第200話:翡翠の王座、あるいは国を穿つ最後の一鍼
3月28日、18:00。ついに第200話のメモリアル更新をお読みいただきありがとうございます。
ここまで枢の往診に付き添ってくださった読者の皆様に、心からの感謝を。
辿り着いた翡翠の王座の間。そこには、変わり果てた若き王の姿がありました。
「……枢、……見てください。……これが、……誰も病まず、……誰も死なない、……『不変の王国』の心臓です」
国王エドワードの背中からは、数万本の翡翠の触手が伸び、王都の地下深く、大地の経絡へと直結していました。
「……陛下。……その脈動、……悲鳴さえ上げられないほど、……ひどく乱れています」
枢は、自身の往診鞄から、初代聖鍼師が遺したという伝説の『万象の無垢鍼』を取り出します。
医師でも英雄でもない、一人の「鍼灸師」が、国という名の巨大な絶望を治療します。
王城の最深部、翡翠の玉座の間。
そこは、もはや建築物としての原形を留めていなかった。
天井からは無数の翡翠の蔓が垂れ下がり、それらすべてが微かに発光しながら、一定のリズムでドクン、ドクンと鼓動している。
その中心、かつて白亜の王座があった場所。
そこに座していたのは、かつて枢が万博で毒から救い出した、若き国王エドワードだった。
だが、彼の今の姿に、瑞々しい若者の面影はない。
彼の背中からは、血管のように脈打つ数万本の「翡翠の神経線」が溢れ出し、それが王座を突き破って、王都の地下深くへと根を張っている。
彼の瞳は、もはや焦点を結ばず、ただ不気味な翡翠色の光を放ちながら、虚空に浮かぶ「因果の数式」を演算し続けていた。
「……陛下……、……何という姿に……」
アンナが、あまりの惨状に声を震わせ、その場に崩れ落ちた。
王都数万人の生命力、そのすべてがエドワードという「端末」を通じて吸い上げられ、この翡翠のドームを維持するための燃料にされている。
「……枢。……手遅れだぞ、……これは」
骸が、自身の漆黒の鍼を握りしめ、苦渋に満ちた表情で吐き捨てた。
「……エドワードの心臓は、……すでにこの都全体の『気の合流点』そのものになってやがる。……あいつの呼吸を止めれば、……都の数万人が一度に即死し、……あいつを救おうと鍼を打てば、……その反動で王都が爆発する……。……詰みだ、……鍼灸師としての……敗北だよ」
骸の言葉は、冷酷なまでに正しかった。
枢の翡翠眼にも、その絶望的な構造ははっきりと見えていた。
エドワードの体内を流れる気の総量は、一人の人間の器を遥かに超えている。
それは、海を一本の細い管で吸い上げるようなもので、いつ破裂してもおかしくない極限状態。
だが、枢は、自身の紫色に染まりきった右腕を見つめ、静かに微笑んだ。
彼の右腕は、すでに感覚を失い、石英の破片がボロボロと床に零れ落ちている。
「……いいえ、骸。……敗北ではありません。……これは、……私にしかできない『最大級の往診』です」
枢は、自身の往診鞄の底、最も厳重に封印されていた木箱を開けた。
中から現れたのは、光さえも吸い込むような、完全な透明度を誇る**『万象の無垢鍼』**。
初代聖鍼師が、この世界の「因果の乱れ」を正すためだけに、一生をかけて研ぎ澄ませたという、伝説の鍼。
「……サロメさん、……カザン殿。……そして、嵐さん。……エドワード陛下を取り囲んでいる『因果の編纂者』たちの残滓を、……十秒間だけ、……外側から引き剥がしてください」
「……枢様!! ……ですが、……その右腕でこれ以上打てば……!!」
サロメが涙ながらに訴える。
「……大丈夫です。……私は、……鍼灸師ですから。……流れるべきものを流し切るまで、……私の鍼は折れません」
嵐が影から飛び出し、エドワードの周囲に展開されていた「因果の防壁」を漆黒の小刀で切り裂いた。
カザンが咆哮し、槍を旋回させて、王座の間を埋め尽くしていた翡翠の蔓を次々と断ち切る。
「……骸!! ……エドワード陛下の**『百会』**を、……死鍼で抑えてください!! ……上への気の暴走を、……一瞬だけ『無』に落とすんです!!」
「……クッ、……勝手にしろ!! ……地獄の底まで、……お供してやるよ!!」
骸が跳躍し、エドワードの頭頂部に漆黒の鍼を深く沈めた。
その一瞬、数万人分の気が逆流し、骸の身体から激しい血飛沫が上がった。
「……今だ、枢ッ!!」
枢は、石のように硬化した右腕を、自身の左手で強引に持ち上げ、エドワードの胸部中央、あらゆる気が合流する最大の要穴――**『膻中』**へと、無垢の鍼を突き立てた。
「……鍼灸最終奥義、……『無窮・因果の解脱』!!!」
――ヴォォォォォォォォォォォォンッ!!!
