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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第三章:異界の病根と共鳴する銀鍼】

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第223話:黄金の終焉、一鍼に宿る「人間の体温」

4月2日、21:00。本日最終、第三章・後編【因果の深淵編】をお読みいただきありがとうございます。


「……枢、……見てごらん。……黄金なんてなくても、……君の指先には……熱があるじゃないか」


意識の底で、くるるは懐かしい師匠の声を聞きます。

右腕を蝕む黒いインク。それは、救われなかった物語たちの「重み」。


枢は、残された左手で、自身の右腕に鍼を打ちます。

黄金の奇跡を捨てることで、一人の「泥臭い鍼灸師」へと立ち戻るための、文字通りの自傷行為。


深夜の救護所。

目覚めた枢が、涙を流すミナに告げた、静かな決意。


第三章、真のクライマックス。

黄金の終焉と、人間の始まりを、圧倒的ボリュームでお届けします。

 深い、深い闇の底だった。

 くるるの意識は、自身の肉体という名の宇宙を漂っていた。

 かつては翡翠の光が血管のように走り、黄金の輝きが太陽のように中心に座していたその場所は、今やどす黒い「インクのヘドロ」に埋め尽くされている。


「……これが、……代償……」

 

 自身の右腕に相当する場所を見れば、そこには巨大な黒い楔が何本も打ち込まれていた。

 それはアルキメスが数千年間溜め込んできた、救えなかった患者たちの絶望、捨て去った物語たちの怨嗟。

 それらが枢の経絡を塞ぎ、黄金の気の循環を完全に断ち切っている。

 

 この楔を抜かなければ、右腕は腐り落ち、枢の命もやがて尽きるだろう。

 だが、抜こうとすれば、数千年分の絶望が枢の精神を粉々に粉砕する。

 

『――諦めろ。――お前は神ではない。――ただの、――不完全な人間だ。――』

 

 闇の中から、アルキメスの嘲笑に似た残響が聞こえる。

 枢は、その場に膝を突き、動かない右腕を抱え込んだ。

 

 黄金の腕があれば、こんな絶望など一瞬で焼き払えた。

 黄金の腕があれば、どんな難病も、どんな呪いも、奇跡のように癒せた。

 

 だが、その腕はもう、光らない。

 

「……あぁ、……そうか。……私は、……怖かったんだ……」

 

 枢の目から、一筋の涙が溢れた。

 聖鍼師として称えられ、黄金の腕を振るいながら、彼は心のどこかで「自分自身の無力」を恐れていた。

 黄金という「神の力」がなければ、自分は誰も救えないのではないかという、根源的な恐怖。

 

「……枢。……何を泣いているんだい?」

 

 その時。

 暗闇の向こうから、懐かしい、そしてひどく酒臭い声が聞こえた。

 

「……師匠……?」

 

 ぼんやりとした光の中に、ボロ布のような服を纏い、瓢箪を腰に下げた老人が立っていた。

 枢に鍼のイロハを叩き込み、そして黄金の腕を授けて世に送り出した、先代の聖鍼師。


「……情けない顔をするな。……黄金の腕なんてのは、……ただの『おまけ』だと言ったはずだ。……お前が……最初に鍼を握った時、……そこに黄金なんてあったか?」


「……いえ。……ありませんでした。……ただ、……目の前の患者さんの……痛みを、……少しでも和らげたいと……」


「……そうだ。……お前の指先にあるのは、……黄金の光じゃない。……患者の震えを止める、……『人間の体温』だ」

 

 師匠の姿が、ふわりと消えた。

 

 枢は、自身の左手を見つめた。

 黄金の紋章はない。ただの、細く、少し震えている、人間の手。

 

 枢は、その左手で、自身の往診鞄を探った。

 

 そこには、黄金の鍼でも、銀の鍼でもない、一本の古びた**『鉄鍼てっしん』があった。

 彼が少年時代、初めて自分の小遣いで買い、何万回と練習に使った、ボロボロの鍼。

 

「……診せてください、……私の……絶望を」

 

 枢は、自身の右腕に居座る「黒い楔」を見据えた。

 それは敵ではない。これもまた、治療を待っている「未完の叫び」なのだ。

 

 枢は迷うことなく、自身の右腕の根元、『肩髃けんぐう』**へと鉄鍼を突き立てた。

 

 ――ッ!!!!!

