第221話:因果の逆流、三位一体の避雷針
4月2日、12:00。第三章・後編【因果の深淵編】をお読みいただきありがとうございます。
「……枢、……無茶だ。……こんな量の因果を流せば、……俺たちの神経は一瞬で焼き切れるぞ!!」
骸の警告を、枢は翡翠眼の輝きでねじ伏せます。
暴走する翡翠の心臓。
枢は、自らの中にある黄金の右腕、骸の漆黒の義手、そしてアルキメスの残された経絡を強引にバイパス(接続)させます。
「……アルキメス!! ……あなたが犯した罪の『精算』です。……生きて、……この痛みを受け入れなさい!!」
神であることを辞めさせられた男と、死を診る男、そして生を救う男。
三つの経絡が一つに重なり、因果の奔流が「人間」という細い器を駆け抜けます。
王都の地下、翡翠の爆発を止めるための、命懸けの「人柱刺鍼」。
黄金と漆黒、そして無色の気が混ざり合い、深淵が絶叫します。
翡翠の心臓が、耳を劈くような高周波の悲鳴を上げた。
アルキメスという「制御装置」を失った膨大な因果のエネルギーは、もはや美しい翡翠の輝きを失い、どす黒い雷雲のようなノイズとなって地下空洞を埋め尽くしている。
「……あ、……あぁ……。……崩れる、……すべてが……。……私の、……数千年の……報いか……」
アルキメスは、かつての傲慢な編纂者の面影もなく、ただの震える老人として地面に這いつくばっていた。
彼の右腕に刻まれていた黄金の文字は剥がれ落ち、そこからは絶え間なく、制御不能な「負の因果」が漏れ出している。
「……アルキメス、……しっかりしてください!! ……まだ、……終わらせはしません!!」
枢が、激痛に耐えながらアルキメスの襟首を掴み、強引に立たせた。
枢自身の右腕も、心臓の暴走に呼応して黄金の炎を吹き上げ、皮膚が炭化し始めている。
「……骸!! ……アルキメスの左側を抑えてください!! ……私の右腕と、……あなたの義手で、……彼を『芯』にして円陣を組みます!!」
「……本気かよ、枢!! ……こいつを回路にするってのか!? ……今のアルキメスは、……ただの『空っぽの器』だぞ!! ……こんな奔流を流し込んだら、……一瞬で消し炭だ!!」
骸が漆黒の義手を構えながら叫ぶ。
「……いいえ!! ……『空っぽ』だからこそ、……アース(接地)になれるんです!! ……彼の数千年の執着が抜けた今、……その経絡は……世界で最も純粋な『通り道』になっています!! ……私たちが入り口と出口になり、……彼の中に……この因果をすべて……叩き込みます!!」
枢の狂気とも取れる提案に、骸は一瞬、呆れたような笑いを浮かべた。
「……ハッ、……全くだ。……聖鍼師様ってのは、……どいつもこいつも……自分を勘定に入れねえ大バカ野郎ばっかりだぜ……ッ!!」
骸が、アルキメスの左腕を力任せに掴んだ。
同時に、枢がアルキメスの右腕を黄金の手で握り締める。
三人が、暴走する翡翠の心臓を取り囲むように、一つに繋がった。
「……始めます!! ……『聖鍼奥義・三才連環』!!!」
枢が、自身の左手に隠し持っていた三本の極長鍼を、アルキメスの頭頂部**『百会』**、そして自分と骸の心臓を繋ぐように虚空へと投げ放った。
ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
翡翠の心臓から放たれた黒い雷が、枢の右腕を通って、アルキメスの体内へと流れ込んだ。
「……ガ、……ギ、……アァァァァァァァァァッ!?!?!?」
アルキメスの全身の血管が、翡翠色の光で浮き上がる。
彼の肉体は、文字通り「因果の導線」と化し、数千年分の重圧がその神経を駆け抜けていく。
「……枢、……右腕が……焼けるぞッ!!!」
骸もまた、漆黒の義手を通してアルキメスから溢れ出る「余剰エネルギー」を、強引に自身の体内へと引き受けていた。
義手からは黒い煙が上がり、骸の瞳は苦痛で真っ赤に充血している。
