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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第三章:異界の病根と共鳴する銀鍼】

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第231話:感謝の裏側、異形の腕に刺さる「沈黙の棘」

本日、4回目の更新をお読みいただき、誠にありがとうございます。


世界のバグを自らの右腕に封じ込め、アザレアの村を消滅の危機から救ったくるる

しかし、その右腕から漏れ出す「数万の怨嗟の囁き」は、もはや人間の許容を超えた異形のものでした。


「……化け物。……あの先生、……化け物になっちまったんだ……」


向けられるのは、温かい感謝ではなく、鋭く冷たい拒絶の視線。

英雄として迎えられた男が、一夜にして忌むべき存在へと転落する。


「……いいんですよ、カザン。……彼らが恐れているのは、私ではなく……私の中にある『彼ら自身』の絶望なのですから」


孤独な鍼灸師が、それでもなお「人」として立ち続けるための、痛切な対話の記録。


第231話、救済の裏側に潜む「人の業」を、深く、静かに描き出します。

 静寂が、アザレアの村を支配していた。


 空を覆っていた銀の騎士たちは消え、因果の渦もくるるの右腕という名の「牢獄」へと収監された。

 本来ならば、村を挙げた歓喜の声が響き渡るはずの夜明け。

 しかし、広場に集まった村人たちの間には、凍りついたような重苦しい空気が漂っていた。


 枢が、ふらつく足取りで立ち上がる。

 右腕を覆っていた包帯は微塵も残っておらず、肩から先は、夜そのものを塗り固めたような漆黒の肉塊と化していた。

 その黒い肌の表面では、無数の「顔」のような起伏が浮き沈みし、今も絶え間なく、数千人の啜り泣きに似たノイズが漏れ出している。


「……あ、……ぁ……」


 一人の母親が、子供を抱き寄せ、後ずさりした。

 昨日、枢がその命を救ったはずの親子だった。

 彼女の瞳に宿っているのは、恩人への敬愛ではなく、正体不明の「怪物」に対する本能的な嫌悪と恐怖だった。


「……待てよ、お前ら! 枢が何を……どれだけの無茶をしてお前らを救ったか、見てなかったのかよ!!」

 カザンが、耐えかねたように叫び、村人たちを睨みつけた。

 紅蓮槍の穂先が震える。

 命を賭けて戦った友が、救った相手に化け物扱いされる――その理不尽さが、カザンの心を引き裂いていた。


「……カザン、……いいんだ。……やめなさい」

 枢が、低く、掠れた声で制した。


 枢は、自身の左手で、激痛に脈動する右肩の**『秉風へいふう』**を強く圧迫した。

 肩甲骨にあるこのツボは、外からの邪気を防ぐ門。

 しかし今は、内側に閉じ込めた「万人の怨嗟」が、枢の全身へと溢れ出すのを食い止めるための、唯一の防波堤となっていた。


「……村長さん、……お体の……具合はいかがですか?」

 枢が、努めて穏やかな声で、最前列にいた老村長に問いかけた。


「……ひっ、……あ、……ああ……。……お、お陰様で。……ですが、枢先生……。……その、お体は……」

 村長は、枢の「黒い腕」から目を逸らし、震える声で答えた。

 その視線は、かつての聖鍼師を見るものではなく、伝染病の運び屋を見るそれと同じだった。


 枢は、自嘲気味に微笑んだ。

 彼は、往診鞄の中から、一本の銀鍼を取り出そうとした。

 だが、震える指先が鞄に触れた瞬間、右腕から伸びる黒い影が、銀鍼の輝きを一瞬で吸い込み、腐食させた。


「……っ……」


 枢は、左手で自身の足の付け根にある**『衝門しょうもん』**を突いた。

 気の流れを整え、暴走する右腕の因果を、一時的にでも沈静化させようとする。

 しかし、彼が飲み込んだ絶望はあまりにも膨大で、一人の人間の経絡で処理できる限界を遥かに超えていた。


「……枢、……もう行こうぜ。……ここに居ても、……お前が傷つくだけだ」

 むくろが、自身の漆黒の義手を、枢の「黒い腕」にそっと重ねた。

 死の気を纏う義手と、絶望を封じ込めた右腕。

 二つの異形が触れ合った瞬間、静電気のような火花が散り、枢の苦悶が僅かに和らいだ。


「……骸、……私は……」


「……分かってる。……お前は……こいつらを救いたかったんだろ。……救ったじゃねえか。……命があれば、……あとは勝手に生きていくさ。……感謝なんて……贅沢品を求めるなよ。……俺たちみたいな……はみ出し者にはな」

 骸の言葉は冷たく聞こえたが、その奥には、枢を一人にさせないという不器用な優しさが込められていた。


 枢は、村人たちに背を向けた。

 去り際、彼はもう一度だけ、自身の喉元――**『廉泉れんせん』**に、指先を添えた。

 言葉の詰まりを解くためのそのツボを押し、彼は誰に届くとも知れない、静かな「遺言」を遺した。


「……たとえ、……皆さんが私を忘れても。……私の中に……皆さんの一部が……生き続けます。……だから、……どうか……お幸せに」


 村の境界線を越える時、背後から石を投げるような音はしなかった。

 ただ、不自然なほどに「安堵したような」沈黙だけが、枢の背中に重くのしかかった。


 アザレアの村は救われた。

 しかし、その代償として枢は、人間としての「つながり」を、自らの右腕と共に闇へ葬り去ったのだ。

 枢たちは、王都へと続く街道を、朝霧に紛れて進んでいく。

 

 枢の右腕は、今もドクドクと脈打ち、数万の記憶が、彼の脳を内側から削り続けている。

 

 だが、彼の歩みは止まらない。

 黄金なき右腕に宿った、万人の痛み。

 それを抱えたまま、彼は次なる「綻び」へと向かう。

 聖鍼師でもなく、ただの人間でもない。

 因果を喰らう「黒き鍼灸師」の、果てなき巡礼が始まった。


 第231話。

 救済とは、時に、救う者と救われる者の間に、埋められない溝を作る「残酷な外科手術」でもある。

 枢は、血の滲む一歩を、また踏み出した。

本日、中盤戦の更新をお読みいただき、誠にありがとうございました。


救ったはずの村から、実質的な「追放」を受ける枢。

「感謝されたいから救うのではない」と頭で分かっていても、向けられる拒絶の目は、物理的な傷よりも深く、枢の心を抉ります。


黒く変貌した右腕は、もはや元の肉体に戻ることはないのでしょうか。


そして、枢の中に封じられた「万人の絶望」が、再び暴れ出す日は来るのか。


次回の第232話は、本日**【18:00】**に更新予定です。

旅を続ける一行の前に、突如として現れる「謎の少年」。

彼は、アルキメスがかつて『没案』として捨て去った、もう一つの可能性そのものでした。


18時、物語はさらに未知の領域へと加速します。

本日も、最後までお付き合いください。

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