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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第175話:命門(めいもん)の解放、明日を刻む銀の歌

3月22日、21:00。三連休最終日の締めくくりとなる更新をお読みいただきありがとうございます。


霧が晴れた丘の上、突如として姿を現した組織『クロノス・レギオン』。

銀の化石へと変わりゆくリナを「回収」しようとする彼らの非情な宣告に対し、ボロボロの身体を引きずり、くるるが立ち上がります。


「……彼女は『検体』ではありません。……私の、……大切な仲間であり、……一人の、……尊い患者です」


奪われた未来、削られた命。

それら全てを繋ぎ止めるため、枢が自身の腰――生命の門に打ち込んだのは、翡翠の輝きを失った漆黒の鍼でした。


新章、第一章クライマックス。

響け、リナ。あなたの歌が、再び世界を震わせるその時まで。

 朝日に照らされた丘の上、銀色のマントを翻す数十人の影。

 彼らが掲げる「砂時計」の紋章が、逆光の中で不気味に明滅していた。

 中央に立つ少女――冷徹な瞳をした『観測者』メアが、巨大な天秤の杖を静かに振り下ろすと、周囲の空気から「色」が失われ、モノクロームの静寂が広場を支配し始めた。


「……被検体104号、リナ。……彼女の血筋は、……この世界の『因果の帳尻』を合わせるために用意された予備部品に過ぎません」

 メアの声は、感情を排した冷たい刃のように響く。

「……部品が壊れ、……役目を終えたなら、……速やかに回収し、……再資源化するのが秩序というもの。……野蛮な鍼灸師よ、……君の治療は、……世界の平穏にとって有害な『ノイズ』でしかない」


 メアの合図と共に、数人の銀衣の使徒たちが、空間を滑るような高速移動でリナへと迫る。

 カザンが咆哮を上げ、折れかけた槍を振るって立ち塞がり、らんが残りの魔力を全て絞り出し、どす黒い霧の壁を築き上げる。


「……ハッ、……部品だと? ……笑わせるな、……お高く止まった時計野郎どもが! ……俺様の目の前で、……レディに無粋な真似をするんじゃねえ!」

 嵐の漆黒の炎が銀衣の使徒を押し返すが、彼らの動きは「一秒先の未来」を予見しているかのように正確で、一歩、また一歩とリナへと近づいていく。


 その時。

 背後で、重厚な、大地を揺らすような気の脈動が弾けた。


「……そこまで、……です」


 くるるが、震える足で一歩前へ出た。

 彼の眼鏡は割れ、白衣は血と泥に塗れている。だが、その背後に浮かび上がる翡翠の気は、先ほどまでの「優しさ」を捨て、触れるもの全てを焼き尽くすような、禍々しいまでの黄金色の輝きを放っていた。


「……枢さん、……それ以上は……! ……その鍼は、……使っては……!」

 サロメが悲鳴を上げる。

 枢が自身の腰の裏、……脊椎の真ん中にある、一つの経穴へと、太く長い「漆黒の鍼」を突き立てていたからだ。


 そこは、『命門めいもん』。

 文字通り「生命の門」と呼ばれ、先天の精気が宿る腎の間、……人体のエネルギーの根源が眠る場所。

 通常、この場所への深い刺鍼は禁忌とされる。門を強引に開くことは、ロウソクの芯そのものを一気に燃やし尽くし、一時的な爆発力を得る代わりに、施術者の寿命を文字通り「削り取る」行為に他ならない。


「……リナさんが、……私のために、……自分の時間を差し出したというのなら」

 枢の喉から、血の混じった低い声が漏れる。

「……私が、……彼女に『私の時間』を分け与えるのは、……医師として、……当然の義務です……!」


 ――ズ、ドォォォンッ!!


 命門の門が開いた。

 枢の身体から噴き出したのは、翡翠の光と、黄金の熱。

 その膨大な生命エネルギーが、喉元を銀色の鱗に覆われたリナへと、直接的な「伝導」を開始した。


「……な、……自らの命の門を抉り、……他者に流し込むだと!? ……狂っている! ……そんなことをすれば、……君自身の肉体は、……数分と持たずに崩壊するぞ!」

 メアが初めて、その冷静な仮面を剥がして叫んだ。


 だが、枢は止まらない。

 彼はリナの背中、腎の気が集まる**『腎兪じんゆ』と、気海を司る『志室ししつ』**へと、同時に二本の鍼を打ち込んだ。

 

