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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第三章:異界の病根と共鳴する銀鍼】

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第227話:名もなき古墓、書き換えられた「最初の恋」と血脈の鍼

本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。


黄金の右腕を失い、一人の鍼灸師として歩み出したくるる

彼が辿り着いたのは、村の外れにひっそりと佇む、名前さえ失われた古墓でした。


「……枢先生。この墓、文字が……内側から脈打っています」


ミナが見つけたのは、アルキメスがかつて物語の起点として描き、そして「残酷な結末」を与えた少女の、消されるはずだった初期設定。


聖鍼師としての輝きを捨てた男が、泥を啜り、血を流して挑む「因果のリライト」。


本日最後の更新は、物語の深淵に触れる、最も熱く、最も痛切な往診の記録をお届けします。

 夜の帳が下りるアザレアの村。

 昼間の「消しゴムの雪」は止んだものの、白く透けた村人たちの吐息は、冷たく無機質な霧となって地面を這っていた。


 くるるは、松明を手にしたカザンとむくろに付き添われ、村の北西にある古い墓地へと足を踏み入れていた。


「……ここだな。因果のノイズが一番酷いのは」

 骸が、漆黒の義手を特定の墓石に向ける。そこには、名前も彫られていない、風化した石の塊が一つ、ポツンと置かれていた。


 だが、枢の翡翠眼ひすいがんには、その石の周囲に渦巻く「文字の残骸」がはっきりと見えていた。

 それはアルキメスがかつて書き込み、そして自ら塗り潰した、この物語の「根源」とも呼べる設定だった。


「……ミナさん。この墓石の土を、少しだけ退けてもらえますか?」

 枢の声に、ミナが跪き、手で丁寧に土を払った。


 そこから現れたのは、石の表面に直接彫られたものではない、内側から発光する「黄金のインク」の記述だった。


『――彼女は、春の訪れと共に死ななければならない。――それが、世界を回すための、たった一つの駆動源トリガーだからだ。――』


 その文字を見た瞬間、枢の右腕の痣が、焼けるような熱を放った。

 地下牢でアルキメスから引き受けた「怨嗟」が、この墓石に刻まれた記述に共鳴しているのだ。


「……これは、アルキメスの最初の愛。そして、彼が神になるために切り捨てた、少女の心ですね」


「……枢。何が言いたいんだ? つまり、この墓が……村の白化病の源だってのか?」

 カザンが槍を構え、不気味に発光する墓石を睨みつける。


「……ええ。アルキメスという『管理者』がいなくなったことで、彼が無理やり押さえつけていた物語の矛盾が噴き出しているんです。彼女は死ぬ設定なのに、世界は春を終えてしまった。そのズレを、世界が『白紙化』することで無理やり解決しようとしている……。このままでは、村そのものが……存在しなかったことにされてしまう」


 枢は、震える右手で、自身の往診鞄から最も長い一本の鉄鍼を取り出した。

 黄金の輝きはない。だが、そこには枢がこれまでに救ってきた、無数の患者たちの記憶が宿っている。


「……骸。もう一度、あなたの『死の気』を貸してください。この物語の『初期設定』を、私が強引に書き換えます」


「……正気かよ。物語の根源に直接鍼を打つってのは、この村の歴史そのものを敵に回すってことだぞ!」


「……構いません。彼女に『死ぬ義務』なんて、もう必要ないんです。この世界は、もう神様のものじゃない。私たちの、不完全な現実なんですから」


 枢が、墓石の「春の訪れと共に死ぬ」という文字の、ちょうど句読点にあたる部分に指を添えた。

 そこは、この物語という巨大な患者の、気の流れが最も滞っている場所――『大杼だいじょ』。

 骨を司り、世界の骨組みを支えるその経穴に、枢は鉄鍼を突き立てた。


 ――ガァァァァァァァァァァァンッ!!!!!


 衝撃波が墓地を駆け抜け、松明の火が激しく揺れる。

 鉄鍼から、ドロリとした黒い因果が流れ込み、墓石に刻まれた黄金の文字を侵食していく。


「……う、……ぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」


 枢の右腕から、パキパキと骨が軋むような音が聞こえる。

 黄金の力を失った肉体が、世界の設定を書き換えるという「神の領域」の負荷に、悲鳴を上げているのだ。

 

 枢は、自らの左手を右腕に添え、**『曲池きょくち』**を強く圧迫した。

 自らの腕の熱を鎮め、溢れ出そうとする怨嗟を、極限まで鍼の先へと集中させる。


「……あ、……あぁ……。暖かい、な……」

 不意に、霧の中から一人の少女の幻影が浮かび上がった。

 それはかつてアルキメスが救いたくて、救えなかった、最初の患者。


 枢は、激痛の中で、その幻影に微笑みかけた。

「……もう、眠っていていいんですよ。春が過ぎても、あなたは……ここにいていい。私が、あなたの存在を、この不完全な世界に再記述します」

 枢の指先から、最後の気が振り絞られた。

 

 狙うは、少女の幻影の胸元――『紫宮しきゅう』。

 心の中心を司るそのツボに、枢は己の血の混じった気を、鉄鍼を介して深く打ち込んだ。


 ――キィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!


 鉄鍼が墓石を貫き、黄金の文字が砕け散る。

 代わりに、そこにはただの、温かい土の匂いと、静かな夜の空気が戻ってきた。


「……終わった、のか?」

 カザンが恐る恐る辺りを見回す。

 

 白く透けていた霧は消え、遠くの村の家々からは、安らかな寝息のような静寂が伝わってきた。

 「消しゴムの雪」はもう、どこにも降っていない。


 枢は、力なくその場に座り込んだ。

 右腕の包帯は真っ赤に染まり、痣はさらに濃くなっている。

 それでも、彼の翡翠眼は、満足げに夜空を見上げていた。


「……枢。お前、本当に……バカな野郎だな」

 骸が、動かない義手で枢の肩を支える。


「……ええ。ただの、往診ですよ」


 第227話。

 黄金の光を捨てた男が、泥を啜り、血を流して勝ち取った、名もなき少女の安らぎ。

 聖鍼師の物語は、こうして一歩ずつ、伝説から「現実」へと降りていく。

4月3日(金)、本日最後の更新をお読みいただき、本当にありがとうございました。


神が遺した「最初の悲劇」を、自らの肉体を削って書き換えた枢。

奇跡を失った代償はあまりに大きいですが、彼が救った命の重みは、以前よりもずっと重厚なものになっています。


そして――明日からは、待ちに待った**【土日6話更新ブースト】**が始まります!


4月4日(土)、最初の更新は**【08:00】**です。

村の危機を救った枢たちの前に現れる、アルキメスの「没案」を回収する掃除屋。

さらなる激動の二日間が幕を開けます。


明日からも、圧倒的なボリュームでお届けします。

ぜひ、お見逃しなく!

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