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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第179話:絶唱の門、女神の涙を溶かす翡翠の火

3月23日、21:00。本日最後の更新をお読みいただきありがとうございます。


『歌唱の谷』に巣食う、音を喰らう寄生虫の女王。

人々の声を苗床にし、世界から旋律を奪い去ろうとする銀色の影に対し、くるるは自らの喉にある禁忌の経穴へと鍼を向けました。


「……音がないのなら、……私が『最初の響き』となりましょう」


震える喉、焼き切れる声帯。

枢が放つ命懸けの「一喝」が、停滞した大気を震わせ、リナの封印された過去を解き放ちます。


万博の熱狂を越え、聖鍼師が辿り着いた「魂の調律」。

今夜、沈黙の女神が涙を流します。

 谷の最深部、切り立った岩壁を背に鎮座する巨大な「歌の女神像」。

 かつては風がその指先を抜けるだけで天上の旋律を奏でたというその石像は、今や無数の銀色の糸に覆われ、巨大なまゆのように変貌していた。

 

 女神の半開きの口からは、粘り気のある銀の霧が絶え間なく溢れ出し、それが周囲のあらゆる音を吸い取っていく。カザンが振るう槍の風切り音も、らんが放つ漆黒の炎の爆ぜる音も、この女神の周囲では「無」へと変換され、ただ不気味な視覚情報として流れていく。


「……あいつが『女王』か。……俺様の自慢の爆炎も、……音を奪われちゃただの光の芸だな。……癪に障るぜ」

 嵐が苛立ちを露わにするが、彼の手から放たれる呪力さえも、女神の繭に触れた瞬間にその振動エネルギーを奪われ、霧散していく。


 この女神像は、今やこの谷全体の「音」を貯蔵する巨大な胃袋と化していた。

 音がないのではない。全ての音が、この中に「閉じ込められて」いるのだ。


「……リナさん。……あなたがこの谷を離れたのは、……この女神の声が、……いつか牙を剥くことを知っていたからですか?」

 くるるの静かな問いに、リナは悲しげに瞳を伏せ、小さく頷いた。


 リナの一族、響魂きょうこんの民。

 彼らは代々、この女神像に自らの歌を捧げることで、世界の調和を保ってきた。だが、万博での「世界の心臓」の激動により、女神像に蓄積されていた数百年分の「歌」が、負のエネルギーへと反転し、音を喰らう怪物へと変質してしまったのだ。


「……リナさんの歌でも、……今のこの静寂を突き破ることはできません。……あまりにも、……密度が違いすぎます。……ならば……」


 枢は、自身の喉元にある経穴、**『天突てんとつ』と『廉泉れんせん』**を、自身の指で強く圧迫した。

 そして、往診鞄の奥から、一本の太く、鈍い光を放つ「黒鉄のくろがねのはり」を取り出した。

「……枢さん! ……まさか、……ご自身の喉に……!?」

 サロメが叫ぼうとしたが、その声もまた、女神の静寂に吸い込まれて届かない。


 枢は躊躇わなかった。

 彼は自身の首筋、頸動脈のすぐ傍にある**『人迎じんげい』**へと、黒鉄の鍼を深く、迷いなく突き立てた。

 人迎は、足の陽明胃経ようめいいけいに属し、気血を頭部へと送り届ける「命の関所」。

 

 そこへ、枢は自身の翡翠の気を、極限まで圧縮して流し込んだ。

 彼の喉が、内側からの圧力で激しく膨らみ、血管が浮き上がる。声帯が、翡翠の気の摩擦によって真っ赤に燃え上がり、焼けるような痛みが枢の意識を白く染める。


「……ゴホッ、……はぁ、……はぁ……!!」


 枢は、女神像を見据え、腹の底から、全霊の「気」を喉へと集束させた。

 狙うのは、音を吸い取る「静寂の結界」の、唯一の共振点。


「……『しん』!!」


 枢の口から放たれたのは、言葉ではなかった。

 それは、五行における「もく」の気――万物を震わせ、芽吹かせる爆発的な「雷」の音色。

 

 ――ドォォォォォォォォォォンッ!!

