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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第177話:聖医の任命、栄光という名の足枷

3月23日、12:00。お昼の更新をお読みいただきありがとうございます。


少年カイの足から銀色の鱗を剥がし、再び歩けるようにしたくるる

潮風に吹かれ、一時の安らぎを感じていた彼のもとに、天界の白銀と魔領の漆黒、二つの紋章を刻んだ豪華な馬車が到着します。


「聖鍼師・枢。……貴公を、三界を統べる唯一の医師、『三界聖医さんがいせいい』に任命する」


栄光という名の鎖を差し出す特使に対し、枢はただ、使い古された往診鞄を手に取りました。

政治の道具にされようとする医道の矜持。

権威に抗い、路地裏の患者を守り抜くための、枢の「最後通牒」が始まります。

 少年の足から剥がれ落ちた銀色の鱗が、砂浜の砂に混じってキラキラと朝日に溶けていく。

 母親の泣き笑いの声と、少年の力強い足音を背に、くるるは漁師小屋の軒下で、使い古した往診鞄の金具をカチリと閉じた。


「……ふぅ。……これで、……この街の海風も、……少しは温かくなるでしょう」


「……お疲れ様ですわ、枢さん。……でも、……どうやら潮風よりも先に、……厄介な『風』が吹き込んできたようですわよ?」

 サロメが港の入り口を指差した。

 

 そこには、路地裏の風景にはおよそ不釣り合いな、豪華絢爛な馬車が二台、狭い道を通せんぼするように止まっていた。

 一台は、純白の装甲に金糸の刺繍が施された、天界最高医局の紋章。

 もう一台は、黒檀の木材に紫の魔石が埋め込まれた、魔領公認治療師団の意匠。

 

 馬車から降りてきたのは、磨き上げられた法衣を纏った天界の神官と、冷徹な眼差しをした魔領の魔導医師だった。彼らは枢の前に立つと、仰々しく膝をつき、羊皮紙の巻物を捧げ持った。


「……聖鍼師・枢殿。……万博における『世界の心臓』救済の功績、……三界の王たちが等しく認めるところとなりました。……よって、……貴公に天界・魔領・人間界、……全ての医療を統括する最高位、……『三界聖医さんがいせいい』の称号を授与いたします」


 神官の声が、狭い路地裏に朗々と響き渡る。

 近所の漁師たちが何事かと集まり、驚愕の声を上げた。世界を救った英雄が、今、正式に歴史上の伝説になろうとしているのだ。


「……三界聖医、ですか。……それは、……随分と立派な肩書きですね」

 枢は眼鏡を直し、表情を変えずにその巻物を見つめた。

 

「……左様。……この称号を拝受すれば、……貴公には各国の王宮に専用の診察室が与えられ、……三界全ての薬草園と魔力資源が、……貴公の指先一つで動くことになります。……もはや、……このような湿った路地裏で、……無償同然の往診をする必要などないのです」


 魔導医師が、周囲の貧しい家々を蔑むように見やりながら付け加えた。

 

 カザンが不快そうに鼻を鳴らし、らんが漆黒の炎を指先で弄びながら、枢の反応を伺っていた。

 サロメとリナもまた、息を呑んで枢を見つめている。

 

 名誉、富、そして権力。

 一介の鍼灸師が一生をかけても届かない、医療の頂点。

 だが、枢の翡翠眼ひすいがんには、その華やかな巻物の裏側に、幾重にも張り巡らされた「政治の糸」が見えていた。


「……その称号を受ければ、……私は、……各国の許可なく患者を診ることはできなくなる。……そうですね?」


「……それは、……組織の秩序というものです。……三界の宝である貴公が、……どこの馬の骨とも知れぬ平民に、……貴重な気を使うなど、……あってはならないことですから」


