第201話:泥の右腕、共鳴する二人の鍼灸師
3月28日、21:00。本日最後の更新をお読みいただきありがとうございます。
王都を救った代償として、右腕を失った枢。
崩れ落ちる彼を見下ろし、冷酷な指先を伸ばす因果の編纂者・ゼノヴィア。
「……無力ですね。……右腕を失った鍼灸師に、……一体何ができるというのですか」
絶望の淵。
枢の身体を抱きかかえたのは、血塗れの骸でした。
「……枢、……よく聞け。……お前の右腕は、……俺が『泥の経絡』として再構成する。……その代わり、……俺の寿命、……半分持っていけ!!」
二人の鍼灸師が、一つの肉体を共有する。
失われた右腕に宿るのは、泥と銀、死と生が螺旋を描く、未知の『因果の義手』。
聖鍼師の逆襲、ここからが真の本番です。
翡翠の破片が雪のように舞う王座の間で、枢の意識は急速に冷えていった。
右肩から先、かつて数多の患者を救ってきた彼の右腕は、もはや存在しない。
断面からは、赤い鮮血に混じって、透き通るような翡翠の「気」が絶え間なく溢れ出し、それが空気に触れるたびに、虚空で小さな石英の結晶となって砕け散っていた。
「……あ、……あぁ……。……指先の、……感覚が……」
枢が、震える左手で自身の右肩を掴もうとしたが、凄まじい虚脱感に襲われ、そのまま冷たい石畳へと沈み込んだ。
「……愚かですね、枢。……一人の人間が、……世界の因果という『神の領域』に触れれば、……その器が壊れるのは自明の理……」
ゼノヴィアが、白銀の仮面越しに、感情のない声を響かせた。
彼の手元では、王都から抽出された「純粋な因果の種」が、不気味に脈動している。
「……右腕を失ったあなたに、……もはや鍼を打つ資格はありません。……死にゆく患者と共に、……静かに石へと還りなさい」
ゼノヴィアが、指先から一本の「結晶の杭」を生成し、枢の眉間へと振り下ろそうとした、その時。
――ガキィィィィィィィンッ!!
闇の中から飛び出した数本の漆黒の鍼が、ゼノヴィアの結晶の杭を弾き飛ばした。
「……へっ、……資格がねえだぁ? ……笑わせんじゃねえよ、……仮面野郎」
血反吐を吐き、全身を泥のような瘴気に包んだ骸が、枢の前に立ちはだかった。
彼の身体もまた、先ほどの共鳴の反動で限界を迎えていたが、その眼光だけは、かつてないほど鋭く燃え盛っていた。
「……骸、……逃げて、……ください……。……あなたの、……命まで……」
「……うるせえ、……黙ってろ!! ……俺が、……お前を死なせると思うか? ……お前が死んだら、……俺の『死鍼』を否定する奴がいなくなるだろうが!!」
骸は、枢の右肩の断面を見つめ、自身の往診鞄から、最も忌まわしいとされる**『冥土の汚泥鍼』**を取り出した。
それは、死者の残留思念と、腐敗した大地の気を練り上げた、禁忌中の禁忌。
「……枢、……これからやることは、……治療じゃねえ。……『呪い』だ。……お前の失われた右腕の代わりに、……俺の『死の気』で、……一時的な経絡の偽物を作ってやる」
「……そんなことをすれば、……骸……、……あなた自身が……!!」
「……構わねえよ。……二人で一人。……お前の『生』と、……俺の『死』……。……それを混ぜ合わせて、……新しい腕を『錬成』する!!」
骸が、枢の右肩の周囲にある重要穴――**『肩髃』と『極泉』**へと、汚泥鍼を深く突き立てた。
――グォォォォォォォォォォッ!!!
枢の喉から、言葉にならない悲鳴が漏れた。
断面から溢れていた翡翠の気が、骸から流れ込む漆黒の泥と混ざり合い、激しく渦を巻く。
次の瞬間、失われた右腕の場所に、実体のない「黒と緑の螺旋」が、腕の形を成して出現した。
それは、骨も肉もない、ただ「気」の流動だけで形成された、異形の右腕。
「……お……、……これは……」
「……感じろ、枢!! ……俺の脈動と、……お前の意志を、……同期させるんだ!! ……今、……この瞬間の俺たちは、……世界で一番最悪で、……最高な『鍼灸師』だ!!」
枢が、ゆっくりと立ち上がった。
新しく生まれた「泥と光の右腕」を動かすと、空間にバリバリと因果の火花が走る。
その指先は、実体を持たないはずなのに、傍らに落ちていた銀鍼を、吸い込まれるように正確に掴み取った。
「……骸。……ありがとうございます。……身体が、……かつてないほど、……『流れて』います」
「……だろうよ。……俺の寿命を、……今この瞬間のために前借りしたんだからな」
枢の翡翠眼が、再びゼノヴィアを射抜いた。
今度は、先ほどまで見えなかった「ゼノヴィア自身の因果の綻び」が、ありありと、まるで裂けた傷口のように見えていた。
「……馬鹿な、……肉体の欠損を、……他者の生命エネルギーで補完したというのですか……。……そんな不浄な腕で、……一体何を救おうというのだ!!」
「……不浄でも、……呪いでも構いません」
枢は、泥の右腕で、自身の往診鞄から三本の銀鍼を同時に抜き取った。
「……私は、……この腕で、……あなたの中に眠る『絶望という名の病』を、……根こそぎ引き抜きます。……それが、……私に右腕を託してくれた、……相棒への返礼です!!」
枢と骸。
二人の鍼灸師が、一歩、同時に踏み出した。
カザン、サロメ、嵐、そしてアンナ。
仲間たちの祈りと、王都数万人の救済の気が、枢の泥の右腕へと集束していく。
第201話。
物語は、肉体の限界を超えた「魂の同時刺鍼」へと昇華する。
聖鍼師の最後の一鍼が、因果の魔王の心臓へ向かって、今、放たれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月28日(土)、本日の全6回更新を無事に完走いたしました!
右腕を失った枢が、骸との命を懸けた共鳴により、異形の「泥の右腕」を手に入れるという、王道にして熱い展開を描きました。
今回登場した術理、『肩髃』と『極泉』。
肩の関節に位置するこれらの穴は、腕全体の気の流れを司る「門」です。骸がここを操作することで、肩から先の空間に「強制的に気の流路を作る」という、解剖学的にもファンタジー的にも筋の通った超絶技巧を表現しました。
明日は王都奪還編、衝撃のクライマックス、そして物語は新たなステージへと向かいます。
右腕を失いながらも、さらなる進化を遂げた枢の活躍に、どうぞご期待ください!




