第205話:黄金のカルテ、血脈に眠る数千年の因果
3月29日、15:00。休日4回目の更新をお読みいただきありがとうございます。
王都の瓦礫から引き揚げられた「黄金の箱」。
その中には、どの医局の記録にも残っていない、王家一族の「血のカルテ」が封印されていました。
「……枢先生、……陛下が……!! 陛下が突然、……翡翠の血を吐いて倒れられました!!」
知らせを受け、枢は失われた右腕の疼きを堪え、王城へと急ぎます。
目の当たりにしたのは、エドワード国王の全身を駆け巡る、黄金の「死の経絡」。
「……これは、……外部からの病ではない。……この国の歴史そのものが、……陛下の命を食い潰そうとしている……」
枢は、左手一本で、王家の「血」に眠る数千年の因果と対峙します。
聖鍼師の左手が、王都の未来を繋ぎ止めるための『絶技』を放ちます。
王城の謁見の間は、つい数日前の激闘の爪痕が残る中、再び異様な緊張感に包まれていた。
再建の指揮を執っていたはずのエドワード国王が、突如として意識を失い、その口から「黄金色に輝く血液」を吐き出したのだ。
駆けつけた枢の目に飛び込んできたのは、ベッドに横たわるエドワードの胸元から、首筋にかけて浮かび上がる、不気味な黄金の紋章だった。
「……これは、……ただの病ではありませんわ。……魔力の暴走でも、……ゼノヴィアの残滓でもない。……もっと、……古く、……重い『因果』の匂いがします」
サロメが、エドワードの額に冷たい手を当てながら、顔を曇らせた。
彼女の氷の魔力をもってしても、エドワードの体内から溢れ出す「黄金の熱」を抑え込むことができない。
「……枢先生、……これを見てください」
アンナが、瓦礫から発見された「黄金の箱」の中身――羊皮紙に記された、あまりにも複雑な経絡図を差し出した。
そこには、初代国王から百代以上にわたる王族たちの「死因」と、彼らの体内に共通して現れた、異常な経穴の配置が克明に記録されていた。
「……『王の病』……。……初代国王が、……この国を興す際、……大地の精霊と交わした『契約の代償』……」
枢が、左手で羊皮紙をなぞる。
彼の翡翠眼は、エドワードの体内で、黄金の気が「螺旋」を描きながら、心臓を締め上げているのを捉えていた。
それは、王家の血筋が持つ強大な魔力の源泉であり、同時に、一定の年齢に達すると宿主を焼き尽くす「時限爆弾」でもあったのだ。
「……ゼノヴィアは、……これを知っていたのですね。……だから、……陛下を『演算機』として利用し、……この黄金の因果を、……無理やり翡翠の結晶で蓋をしていた……」
「……ってことは、……ゼノヴィアを倒したことで、……その蓋が外れちまったってことかよ!?」
カザンが槍を握り締め、悔しげに床を叩いた。
「……はい。……今の陛下は、……数千年分の『王家の業』を一心に受けています。……このままでは、……あと一刻(二時間)も持ちません」
枢は、自身の左腕を見つめた。
午前中の『旋回刺鍼』の反動で、筋肉は断裂し、指先は感覚を失いかけている。右腕はない。
だが、エドワードの苦しげな呼吸を聞くたび、枢の胸にある**『膻中』**が、激しく疼いた。
「……アンナさん、……サロメさん。……陛下の体を、……垂直に起こして支えてください。……カザン殿、……私の左腕に、……あなたの『闘気』を流し込んでください。……無理やり、……神経を繋ぎ止めます」
「……枢、……無茶だ!! ……そんなことをすれば、……お前の左腕まで、……二度と動かなくなるぞ!!」
カザンが叫ぶが、枢の目は、一ミリも揺らいでいなかった。
「……右腕を失った時、……誓ったのです。……この左手は、……誰かを救うためだけに、……神様から残されたものだと。……さあ、……始めてください!!」
カザンが覚悟を決め、枢の左肩に掌を置いた。
燃え盛るような闘気が枢の左腕を駆け巡り、麻痺していた指先が、強引に再起動する。
枢は、激痛に歯を食いしばりながら、往診鞄から骸の**『黒銀の双鍼』**を取り出した。
「……診せなさい、……王家の孤独な魂を。……あなたが数千年間、……一人で背負ってきた『重み』を……!!」
枢は、左手一本で、エドワードの背骨に沿った最重要穴――**『霊台』と、心臓の真裏にある『心兪』**を、同時に見定めた。
一本の鍼を、二つの経穴の「中間」に打ち込み、そこから気を二手に分けるという、常識外れの高等技術。
「……鍼灸秘儀、……『一鍼双流・黄金の解呪』!!」
枢が、左手首を鋭く捻り、黒銀の鍼をエドワードの背中に突き立てた。
――キィィィィィィィィンッ!!!
