第210話:極北の魔女、氷の下に眠る情熱の真実
3月30日、18:00。第三章・中編、第3回の更新をお読みいただきありがとうございます。
カザンが師匠との因縁を断ち切ったその直後、王都外門をさらなる絶対零度の吹雪が襲います。
霧の中から現れたのは、サロメと同じ紋章を纏う、青白い肌の魔導師たち。
「……お久しぶりですわね。……わたくしを『裏切り者』と呼び、……氷獄へ落とした皆様方」
サロメの冷徹な言葉。
彼女がなぜ、王家の地位を捨て、名もなき鍼灸師の旅に同行することを選んだのか。
その理由は、かつて枢が彼女に施した、一鍼の「温もり」にありました。
「……わたくしの氷は、……もう誰かを縛るためのものではありませんわ。……大切な人を、……守るための盾ですのよ!!」
サロメ、覚醒。
極北の禁呪が、王都の闇を真っ白に染め上げます。
カザンが師バルガスの亡骸を抱きかかえ、その粒子が空へ溶けていった直後。
王都外門の空気は、これまでとは比較にならないほどの「殺意に満ちた冷気」によって凍りついた。
紫の霧が瞬時に白銀の結晶へと変わり、地面からは巨大な氷の棘が、意志を持つ蛇のようにせり上がってくる。
「……あら。……この不快な魔力の練り方、……覚えがありますわ」
サロメが、扇子で口元を覆いながら、静かに前へ出た。
彼女の翡翠色の瞳が、冷徹な光を帯びて霧の奥を見据える。
現れたのは、五人の魔導師。
彼らが纏うのは、極北の国・アイスガルドの近衛魔導師団「凍土の牙」の法衣であった。
だが、その顔は結晶に侵食され、瞳からは感情の光が完全に失われている。
「……サロメ・フォン・アイスガルド。……王国の禁忌を盗み、……出奔した大罪人よ……」
中央に立つ魔導師が、地を這うような掠れた声で告げた。
「……盗んだ、……ですって? ……ふふ、……笑わせないでくださいまし。……わたくしはただ、……あなた方が『呪い』として封印していた術理を、……『治療』のために使おうとしただけですわ」
サロメの脳裏に、数年前の光景が浮かぶ。
極北の国で、原因不明の冷気病に冒された子供たち。
王家は「神の罰」として彼らを氷壁に封印しようとしたが、若き王女だったサロメは、禁じられた魔導医学を用い、彼らの気の流れを調整しようと試みた。
その結果、彼女は「魔女」として追放され、心まで凍てつかせたまま世界を彷徨うことになったのだ。
そんな彼女を救ったのが、旅の途中で出会った、お節介すぎる鍼灸師・枢だった。
――「サロメさん。あなたの魔力は冷たいけれど、その奥にある『志』は、誰よりも温かい。……その冷気を、熱を鎮めるための『薬』に変えてみませんか?」――
枢が彼女の背中の経穴、**『大椎』**に打ち込んだ一本の銀鍼。
その瞬間、サロメの全身を縛っていた孤独の氷が溶け、初めて「誰かのために魔法を使いたい」という熱い情熱が芽生えたのだ。
「……今のわたくしを動かしているのは、……あなた方の冷たい教条ではありませんわ。……あの方から頂いた、……消えない『灯火』ですのよ!!」
サロメが、その場で美しく舞うように旋回した。
彼女の周囲に、無数の翡翠色の氷晶が展開される。
「……サロメ、……無茶すんなよ!! ……魔力が、……さっきの巨神戦で……」
肩の傷を抑えながら、カザンが案じる声を上げる。
「……心配ご無用ですわ、カザン殿。……わたくしの魔力は、……空から降るものではなく、……内側から『湧き上がる』ものですもの」
五人の亡霊魔導師が一斉に杖を掲げた。
空間が歪み、巨大な氷の隕石がサロメの頭上に降り注ぐ。
「……極北の禁呪、……第十六奥義――『翡翠の万華鏡』!!!」
サロメが扇子を広げ、一点を指し示した。
降り注ぐ氷の隕石が、サロメの周囲に展開された目に見えない「気の膜」に触れた瞬間、反転。
隕石は翡翠色の光を帯びた「治癒の礫」へと変質し、逆に亡霊魔導師たちの足元を優しく、しかし強固に封印していった。
「……バ、……バカな……。……我らの絶対零度を、……生命の気に変えた……だと……!?」
「……枢先生に教わりましたの。……極限の冷気は、……熱すぎる炎症を抑える、……最高の『冷却剤』になるのだと」
サロメは、亡霊たちの間に踏み込んだ。
彼女の手には、魔力で形成された一本の「氷の鍼」が握られている。
「……おやすみなさい。……あなた方の魂も、……その凍りついた執着から、……わたくしが解き放って差し上げますわ」
サロメが、五人の魔導師の眉間にある**『印堂』**へと、同時に氷の鍼を突き立てた。
――キィィィィィィィィンッ!!!
魔導師たちの体を支配していた編纂者たちの因果が、サロメの純粋な魔力によって「中和」され、霧散していく。
「……サロメ、……姫……。……立派に、……なられました……な……」
亡霊の一人が、消えゆく直前に、かつての忠実な部下としての笑みを浮かべた。
「……ええ。……わたくしは今、……とても幸せですわ」
サロメは、静かに目を閉じた。
五人の亡霊が消え去った後、そこにはただ、穏やかな春の風のような余韻だけが残っていた。
だが、サロメの身体もまた、限界を迎えていた。
極限の精密操作による魔力の逆流。
彼女の白い肌は、透き通るような氷の結晶に覆われ始め、体温が急速に奪われていく。
「……あ、……あら。……少し、……使いすぎましたかしら……」
崩れ落ちるサロメ。
そこへ、カザンが力強い腕で彼女を抱きとめた。
「……おい、サロメ!! ……しっかりしろ!! ……あんたまで凍っちまったら、……俺はどうすりゃいいんだよ!!」
「……ふふ、……暑苦しいですわね、……カザン殿。……でも、……その熱、……嫌いではありませんわ……」
二人の守護者が、満身創痍で門の前に並ぶ。
その時、王城の最上階から、これまでにない巨大な「因果の咆哮」が響き渡った。
枢が、ゼノヴィアの魂と対峙した瞬間。
「……枢先生、……いよいよ、……大詰めですわね……」
「……あぁ。……あいつが『中』を救うなら、……俺たちは……この『外』を、……死んでも守り抜くぜ!!!」
第210話。
氷の魔女が見せた、真実の情熱。
物語は、サイドストーリー最大の激戦、ミナとアンナの物語へと繋がっていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月30日(月)、18:00の更新をお届けいたしました。
サロメの過去と、彼女が枢に抱く深い信頼の源泉。
「冷気を治癒に変える」という、枢の影響を色濃く受けた彼女の進化を描きました。
次回、第211話は本日**【21:00】**に更新予定です!
カザン、サロメが切り拓いたその内側。
市民たちが逃げ惑う市街地で、治療の最前線に立つミナとアンナ。
武器を持たない彼女たちが、編纂者の放った「精神を蝕む毒霧」にどう立ち向かうのか。
本日の最終更新、守護者たちの物語の結末。
どうぞお楽しみに!