「……なるほど。……では、……お断りいたします」


 枢の静かな、しかし断固とした一言が、路地の空気を一瞬で凍りつかせた。

 特使たちは耳を疑ったように、目を見開いて硬直した。


「……な、……何を仰る!? ……これは三界の王たちが合意した、……空前絶後の名誉なのだぞ! ……貴公、……正気か!?」


「……至って正気です。……私の鍼は、……王のメンツを保つための飾りではありません。……私の気は、……組織を動かすためのガソリンでもありません。……私の医術は、……ただ、……目の前で苦しんでいる一人の人間のためにあるのです」


 枢は、特使たちの間に割り込むようにして、自身の往診鞄を肩にかけ直した。

 

「……今の私は、……このポルタの街で、……海辺の少年の足を治したばかりの、……ただの鍼灸師です。……これ以上でも、……これ以下でもありません。……もし、……私の力が必要ならば、……王たちも、……一人の患者として、……私の診療所に並んでください」


「……不遜な!! ……聖鍼師・枢、……貴公は、……世界の恩人を自称しながら、……世界そのものを敵に回すつもりか!」


 神官が激昂し、手に持った杖から眩い光を放とうとした。

 だが、その手首が、目にも止まらぬ速さで枢の指先に掴まれた。


「……落ち着いてください。……あなたの**『神門しんもん』**、……ひどく拍動が乱れていますよ。……あまり怒ると、……せっかくの美しい心臓が、……悲鳴を上げてしまいます」


 枢の指先から、冷徹な、しかし柔らかな気が神官の手首へと流れ込んだ。

 神官は、全身の力が一気に抜けるのを感じ、呆然とその場にへたり込んだ。


「……名誉という名の鎖で、……私を縛ることはできません。……私は、……自由な風のように、……病あるところへ、……いつでも飛んでいくつもりですから」


 枢はそう言い残し、立ち尽くす特使たちの横を、悠然と通り過ぎていった。

 その後ろを、カザンたちが愉快そうに笑いながらついていく。


「……ハッ! ……いいザマだな、……偉いサン方! ……俺たちの主は、……てめえらの天秤に乗るような、……安い男じゃねえんだよ!」

 嵐が黒い煙を吐き出し、特使たちの視界を遮った。


 権威を捨て、再び荒野へと踏み出した聖鍼師。

 だが、この拒絶が、新たな組織――時間を司る『クロノス・レギオン』だけではない、三界の既得権益層という巨大な敵を、本格的に目覚めさせてしまうことになる。


 港町の外れ。

 夕闇が迫る中、枢は次なる往診の依頼書を広げた。

 

「……さて、……次は、……『声が出なくなった少女』……ですか。……リナさん、……あなたの故郷の近くかもしれませんね」


 枢の歩みは止まらない。

 彼の目指す「真の医療」は、まだ道の途中にあった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月23日(月)、お昼の更新をお届けいたしました。

三界の王たちから贈られた「最高の名誉」を、一顧だにせず切り捨てたくるる

組織の駒として安泰を享受するよりも、路地裏の患者のために泥にまみれることを選ぶ。

その不器用なまでの誠実さが、皮肉にも彼をさらなる伝説へと押し上げていきます。


今回登場した術理、『神門しんもん』。

先日のリナの治療でも登場した、手首の横紋上にある心経の要穴です。激昂して乱れた精神(心気)を瞬時に鎮めるため、枢は相手の手首を掴むと同時にここを刺激し、強引に戦意を喪失させました。鍼を打たずとも、指先一つで生理現象をコントロールする枢の卓越した技術が描かれています。


次回、第178話は本日**【18:00】**に更新予定です!


特使の包囲を潜り抜け、一行はリナのルーツがあるという北方の「歌の聖地」へと向かいます。

しかし、そこはかつての美しさを失い、沈黙が支配する『音のない谷』へと変貌していました。


夕暮れ時、物語はリナの過去、そして第2章の真の結末へと加速します。

引き続き、応援の評価やブックマークをぜひお願いいたします!

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