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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第180話:帰郷の路地、偽りの銀鍼と濁った気

3月24日、火曜日。朝の更新をお読みいただきありがとうございます。


北方の『歌唱の谷』に音を取り戻したくるる一行は、長く険しい旅の果てに、ようやく住み慣れた土地の空気を吸い込みました。


しかし、数ヶ月ぶりに足を踏み入れた王都近郊の宿場町で、枢が見たのは、かつての活気ではなく、人々の怯える瞳と、路地裏に捨てられた「折れた銀鍼」の山。


「……聖鍼師・枢は、万博で死んだ。今の治療は、彼の遺志を継ぐ我々が行う」


英雄の不在を突き、弱者を食い物にする偽りの医術。

枢は、泥に汚れた往診鞄を固く握りしめ、静かに歩き出します。

自分の帰るべき場所を、偽りの名声から取り戻すために。

 馬車の車輪が、北方の硬い岩道から、湿り気を帯びた王都街道の柔らかな土を捉えた。

 窓の外に広がるのは、見慣れたクヌギの林と、遠くに霞む王都の尖塔。

 万博という世界の転換点を越え、北方の沈黙を切り裂いてきたくるるにとって、この場所の空気は、あまりにも平穏で、どこか他人事のようにさえ感じられた。


「……ようやく、……戻ってきましたわね。……あの中身の薄い王宮のパーティーを抜け出してから、……一体どれほどの月日が流れたのかしら」

 サロメが扇子を閉じ、懐かしむように目を細めた。

 

 御者台のカザンも、馬の手綱を緩め、大きな欠伸を一つ。

「……へっ、……久しぶりに『まともな酒』が飲める場所まで来たぜ。……魔領の毒酒や、北方の雪解け水じゃ、……喉の渇きが癒えやしねえ」


 だが、馬車が街道沿いの大きな宿場町・リゼへと差し掛かった時。

 枢の翡翠眼ひすいがんは、街の入り口に漂う「淀んだ気」を敏感に察知した。

 それは魔物の呪いでも、流行り病の衰気でもない。

 人々の心に深く根ざした「不信」と「恐怖」が、街の経絡を塞いでいるかのような、不気味な停滞だった。


「……停車してください。……街の様子がおかしい」


 馬車を降りた枢たちの目に飛び込んできたのは、街の中央広場に立てられた、派手な金色の看板だった。

 そこには、どこかで見たことのある意匠――枢の診療所の紋章が、あからさまに模倣されて描かれていた。

 

 『聖鍼師・枢の正統後継者による、究極の救済。……不治の病も、金貨一枚で瞬時に完治』


「……なんですの、……これ? ……枢さんは、……目の前にピンピンして立っておりますわよ?」

 サロメが眉をひそめ、看板を凝視した。

 

 看板の横では、真っ白な法衣を纏った男が、苦しそうに膝を抱える老人を前に、大仰な身振りで銀色の鍼を振りかざしていた。

 

「……さあ、……万博で散った聖鍼師・枢様の魂が、……今、私の手に宿る! ……この一鍼で、……君の腰の痛みは永遠に消え去るだろう!」


 男が老人の腰に、乱暴に鍼を突き刺した。

 翡翠眼で見れば、その鍼先は経穴ツボをかすめ、あろうことか神経の束を真っ向から傷つけようとしている。

 老人が苦痛に顔を歪めるが、男は「これは好転反応だ」と笑い飛ばし、老人の手から、使い古された革袋を奪い取った。


「……待ちなさい。……その鍼、……今すぐ抜きなさい」


 枢の声は、喧騒の中に低く、しかし鋭く響いた。

 法衣の男が、不快そうに顔を上げ、枢の質素な――そして万博や北方の旅でボロボロになった白衣を見下ろした。


「……何だ、貴様は? ……私は聖鍼師・枢様から直々に術理を授かった第一弟子だぞ。……薄汚れた旅の治療師が、……私の神聖な施術を邪魔するな」


「……第一弟子、ですか。……私は、……そんな名前を、……誰かに預けた覚えはありません」


 枢は歩み寄り、男が刺した鍼を、目にも止まらぬ速さで抜き取った。

 抜き取られた銀鍼の先は、黒く濁り、粗悪な金属の臭いを放っていた。


「……貴公、……何をする! ……せっかくの治療を台無しにしおって!」


「……治療? ……これは、……単なる傷害です。……鍼を刺すべき場所も、……深さも、……そして何より、……患者の痛みに寄り添う心も、……あなたには欠けている」


 枢は、痛みに震える老人の隣に膝をついた。

 老人の腰は、先ほどの男の乱暴な刺鍼によって、内出血を起こし、気が完全に逆流していた。

 