 

 物理的な音を超えた「気の咆哮」が、女神の繭を正面から直撃した。

 静寂という名の壁が、枢の一喝によって文字通り粉々に砕け散る。

 

 ――キィィィィィィィィィ……!!

 

 音を喰らう女王が、初めて苦悶の叫びを上げた。

 繭が弾け、中から貯蔵されていた数百年分の「歌」が、色鮮やかな光の奔流となって溢れ出す。


「……今です、……リナさん!! ……あなたの歌で、……この迷える魂たちを、……正しい場所へ導いてください!!」


 喉から血を流しながら、枢が叫ぶ。

 リナは、その叫びに呼応するように、自身の胸に手を当て、力強く一歩を踏み出した。

 

 彼女の口から零れ落ちたのは、悲しみではなく、全ての「生」を言祝ぐ、黄金の旋律。

 枢が穿った「静寂の穴」を通って、リナの歌声が谷全体へと広がっていく。

 

 女王の銀糸が、リナの歌に触れた瞬間、温かな雨となって降り注ぎ、苦しんでいた村人たちの喉を潤していった。

 

 女神像の目から、一筋の涙が流れる。

 それは、数世紀にわたって音を吸い込み続けてきた石像が、ようやく「重荷」から解き放たれた瞬間だった。

 銀色の霧は完全に消え去り、谷には再び、風の囁きと鳥の囀り、そして人々の歓喜の声が戻ってきた。


「……ふぅ、……あ、……カハッ……」

 枢は、その場に膝をつき、激しく咳き込んだ。

 喉の鍼を抜き取ると、指先が真っ赤に染まっている。

 

「……枢さん!!」

 リナが駆け寄り、枢の身体を支える。

 彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。


「……大丈夫、……ですよ。……少し、……声が、……枯れただけですから……」

 枢は掠れた声で笑い、リナの涙をそっと拭った。

 

 女神像の足元に、一つの小さな、銀色の「砂時計」が落ちていた。

 それは先日現れた組織『クロノス・レギオン』の紋章。

 

 彼らは、万博によって生じた世界の歪みを利用し、各地の「音」や「時間」を回収して回っていたのだ。

 

「……彼らの目的は、……三界の『歴史』を、……自分たちの望む形に書き換えることかもしれませんね」

 枢は砂時計を拾い上げ、険しい表情で見つめた。

 

 世界の調和は保たれたが、枢たちの前には、もはや天界や魔領という枠組みを超えた、巨大な「因果」との戦いが待ち受けていた。

 

 馬車は再び、夕闇の中を走り始める。

 その車内には、リナが奏でる穏やかな守守歌が、優しく響き渡っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月23日(月)、本日最後の更新をお届けいたしました。

音を喰らう女王を、くるるの命懸けの「咆哮」とリナの「歌」が浄化する。

臨床の現場で培われた枢の術理が、世界の歪みを正す大きな力へと昇華された瞬間でした。


今回登場した術理、『天突てんとつ』、『人迎じんげい』、『廉泉れんせん』。

これらは喉の機能を司る三つの要穴です。特に人迎は「気血の通り道」であり、枢はここを刺激することで、肺の気を強制的に喉へと集束させ、物理的な音波を凌駕する「気の衝撃波(一喝)」を放ちました。これは中医学における「呼吸と気の連動」を極限まで高めた、枢ならではの戦闘医術です。


これにて『歌唱の谷』編が終了し、物語はいよいよ第2章の真の結末、そして待望の「診療所への帰還」へと向かいます。


明日、3月24日(火)の更新スケジュール:


• 08:00:第180話(帰還の兆し、懐かしき診療所の噂)

• 12:00:第181話

• 18:00:第182話

• 21:00:第183話


旅の終わりに枢を待つのは、平穏か、それとも新たな波乱か。

明日も、聖鍼師の旅路を共に見守っていただければ幸いです!

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