第214話:神の心音を止める一鍼、黄金の逆流
3月31日、18:00。第三章・後編【因果の深淵編】、第3回の更新をお読みいただきありがとうございます。
「……陛下。……建国のやり直し(再往診)、始めさせていただきます!!」
枢の宣言と共に、地下空洞の空気が一変します。
巨大な『翡翠の心臓』が、侵入者を排除すべく、過去に生贄となった千人の王たちの怨念を具現化。
「……枢、……後ろは見ねえ。……心臓の『ツボ』だけを狙え!!」
骸の漆黒の義手が、亡霊たちの因果を次々と喰らい、枢のために唯一無二の「往診路」をこじ開けます。
黄金の右腕から溢れ出す、呪いか、それとも救済か。
因果の深淵、その最深部で放たれる、聖鍼師渾身の一撃。
心臓の鼓動が、悲鳴へと変わります。
地下空洞の中央、脈動を繰り返す『翡翠の心臓』が、枢の「往診宣言」に呼応するように、どす黒い輝きを放ち始めた。
ドクン、ドクン……という地響きのような音が加速し、周囲の壁面から染み出した因果の廃液が、数十体の「黄金の仮面を被った騎士」へと形を変えていく。
「……歴代の、……国王たちの残滓か」
骸が、自身の漆黒の義手を地面に突き立てた。
黒い気が衝撃波となって広がり、近づこうとした亡霊騎士たちの足を一時的に止める。
「……枢!! ……あいつらは、……この都の繁栄を守るために、……心臓に魂を食わせた連中だ。……未練の深さが、……そこら辺の亡霊とは格が違うぜ!!」
「……分かっています、骸!! ……ですが、……彼らもまた、……終わらない苦痛の中にいる『患者』です!!」
枢が、黄金の右腕を高く掲げた。
右腕の幾何学模様が脈動し、心臓から流れてくる莫大なエネルギーを、逆に「枢自身の気」で押し返し始めた。
それは、堤防を突き破らんとする濁流に対し、自らの魂を壁にして立ち向かうような、無謀極まる行為。
「……ぐ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
枢の血管が、黄金の光を帯びて浮き上がる。
右腕から伝わってくるのは、数千年の間に積み重なった、何万人もの「死の恐怖」と「生の執着」。
普通の人間の精神ならば、一瞬で消し飛ばされるほどの情報の洪水。
「……枢!! ……意識を飛ばすんじゃねえ!! ……その腕の紋章は、……ただの烙印じゃねえ!! ……心臓と繋がってる『血管』そのものなんだよ!! ……流し込め!! ……お前の『生』の気を、……心臓の奥底までブチ込んでやれ!!」
骸の叱咤を受け、枢の翡翠眼が鋭く見開かれた。
彼は恐怖を捨て、あえて黄金の紋章を受け入れた。
自分を蝕もうとする呪縛を、逆に「心臓のツボ」を正確に突くための「ガイドライン」として読み解き始めたのだ。
「……見えました、……骸!! ……心臓の最深部、……因果が最も複雑に絡み合う、……『極泉』!!!」
枢が、無垢の白銀鍼を構えた。
だが、そこへ歴代国王の亡霊たちが、一斉に剣を振り下ろす。
――ガギィィィィィィィィンッ!!!
骸の義手が、十数本の剣を一度に受け止めた。
彼の右腕から不気味な音が響き、黒い気が火花を散らして霧散していく。
「……行け、……枢ッ!!!!! ……ここは、……死鍼師の俺が……地獄の門番として……一歩も通さねえッ!!!」
「……感謝します、骸!!!」
枢が、骸の肩を蹴って跳躍した。
巨大な翡翠の心臓、その表面に露出した、ドロドロと脈動する「中心核」へ。
初代国王シグルドが、虚空から無数の翡翠の棘を放つ。
「……愚かな。……人柱を志願せずとも、……お前はここで、……心臓の糧となる運命なのだ!!」
「……いいえ、陛下!! ……私は、……あなたの絶望ごと、……この国の歪みを……『中和』しに来たのです!!」
空中。
枢の黄金の右腕が、これまでにないほど強く輝き、白銀の鍼と一体化した。
黄金の呪縛が、聖鍼師の純粋な治癒の気によって白銀に上書きされ、一条の光の矢となって心臓の核へと突き刺さる。
――ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!