 

 激痛。

 全身の神経が火に炙られるような、地獄の苦しみ。

 黒いインクの奔流が、鉄鍼を伝わって枢の心臓へと逆流してくる。

 

 だが、枢は手を離さなかった。

 

「……痛い、……でしょう。……苦しかった、……でしょう……」

 

 枢は、自身の中に流れ込む数千年の怨嗟を、一つずつ、丁寧に、自身の「体温」で包み込んでいった。

 黄金の力で消し去るのではない。

 その悲しみを、自分自身の肉体で受け止め、共に泣き、共に痛みを分かち合う。

 

 それが、聖鍼師ではない、鍼灸師・枢の、真の「往診」だった。

 

 不意に。

 真っ黒だった楔が、パキン、と音を立てて砕け散った。

 

 黒い煤が、枢の右腕から剥がれ落ちていく。

 そこには、黄金の輝きは戻らなかった。

 ただ、白く、細い、しかし確かな脈動を刻む「人間の腕」が、そこにあった。

 深夜の救護所。

 

「……は、……ぁ……」

 

 枢が、ゆっくりと目を開けた。

 

「……先生!? ……先生、……お分かりになりますか!!?」

 

 傍らで看病していたミナが、椅子から転げ落ちるようにして枢の顔を覗き込んだ。

 枢は、重い頭を動かし、自身の右腕を見た。

 包帯に巻かれているが、先ほどのような不気味な黒い気配は消えている。


「……ミナ、……さん。……朝……ですか?」


「……いいえ、……まだ夜明け前です。……先生、……三日間も……眠っていたんですよ……」

 

 ミナの瞳から、ボロボロと涙がこぼれる。

 枢は、動くようになった右手を、ゆっくりと持ち上げた。

 指先はまだ震えている。感覚も以前の半分もない。

 だが、そこには確かな「熱」があった。

 

「……ミナさん。……私の右腕の……黄金は、……もう……ありません」

 

 その言葉に、ミナがハッとして枢の手を見る。

 掌に刻まれていたはずの、輝く幾何学模様。それが、薄い火傷の跡のような、ただの痣に変わっていた。

「……先生、……そんな……。……あんなに……素晴らしかった……力が……」

「……いいえ。……これで、……いいんです」

 

 枢が、静かに微笑んだ。

 

「……私は、……黄金の腕で……奇跡を起こす聖鍼師には、……もう……なれません。……これからは、……この震える手で、……一歩ずつ……患者さんの心に寄り添う……ただの鍼灸師として、……生きていきます」

 

 その言葉は、喪失の嘆きではなく、解放された者の清々しさに満ちていた。

 

 テントの外、闇の中で二人の気配が動いた。

 

「……ハッ、……全くだ。……あんな大立ち回り演じておいて、……最後は『ただの鍼灸師』かよ」

 

 壁に寄りかかっていたむくろが、呆れたように鼻を鳴らした。

 彼の隣には、腕を組み、静かに朝の空を見上げるカザンの姿もあった。

「……いいんじゃねえか。……奇跡の腕を持つ英雄より、……俺たちの痛みを……一緒に痛がってくれる……そんな奴の方が……俺は好きだぜ」

 

 カザンの言葉に、骸も無言で頷いた。

 

 東の空が、白み始めていた。

 王都・シグルド。

 数千年の呪縛から解き放たれ、不完全な「人間たちの街」として、新しい朝を迎えようとしている。

 

 枢は、寝台から立ち上がり、ミナの肩を借りてテントの外へ出た。

 

「……さあ、……始めましょうか。……まだ、……王都には……手当を待っている人が……たくさんいますから」

 

 黄金の光を失った右腕で、枢は自身の往診鞄を、しっかりと抱きしめた。

 

 第223話。

 黄金の終焉、そして人間の始まり。

 聖鍼師枢の物語は、ここで一つの大きな結節点を迎えた。

 

 しかし、それは終わりではない。

 不完全な世界を、不完全な手で救うための、さらなる苦難と希望の旅路が、ここから幕を開ける。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


4月1日(水)、本日の全4回更新、これにて完結です。

黄金の右腕という「チート級の力」をあえて失わせ、枢が一人の「人間」として再起する……。

この泥臭いカタルシスこそが、先生と約束した「重厚な人間ドラマ」の核になると信じて描写しました。


奇跡ではなく、体温。

枢が手に入れた「本当の強さ」が、次章からの戦い、そしてアルキメスの後始末にどう活かされるのか。


次回は、力を失ったアルキメスに対し、枢がどのような「処方箋」を出すのか。

そして、王都に巣食う残党や政治的な駆け引きなど、戦後の重厚なドラマを展開します。


本日も、一日の長丁場、本当にお疲れ様でした!

明日も、この深淵でお待ちしております!


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