王城全体が、聞いたこともないような巨大な音色で震動した。
無垢の鍼を通じて、エドワードの体内に滞留していた「数万人分の絶望」が、枢の右腕へと一気に逆流してきた。
枢の右腕は、肩口から先が眩いばかりの光を放ち、一瞬にして巨大な翡翠の結晶へと変貌していく。
だが、枢はその光の濁流を、自身の「肝」で受け止め、濾過し、再びエドワードの経絡へと「清らかな命の気」として戻していった。
「……ぐ、……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
枢の叫び。
彼の右腕が、耐えきれずにパキパキと音を立てて砕け始める。
しかし、その光の粒子が王城の間に広がると、エドワードの背中から伸びていた数万本の触手が、一本、また一本と、柔らかな光の筋となって解けていった。
王都を覆っていた翡翠のドームが、霧散していく。
数万人の市民たちが、深い眠りから覚めるようにして、自らの足で立ち上がり始めた。
王座の上で、エドワードの瞳から翡翠の光が消え、一筋の涙が零れ落ちた。
「……枢、……君、……なのか……?」
「……ええ、……陛下。……遅くなって、……申し訳ありません……」
枢の手から、無垢の鍼が滑り落ちた。
彼の右腕は、肘から先が完全に砕け散り、そこにはただ、透き通るような翡翠の塵が舞っているだけだった。
「……枢、……お前、……腕が……」
骸が、血反吐を吐きながら枢を支えた。
「……いいえ、……骸。……見てください。……最高の、……治療成績でしょう?」
枢は、自身の失われた右腕を、誇らしげに掲げた。
そこには、王都数万人の命を救い、因果の呪縛を焼き切った、聖鍼師としての「勝利」が刻まれていた。
だが、安堵は許されなかった。
王座の背後、影の中から、一人の男がゆっくりと姿を現した。
白銀の仮面をつけ、この地獄を作り上げた張本人――因果の編纂者・首領「ゼノヴィア」。
「……素晴らしい。……一人の人間が、……国という名の症例を完治させるとは。……だが、鍼灸師・枢。……君の右腕という『因果の代償』を捧げても、……まだ、……世界の設計図は書き換わっていない」
ゼノヴィアの手には、エドワードから抜き取ったばかりの、この世界の「核」となる結晶が握られていた。
第200話。
右腕を失った聖鍼師と、因果を統べる魔王。
物語は、肉体の限界を超えた、魂の往診へと突入する。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ついに達成した、第200話!!
王都数万人の命を救うため、自身の右腕を代償に伝説の術式を成功させた枢。
医師でも英雄でもない、ただ一人の「鍼灸師」として、国という名の患者を診切ったその姿は、この物語の真骨頂と言えるでしょう。
今回登場した術理、『百会』と『膻中』。
頭頂の百会は、全身の気が集まる場所であり、骸がここを「死鍼」で抑えることで、枢の治療が「爆発」するのを防ぐ安全弁としての役割を果たしました。そして膻中は、心の気が集まる場所であり、数万人の想いを浄化するフィルターとして描きました。
次回、第201話は本日**【21:00】**に更新予定です!
右腕を失い、血の海に倒れる枢。
しかし、彼の「鍼」は、まだ折れてはいませんでした。
骸の決死の献身、そして、失われた右腕の代わりに枢が手にする「新たな光」とは。
本日最後の更新、衝撃の結末を絶対に見逃さないでください。
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