地下空洞全体が、激しい振動に見舞われた。
翡翠の心臓から、人間のような、悲痛な叫びが上がった。
枢の打ち込んだ一鍼は、心臓の鼓動を無理やり停止させるものではなかった。
数千年の間、外へと一方的に「繁栄」を送り出し、内側に「絶望」を溜め込み続けてきた心臓の弁を、逆転させたのだ。
溜まりに溜まった因果の澱みが、枢の黄金の腕を通って、彼の肉体へと逆流してくる。
「……ぐ、……は、……ぁ……!!」
枢の皮膚が、翡翠色に結晶化し始める。
心臓を救うために、彼は自分自身を「廃液の濾過器」にしたのだ。
「……枢!? ……おい、……何しやがる!! ……そんなことをすれば、……お前の体が……!!」
「……大丈夫、……です。……骸……。……私の右腕は……このために、……黄金に……選ばれたのですから……!!」
枢が、血反吐を吐きながらも、さらに深く鍼を押し込む。
心臓の中に眠っていた「初代国王の本当の想い」が、枢の脳内に流れ込んできた。
緑豊かな国を夢見た、若き日のシグルド。
民を救いたいと願い、自らを犠牲にした、純粋なまでの利他心。
それが、編纂者たちの「条理」によって歪められ、いつの間にか「永遠に搾取し続ける装置」へと変質させられていた。
「……陛下、……もう、……休んでいいのですよ……。……あなたの夢見た緑は……、……あなたの命を削らなくても……、……みんなが、……育てていけますから……!!」
枢の叫びと共に、翡翠の心臓から放たれていた紫の瘴気が、温かな琥珀色の光へと変わった。
歴代国王の亡霊たちが、次々と膝を突き、祈るような仕草で光の中に溶けていく。
シグルドの影もまた、その表情から苦悩が消え、一人の「人間」としての安らかな顔立ちに戻っていった。
「……あ、……あぁ。……そうか。……私は、……ずっと……この『言葉』を待っていたのか……」
シグルドの影が、枢の頭にそっと手を置く。
だが。
その感動の瞬間を、空間を切り裂く「笑い声」が無慈悲に踏みにじった。
「……ふふ、……あはははははは!! ……実に見事だ、聖鍼師!! ……私の想定を遥かに超える、……最高の『浄化』を見せてくれたね!!」
地下空洞の天井が、ガラスのように砕け散った。
そこからゆっくりと降りてきたのは、ゼノヴィアでもなく、ただの兵士でもない。
真っ白な法衣に身を包み、手には「因果を書き換えるための筆」を持つ男。
編纂者たちの真の首領――『始源の編纂者・アルキメス』。
「……おかげで、……心臓の中の『不純物』が完全に消えた。……これでようやく、……この『器』を、……本来の目的のために……使えるよ」
アルキメスが、指を鳴らした。
枢が浄化し、安らかに眠ろうとしていた『翡翠の心臓』が、再び不気味な黒い脈動を始めた。
今度は、王都を維持するためではない。
世界そのものを、編纂者の望む「物語」へと書き換えるための、巨大な「インクの壺」として。
「……アルキ……メス……ッ!!!」
骸が、牙を剥いて飛びかかるが、アルキメスが空中に描いた「一文字」によって、その場に縫い付けられた。
「……さあ、枢。……君の黄金の腕は、……これから私の『ペン』になってもらうよ。……共に書こうじゃないか。……誰も傷つかない、……完璧に管理された……『美しい終焉』という物語を」
第214話。
救済の直後に訪れた、真の絶望。
王都奪還編・後編。物語は、創造主との「物語の権利」を奪い合う、最終決戦へと突入する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月31日(火)、18:00の更新をお届けいたしました。
初代国王の魂を救い、ハッピーエンドかと思われた瞬間に現れた、真の黒幕アルキメス。
枢が命を懸けて行った「浄化」さえも、彼の計画の一部であったという残酷な事実。
次回、第215話は本日**【21:00】**に更新予定です!
本日の最終更新。
アルキメスが放つ「因果の筆跡」に対し、枢と骸がどう立ち向かうのか。
黄金の腕を「ペン」にさせないために、枢が下した、衝撃の決断とは。
怒濤の展開、どうぞお見逃しなく!




