第198話:千人往診、氷結の伝導と共鳴する銀鍼
3月28日、12:00。休日3回目の更新をお読みいただきありがとうございます。
怒涛の如く押し寄せる、数千の結晶化した彫像たち。
その背中から伸びる紫の触手が、空を覆い尽くさんばかりに蠢きます。
「……枢、……死ぬ気か! ……いくらお前でも、……この人数を一度に診るなんて……!」
骸の叫びを背に、枢は往診鞄から、かつて北方の氷河で手に入れた『蒼天の極太鍼』を取り出します。
「……サロメさん、……氷の道を! ……カザン殿、……その槍の穂先を貸してください!!」
仲間たちの力を「導線」とし、枢の気が王都の石畳を駆け巡る。
破壊の旋律を、治癒の共鳴へと書き換える「広域調律」。
聖鍼師の真骨頂、お見せします!
地響きが、王都の静寂を粉砕していた。
大通りの両脇から、そして路地裏から、翡翠色の光を宿した彫像たちが、波のように押し寄せてくる。
彼らは一様に、背中の「因果の蝕虫」から伸ばした紫の触手を鞭のように振るい、その一撃は石畳を容易に砕き、空間さえも結晶化させていく。
「……数、……数え切れませんわ!! ……これほどの人数を一斉に相手にするなど……!!」
サロメが絶叫し、氷の魔力で巨大な障壁を築いた。
だが、彫像たちはその氷の壁を、自らの結晶と同化させることで強引に喰らい尽くし、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「……枢!! ……もう限界だ、……道を抉じ開けて逃げるぞ!!」
カザンが槍を旋回させ、最前線の彫像たちをなぎ払った。
しかし、なぎ払われた彫像は、地面に転がる翡翠の破片を瞬時に吸収し、機械的な動きで再び立ち上がってくる。彼らに「痛み」はなく、あるのはただ、外部の異物を排除せよという、編纂者たちの冷徹なプログラムだけだった。
だが、その混沌の渦中で、枢は一人、目を閉じていた。
彼の周囲には、往診鞄から飛び出した数百本の銀鍼が、嵐の魔力によって浮遊し、銀色の輪を描いている。
「……いいえ、……カザン殿。……今ここで彼らを見捨てれば、……王都の因果は完全に『死の静止』へと固定されます。……私が診ます。……この数千人、……すべて……!!」
「……バカを言うな、枢!! ……お前の経絡が、……数千人分の邪気に耐えられるわけがないだろう!!」
骸が、自身の漆黒の鍼を地面に突き立て、枢の周囲に「避雷針」としての結界を張った。
「……お前の気が枯渇すれば、……お前自身が、……この都で一番美しい宝石に成り果てるんだぞ!!」
「……骸、……だから、……みんなの力を貸してほしいんです」
枢が、カッと翡翠眼を見開いた。
「……サロメさん!! ……この大通り全体を、……薄い『氷の膜』で覆ってください!! ……不純物を一切含まない、……純粋な魔力の氷を!!」
「……なっ、……そんな広範囲……!! ……やってみせますわ!!」
サロメが扇子を天に掲げ、全身の魔力を解放した。
一瞬にして、大通りの石畳が、鏡のように滑らかな「蒼い氷」でコーティングされる。
「……カザン殿!! ……その槍を、……氷の膜の『起点』に突き立ててください!!」
「……おうよ!! ……理屈は分からねえが、……お前に賭けた!!」
カザンが槍を全力で氷の地面へと叩きつけた。
枢は、自身の往診鞄から、全長一尺を超える巨鍼――**『蒼天の極太鍼』**を取り出すと、それをカザンの槍の柄に、ピタリと添えた。
「……私は、……鍼灸師です。……人体も、……都も、……そしてこの氷の道も……、……すべては『気が流れるための導管』に過ぎない……!!」
枢は、自身の指先から、生命の根源たる「生気」を、琥珀色の奔流としてカザンの槍へと注ぎ込んだ。
「……鍼灸広域奥義、……『千載・氷河の一鍼』!!」
――キィィィィィィィィンッ!!
