 少年の声は、鈴を転がすように清らかだったが、その言葉には、一切の感情が宿っていなかった。


「……坊主、……どこの誰だ。……こんな場所で……一人で何してやがる」

 カザンが、警戒を解かずに問いかける。

 この霧の中、子供が一人で歩いていること自体が、この世界の「異常」を物語っていた。


「……名前? ……ないよ。……ボクは、……アルキメス様が……一番最初に描いて、……『やっぱりこれじゃない』って……消されちゃった……落書きなんだから」


 少年の言葉に、枢の翡翠眼が大きく見開かれた。

 少年が歩くたび、その足跡からは色が抜け、地面が白く変色していく。

 彼こそが、アザレアの村を襲った「白化病」の真の源泉。

 アルキメスがかつて「自分自身の理想像」として描き、未完成のまま廃棄した、生ける『没案』。


「……君が、……最初の……」

 枢が、膝を突き、少年と同じ目線になろうとした。

 激痛が全身を走るが、枢はそれを無視して、少年の虚ろな瞳を見つめた。


「……おじさん、……ボクを……直してくれるの? ……それとも、……他の人みたいに……ボクを……消しちゃうの?」

 少年が、無邪気に右手を差し出した。

 そのてのひらは、既に輪郭がぼやけ、背景の霧が透けて見えている。


 枢は、躊躇わなかった。

 彼は、呪われた真っ黒な右腕を、ゆっくりと、しかし確実に少年の手へと伸ばした。


「……危ねえッ、枢!!」

 カザンの叫び。


 二人の手が触れ合った瞬間。

 アザレアの村で起きたこととは比較にならない規模の、巨大な「因果の放電」が周囲を焼き払った。

 霧は一瞬で蒸発し、街道の木々は真っ白に脱色され、砕け散る。


 枢の右腕から、黒い「絶望」が少年の体内へと流れ込み、少年の「虚無」が枢の肉体を白く侵食し始めた。

 毒と虚無。

 どちらが先に相手を消し去るかの、凄絶な「生存競争」が枢の肉体の中で始まった。


「……ぐ、……ぁ、……ああああああああああああああッ!!!」

 枢は、左手で自身の頭頂部にある**『百会ひゃくえ』**を、自身の鍼で貫いた。

 百の気が集まるこのツボを強制的に開放し、自身の全精神力を、この少年の「再記述」へと注ぎ込む。


「……君は、……ゴミなんかじゃない。……アルキメスが……捨てたとしても、……私が……ここに刻みます……!!」


 枢の指先が、少年の胸元――**『膻中だんちゅう』**を捉えた。

 感情が集まるそのツボに、枢は自身の右腕に封じられた「数万の人生」のうち、最も温かく、最も優しい記憶を、一滴だけ滴り落とした。


 少年の虚ろな翡翠色の瞳に、一瞬だけ、本当の「光」が宿った。


「……あ、……ぁ……。……暖かい、……ね……」

 少年の体が、枢の腕の中で、光の粒子となって崩れていく。

 それは消滅ではない。

 枢の右腕という名の「牢獄」へと、少年の魂が、一人の患者として迎え入れられた瞬間だった。


 第232話。

 アルキメスの『最初の没案』を飲み込み、枢の右腕は、さらなる深淵へと変貌を遂げる。

 一人の少年を救うために、枢は自らを、さらに人間から遠ざけていく。

本日、18:00の更新を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


土日ブースト第5回。現れたのは、アルキメスの捨てられた自画像とも呼べる少年でした。

彼を救うために、枢は自らの肉体を「虚無」の受け皿として差し出し、さらなる異形へと足を踏み入れました。


救うたびに、人間としての形を失っていく枢。

その姿を、カザンやミナたちは、どのような思いで見つめているのでしょうか。


次回の第233話は、本日最後の更新**【21:00】**にお届けします。


少年の魂を飲み込んだ右腕が、ついに言葉を発し始めます。

「……枢、……代われ。……今度は、……ボクが……お前を救ってあげる」

内側から響く少年の声。枢の意識が、闇へと沈んでいく。


21時、本日最大の衝撃があなたを襲います。

最後まで、どうぞお見逃しなく。

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