第184話:白亜の腫瘍、命を啜る人工心臓
3月25日、08:00。朝の更新をお読みいただきありがとうございます。
騎士団の封鎖を突破し、王都へと突き進む枢。
かつての活気を失い、人々の生気が枯れ果てた街の惨状に、枢の翡翠眼は、空にそびえ立つ最高医局の聖塔へと繋がる「不可視の吸管」を捉えました。
「……これは、……往診ではありません。……私は、……この世界の腐った『腫瘍』を、……切り裂きに来たのです」
聖塔の最下層、そこには万博で救ったはずの「世界の心臓」を模した、禍々しい人工心臓が脈動していました。
命を慈しむべき医師たちが、なぜ命を啜る怪物へと成り果てたのか。
聖鍼師の銀鍼が、偽りの聖域を穿ちます。
砕け散った結界の破片が、朝の光を浴びてキラキラと石畳に溶けていく。
枢一行が足を踏み入れた王都『ルミナス』のメインストリートは、かつての喧騒が嘘のように静まり返っていた。行き交う人々は皆、頬が扱け、瞳からは生気の光が失われている。彼らは、王都の中心にそびえ立つ最高医局のシンボル『白亜の聖塔』を、崇めるのではなく、怯えるような眼差しで見上げていた。
「……枢さん、……見てください。……この街の人々、……まるで『気』を根こそぎ奪われているようですわ」
サロメが扇子を広げ、周囲に漂う不自然な「欠落」に顔を顰めた。
枢の翡翠眼には、さらに残酷な真実が見えていた。
空にそびえ立つ聖塔の頂から、無数の銀色の糸が、街中に張り巡らされた血管のように伸びている。その一本一本が、通行人や家の中にいる市民の**『百会』や『大椎』**に繋がっており、彼らの生命エネルギーを少しずつ、しかし確実に吸い上げているのだ。
「……吸命の陣……。……かつて、……禁忌として歴史から消されたはずの、……集団吸気の外法です。……最高医局は、……病を治すふりをして、……この街の寿命を吸い上げている……!」
「……なんだと!? ……あのジジイども、……自分たちの魔力を増やすために、……国民を家畜扱いしてやがるのか!」
カザンが槍を握りしめ、地面を激しく踏みつけた。
一行は、抵抗する者もいなくなった聖塔の重厚な扉を押し開き、その深部へと突き進んだ。
内部は、消毒薬の鼻を突く臭いと、重苦しい魔力の圧迫感に満ちている。
そして辿り着いた、塔の最下層――そこは、広大な空洞になっていた。
空洞の中央には、万博で枢が救った「世界の心臓」を模した、巨大な金属製の臓器が鎮座していた。
だが、それは翡翠の輝きではなく、どす黒い赤色に明滅し、鉄の鎖で幾重にも縛り付けられている。
「……ようこそ、……世界の英雄・枢殿。……これこそが、……我らが最高医局の至宝、……『人工因果律心臓』だ」
暗がりから、総帥ゼノヴィアが数人の高弟を連れて現れた。
彼の背後にある人工心臓は、街中から吸い上げた「気」を燃料に、凄まじい熱量で脈動している。その振動が、空間そのものを歪ませ、三界の境界を無理やり押し広げようとしていた。
「……これを使って、……何をするつもりですか? ……あなたは、……医師としての誇りまで捨てたのですか!」
「……誇りなどという安い言葉で、……世界の理を語るな! ……万博で君が心臓を救ったことで、……三界は混ざり合い、……古い秩序は崩壊した! ……私は、……その混乱を収めるための、……『絶対的な力』が必要なのだ! ……この人工心臓で、……我々医師が神となり、……世界の寿命を管理する! ……それこそが、……真の平穏ではないか!!」
ゼノヴィアが叫ぶと、人工心臓から黒い稲妻が走り、枢たちを襲った。
カザンと嵐が前に出て、それを必死に弾き飛ばすが、一撃ごとに彼らの体力が削り取られていく。人工心臓が、彼らの闘気さえも吸い込もうとしているのだ。
「……枢さん、……この空間全体が、……巨大な『逆流』を起こしていますわ! ……まともに鍼を打とうとしても、……気が全てあの心臓に吸い取られてしまいます!」
サロメの言う通りだった。
通常の術理では、この人工心臓に近づくことさえできない。
だが、枢は静かに、自身の往診鞄から、かつて北方の谷で手に入れた「音を記憶する銀鍼」を取り出した。
「……吸い取る、……というのなら、……吸いきれないほどの『衝撃』を流し込むまでです」
枢は、人工心臓を支える四本の巨大な柱――大地の経絡を固定している**『四神』**に相当するポイントへと、一気に駆け寄った。
黒い稲妻が枢の白衣を焼き、皮膚を裂く。
だが、枢は足を止めない。
彼は第一の柱、……西の柱へと銀鍼を突き立てた。
「……肺経の極、……『尺沢』。……大気の流れを、……ここに集束させます!」
枢が鍼を打った瞬間、人工心臓の吸引力が、枢の銀鍼一点へと集中した。
枢の右腕が、凄まじい圧力で爆ぜそうになる。
だが、彼は止まらない。
第二の柱、……南の柱へ。
「……心経の門、……『神門』。……あなたの、……偽りの情熱を、……私が冷却します!」
二本の鍼が繋がれ、枢の身体を回路として、人工心臓のエネルギーが暴走を始めた。
枢の目、鼻、耳から血が噴き出す。
それでも、彼の翡翠眼は、人工心臓の奥深くに潜む「真の急所」を捉えて離さなかった。
「……枢さん!! ……もう止めてください!! ……死んでしまいますわ!!」
「……いいえ、……まだです。……私は、……この世界の、……『詰まり』を、……取らなければならないのです……!」
枢が三本目の鍼を手に、人工心臓の直下へと潜り込んだその時。
ゼノヴィアの影から、先ほど敗れたはずの闇の鍼灸師・骸が、さらに異形な姿となって飛び出した。
彼の身体は人工心臓と繋がれ、全身から黒い銀鱗が生え、理性を失った獣の咆哮を上げた。
最高医局の狂気と、闇の医術。
聖鍼師の命を賭けた「最終切開」が、今、始まった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
3月25日(水)、朝の更新をお届けいたしました。
王都最高医局の正体は、人々の寿命を糧にする「吸命の塔」でした。
万博で救った希望を、最悪の形で模倣するゼノヴィア。
枢は自身の肉体を中継点(回路)にすることで、人工心臓の暴走するエネルギーを一本の鍼に集束させ、内部からの崩壊を狙います。
今回登場した術理、『尺沢』と『神門』。
尺沢は肘にあり、肺の気を深く沈め、過剰な熱や圧力を逃がす名穴です。神門は心経の原穴であり、精神の昂ぶり(心火)を鎮める場所。枢はこの二つを「柱」に見立てて刺鍼することで、人工心臓が吸い上げる強大なエネルギーを、物理的な破壊力ではなく、沈静化のベクトルへと強引に変換しようと試みています。
次回、第185話は本日**【12:00】**に更新予定です!
人工心臓と融合した骸との死闘。
そして、枢が四本目の鍼を打つべき、人工心臓の「中心核」の正体とは。
お昼のひととき、物語は第2章最大のクライマックスへ。
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