カザンの槍を起点として、サロメが敷いた氷の膜の上を、翡翠色の雷光が駆け抜けた。
雷光は、氷の上に立つ数千の彫像たちの足元――**『湧泉』**を通じて、彼らの体内へと一斉に侵入した。
通常、これほどの広範囲に気を流せば、その威力は霧散してしまう。
だが、枢は、サロメの氷を「超伝導体」として利用し、さらに彫像たちの背中にある「蝕虫」が発する負の周波数を、逆位相の波形に変換してぶつけたのだ。
――バキバキバキバキッ!!
数千の彫像が一斉に、ビクンと身体を跳ねさせた。
彼らの背中から伸びていた紫の触手が、一瞬にして翡翠の光に焼き切られ、黒い霧となって消滅していく。
「……な、……なんだ……!? ……あのバケモノ共が、……一斉に静かになりやがった……!!」
カザンが驚愕の声を上げた。
先ほどまで殺意の塊だった彫像たちは、一様に膝を突き、その瞳に宿っていた翡翠色の不気味な光が、柔らかな人間の「意志の光」へと戻っていく。
「……あ、……あぁ……。……私、……何を……」
「……お母さん……? ……体が、……動くわ……」
都のあちこちから、すすり泣きと安堵の声が漏れ始める。
だが、その奇跡の代償は、あまりにも重かった。
数千人の「濁った因果」を、自分の身体を媒介にして洗浄した枢の鼻から、一筋の鮮血が伝い落ちた。
彼の右腕は、先ほどまでの翡翠色ではなく、不気味な「紫色」の斑点に覆われ、激しく震えている。
「……枢!!」
嵐が影から飛び出し、倒れかかる枢を抱きとめた。
「……ふぅ、……はぁ、……大丈夫、……ですよ……。……ただの、……一時的な『気の酔い』です……」
「……大嘘をつくな!! ……数千人分の蝕虫の邪気を、……お前の『肝経』で受け止めたんだぞ!! ……今すぐ解毒しなければ、……お前の内臓から結晶化が始まる!!」
骸が血相を変えて駆け寄り、枢の腕にある**『曲池』**へ、手当たり次第に黒い鍼を打ち込んだ。
「……骸、……ありがとうございます。……でも、……これでもう、……誰も邪魔はしません。……王城へ、……行きましょう……」
枢は、震える手で自身の往診鞄を閉じ、立ち上がった。
背後では、救われた数千の市民たちが、枢の背中に向かって、深々と頭を下げていた。
「……行きましょう、……皆さん。……この都の『心臓』に、……最後の一鍼を打ちに……」
聖鍼師の足取りは、もはやおぼつかない。
だが、その瞳に宿る「救済」の光は、都を覆う翡翠のドームよりも、遥かに強く輝いていた。
第198話。
王都の住人という「最大級の患者」を診終えた一行の前に、ついに、結晶化した王城の「門番」が姿を現した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月28日(土)、お昼の12:00更新をお届けいたしました。
仲間たちの力を合わせ、数千人の結晶化を一度に解くという、鍼灸師としての極致を見せた枢。
しかし、その代償として、彼の身体は因果の毒に蝕まれつつあります。
今回登場した術理、『湧泉』と『肝経』。
足裏の湧泉は、大地の気(今回は氷の上の気)を吸い上げる入り口として。そして、肝経は毒素を分解し、気の流れをスムーズにする役割を担っています。数千人の負の感情を枢が自身の肝で濾過するという、自己犠牲的な治療の壮絶さを描きました。
次回、第199話は本日**【15:00】**に更新予定です!
王城の門番として立ちはだかるのは、かつて王都で最強と謳われた、あの老騎士。
全身を「金剛石」の結晶に変え、感情を失った最強の矛が、満身創痍の枢たちを襲います。
休日の連載、ここから怒涛の後半戦です。
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