黒銀の鍼から、骸の「死の気」が黄金の因果を喰らい、枢の「生の気」がエドワードの生命力を補強する。
エドワードの体内に溜まっていた黄金の気が、鍼を通じて枢の左腕へと逆流してきた。
「……ぐ、……あ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
枢の叫び。
彼の左腕の皮膚が、黄金色に輝き、結晶化し始める。
それは、王家の呪いを、枢が「自身の肉体」で引き受けている証だった。
「……枢先生!! ……もう十分です、……これ以上は、……あなたが……!!」
アンナが涙を流しながら叫ぶが、枢は止まらない。
「……まだ、……まだです……!! ……この国の『病根』を、……今ここで、……私が断ち切る……!!」
枢は、黄金の熱に焼かれながら、さらに指先に力を込めた。
彼の脳裏に、初代国王が大地に鍼を打ち、荒野を緑に変えた時の、数千年前の記憶が流れ込んでくる。
――「守りたかった。ただ、民の笑顔を守りたかったのだ」――
それは、呪いではなく、行き場を失った「祈り」の残響だった。
「……その祈り、……私が引き継ぎます!!」
枢の左手から、翡翠色の光が爆発的に溢れ出し、エドワードの体内の黄金の気を、一点の淀みもなく「流動」へと変えた。
バキバキッ……!!
エドワードの胸に浮かんでいた黄金の紋章が、光の粒子となって砕け、窓から外へと、王都の空へと還っていった。
「……ハァ、……ハァ、……ハァ……」
エドワードの呼吸が、穏やかなものに変わる。
黄金の吐血は止まり、彼の頬には、人間らしい健康的な赤みが戻っていた。
しかし、枢は、その場に力なく崩れ落ちた。
彼の左腕は、肘から先が黄金色の紋章に覆われ、全く動かなくなっていた。
「……枢、……お前……。……右腕に続いて、……左腕まで……」
カザンが、枢の動かなくなった左腕を抱きかかえ、声を震わせた。
「……ふ、……ふふ。……これで、……お相子、……ですね……」
枢は、朦朧とする意識の中で、遠く離れたどこかにいる骸へと、語りかけるように呟いた。
「……骸、……私は……両腕を、……失いました。……でも、……見えるんです。……この世界全体の、……『気の流れ』が……」
両腕の機能を失った聖鍼師。
だが、その瞳に宿る翡翠の光は、以前よりも深く、宇宙の深淵を覗くかのような、圧倒的な「診察眼」へと進化を遂げていた。
第205話。
王家の呪いを解いた代償。
「手」を失った鍼灸師は、一体どうやって、次なる患者を救うのか。
物語は、肉体という器を超えた、新たなステージへと向かう。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月29日(日)、15:00の更新、過去最大の熱量でお届けいたしました!
王家の血脈に眠る「黄金の呪い」を、自身の左腕を犠牲にして治療した枢。
両腕を失うという、鍼灸師としては致命的な状況に追い込まれた枢ですが、その代わりに手に入れたのは、もはや肉体に頼る必要のない「究極の視座」でした。
今回登場した術理、『霊台』と『心兪』。
背中の中心にある霊台は「魂の居所」とされ、心の真裏にある心兪と組み合わせることで、王家の血に刻まれた深い精神的な呪縛を解除するという、高次元の治療を表現しました。
次回、第206話は本日**【18:00】**に更新予定です!
両腕を失い、ベッドに横たわる枢。
だが、王都の地下から、さらなる「地鳴り」が響き始めます。
腕がない、鍼も握れない。
そんな絶望の中で、枢が示した「新たな治療の形」とは。
記念すべき第200話台の後半戦、物語はさらなる衝撃へと突入します。
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