「……耐えてください!! ……今、……私が……『門』を開きます!!」
枢は、翡翠眼を血走らせ、アルキメスの体内を流れる気の「速度」を見極めた。
早すぎればアルキメスが爆発し、遅すぎれば王都が消し飛ぶ。
枢は、自身の黄金の右腕を「弁」のように使い、因果の流れをミリ単位で調整した。
「……アルキメス、……聞いていますか!! ……この苦しみは、……あなたが切り捨てた……没案たちの……重みです!! ……一人の少女のために、……あなたが……背負うはずだった……本当の重みだ!!」
アルキメスの意識が、混濁する。
激痛の向こう側で、彼は見ていた。
自分が「物語」として処理し、感情を奪って排除した、名もなき民たちの叫び。
その一人一人の人生が、熱い泥となって彼の胸の中に流れ込んでくる。
「……あ、……あぁ……。……すまない、……私は、……私は……!!」
アルキメスの目から、インクではない、本物の血の涙が溢れた。
その瞬間、彼の経絡に宿っていた「拒絶」の気が消え、因果の流れが加速した。
三人を繋ぐ光の輪が、地下空洞の天井を貫き、地上の王都へと噴き上がった。
だが、それは破壊の光ではない。
三人の肉体という「フィルター」を通ることで、毒を抜かれた純粋な「大地の気」へと変換された、癒しの奔流。
「……ぬ、……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
枢が、最後の一押しとして、自身の残りの全生命力を右腕に込めた。
――カァァァァァァァァァッ!!!!!
地下空洞が、純白の閃光に包まれた。
爆発が止まった。
翡翠の心臓は、すべてのエネルギーを出し切り、ただの灰色の岩塊へと姿を変えて沈黙した。
三人は、互いの手を離し、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「……ハァ、……ハァ、……ハァ……。……止まった、……か……」
骸が、動かなくなった漆黒の義手を引き摺りながら、横たわる枢を覗き込んだ。
「……枢、……生きてるか、……おい……」
枢は、返事をすることができなかった。
彼の黄金の右腕は、肩口まで黒く焦げ付き、指先からは一切の光が失われている。
翡翠眼もまた、白濁し、焦点が合っていない。
そして、その傍らで。
アルキメスは、自身の両手を見つめながら、静かに号泣していた。
「……感じ、……る。……痛い。……腕が、……胸が……。……あぁ、……私は……生きているのか……」
数千年の時を経て、神を演じた男は、ようやく「痛みに泣く一人の人間」として、この地上に降り立ったのだ。
第221話。
王都を救ったのは、三人の「命懸けの接続」。
だが、その代償として、枢の右腕は――そして彼の「聖鍼師としての資格」は、風前の灯火となっていた。
地下空洞の崩落が始まる中、動けない枢を、骸がその背に担ぎ上げる。
物語は、勝利の余韻を許さぬまま、さらなる苛烈な「命の選別」へと突き進む。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
4月2日(木)、12:00の更新。
「人柱」となって暴走を食い止めた、枢、骸、アルキメスの三位一体。
憎み合った者同士が、生きるために手を繋ぐ……。
この泥臭い共闘こそが、不完全な現実を描く本章の醍醐味として描写しました。
ですが、因果を直接流した枢のダメージは、想像を絶するものです。
次回、第222話は本日**【18:00】**に更新予定です!
崩落する地下空洞からの脱出。
意識を失った枢を担ぎ、骸は出口を目指しますが、そこへ地上からの「王都軍」が、アルキメスを捕縛するために雪崩れ込んできます。
ボロボロの彼らに、休息の時は訪れるのか。
お昼の更新、いかがでしたでしょうか。
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