「……巡れ、……失われた時の代わりとなって! ……燃えろ、……彼女の喉に宿る『静寂』を、……私の魂で焼き払え!!」


 枢の白髪が、一気に白さを増していく。

 代償として、彼の生命時間が猛烈な勢いで燃焼していた。

 だが、その熱を受け取ったリナの身体に、奇跡が起きる。

 

 喉元を覆っていた銀色の鱗が、枢の放つ黄金の熱によって蒸発し、キラキラと輝く光の粒子となって朝日に溶けていった。

 彼女の指先に温もりが戻り、枯れ果てていた肺に、世界で最も清らかな「空気」が流れ込んでいく。


「……ぁ、……あぁぁぁぁ……!!」


 リナが、叫んだ。

 それは叫びではなく、魂の奥底から絞り出された、一節のメロディ。

 

 『魂の再演リザレクション・アリア』。

 

 彼女の歌声が、枢の黄金の気と共鳴し、広場全体を包み込んだ。

 その歌に触れた銀衣の使徒たちは、自分たちの「止まった時間」を無理やり動かされるかのように、その場で膝をつき、激しい眩暈に襲われた。

 

「……因果の天秤が、……逆転していく……? ……バカな、……たった二人の人間の執念が、……世界の時計を書き換えるというのか……!」

 メアが杖を握りしめるが、リナの歌声に支配された空間では、彼女の『砂時計』の魔力さえも、砂の城のように崩れ去っていった。


 歌が終わる。

 霧は完全に晴れ、朝日の下には、かつての平和な空気を取り戻した村の姿があった。


 メアたち『クロノス・レギオン』は、歌の余韻に弾き飛ばされるようにして、丘の向こうへと撤退を余儀なくされた。

 

「……枢よ。……今日のところは、……君の『ノイズ』に敬意を表して退こう。……だが、……命門を開いた代償は、……必ず君を蝕む。……また会おう、……世界の寿命を削る、……罪深き医師よ」


 影が消える。

 静寂が戻った広場で、枢は最後の一鍼を抜き取り、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。


「……先生!!」

 声を取り戻したリナが、枢の身体を必死に抱き止める。

 枢の瞳は薄く開いていたが、その焦点は定まっていない。

 

「……リナ、さん。……いい、声……ですね。……ようやく、……聞け、ました……」


 枢はそう言い残し、深い、深い眠りへと落ちていった。

 

 ――数日後。

 村を出発する移動診療馬車の中。

 

 まだ顔色の優れない枢の傍らで、リナは新しいリュートを手に、穏やかな歌を歌っていた。

 彼女の喉に鱗の跡はない。だが、枢の右手の指先には、命門を開いた際の後遺症か、小さな「銀色の染み」が一つ、消えずに残っていた。


「……また、……厄介な組織に目をつけられちまったな、聖鍼師」

 嵐が、馬車の屋根で欠伸をしながら呟いた。


「……ええ。……ですが、……次の往診先でも、……きっと誰かが待っています。……時間は、……止めるものではなく、……共に歩むものですから」


 枢は、銀の染みの残る手で眼鏡を直し、窓の外に広がる新しい景色を見つめた。

 彼らの旅は、まだ始まったばかり。

 

 新章「刻を止める病」編、第一節・完。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


三連休最終日、21:00の最終更新をお届けいたしました。


謎の組織『クロノス・レギオン』の襲来に対し、くるるが放ったのは、自らの寿命を削り、相手に生命力を分け与えるという、鍼灸師としての禁忌中の禁忌『命門の解放』でした。

救う側が救われる側に、そして救われた側が再び歌で救い返す。この「絆の循環」こそが、本作品のテーマでもあります。


今回登場した術理、『命門めいもん』、『腎兪じんゆ』、『志室ししつ』。

腰部に集中するこれらのツボは、東洋医学において「腎精(生命のエネルギー源)」を司る最重要拠点です。命門はまさに生命の門であり、ここを刺激することは、肉体の限界を超えた出力を生むと同時に、極めて激しい消耗を伴います。枢がリナに自分の時間を分け与えるために、あえてここを選んだ描写には、彼の「医師としての覚悟」を込めました。


明日からの更新では、村を離れた一行が次に訪れる『潮風の港町』での物語が始まります。

そこで枢を待っていたのは、病ではなく「呪い」によって、魚の鱗が生えてしまったという少年でした。


この三連休、全18回の全力更新にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

皆様の応援のおかげで、KASASAGIのグラフも力強く上昇しております。


明日からは平日の通常スケジュール(08:00、12:00、18:00、21:00)に戻りますが、熱量はさらに上げて参ります。

引き続き、聖鍼師・枢の旅路をよろしくお願いいたします!

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