「……お爺さん、……大丈夫ですよ。……今、……本当の『風』を通しますからね」


 枢は、自身の往診鞄から、使い古されているが、鏡のように磨き上げられた自身の銀鍼を取り出した。

 彼が狙ったのは、腰の痛みの核心である『大腸兪だいちょうゆ』ではない。

 

 彼は老人の膝の裏、**『委中いちゅう』**へと、吸い付くような正確さで鍼を滑り込ませた。

 

 「腰痛は委中に求めよ」

 古来より伝わるその真理を、枢は極限まで高められた「気」と共に実行した。

 

 ――スッ……。

 

 鍼が刺入された瞬間、老人の腰に溜まっていた「濁ったおけつ」が、目に見えない次元で一気に拡散していく。

 老人の表情から、一瞬にして苦悶の色が消え、深い安堵の溜息が漏れた。


「……あ、……ぁ、……嘘みたいだ。……あんなに重かった腰が、……羽が生えたように軽い……」


「……な、……何を小細工をした! ……偶然だ! ……そんなのは、……一時的な誤魔化しに過ぎん!」

 法衣の男が顔を真っ赤にして喚き散らす。


「……偶然ではありません。……ことわりです。……そして、……偽りの名前で人を傷つけることは、……理を汚す行為だ」

 枢は立ち上がり、静かに男を見据えた。

 

 男は、枢のその翡翠の瞳に宿る、圧倒的な「医師としての重圧」に圧され、思わず後退りした。

 広場に集まっていた群衆が、ざわめき始める。

 「あの翡翠の瞳……まさか、本物の……?」

 「万博で亡くなったって、嘘だったのか?」


 枢の帰還は、平穏なものではなかった。

 不在の間に汚された自分の名前。そして、英雄という偶像に踊らされる人々の歪んだ信仰。

 枢は、自分の診療所に辿り着く前に、まずこの「汚れた医道」を正さなければならないことを悟った。


「……カザン殿、……サロメさん。……申し訳ありませんが、……診療所へ帰る前に、……少し、……寄り道をさせてください」


「……フン、……いいぜ、聖鍼師。……てめえの名前を汚す不届き者は、……俺が槍で掃除してやってもいいんだがな」


「……カザン、……暴力はいけませんわ。……枢さんは、……もっと『残酷』に、……医術で相手を分からせるおつもりですもの」

 サロメが愉しげに扇子を振る。


 王都へ続く街道。

 夕闇の中、聖鍼師の本当の「凱旋」が、静かな怒りと共に幕を開けた。

 それは魔王や神を相手にする戦いよりも、ある意味で孤独で、そして譲れない、臨床医としての意地を賭けた戦いだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月24日(火)、朝の更新をお届けいたしました。

長い旅路を経て、ようやく自分のテリトリーに戻ってきたくるる。しかし、彼を待っていたのは「英雄の死」というデマと、それを利用する偽医者の姿でした。

権威や名声には興味がない枢ですが、自分の名前を使って患者を傷つける行為だけは、決して許すことができません。


今回登場した術理、『委中いちゅう』。

「腰背は委中に求めよ」という言葉があるほど、腰痛治療における最重要ポイントです。膝の裏のちょうど真ん中にあり、膀胱経の合穴として、腰部に滞った気血を一気に流す力を持っています。偽医者が患部(腰)を直接攻撃して悪化させたのに対し、枢は遠隔の重要穴を突くことで、根本的な「流れ」を正しました。


次回、第181話は本日**【12:00】**に更新予定です!


偽医者たちの背後に潜む、王都最高医局の「影の利権」。

枢の帰還を拒む者たちが、刺客として送り込んだのは、かつて枢が唯一「技術を認めた」という、闇の治療師でした。


お昼のひととき、医術と医術が火花を散らす、本格医療バトルへ。

引き続き、応援の評価やブックマークをよろしくお願いいたします!

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