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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第173話:灰色の調律師、歌姫の秘められた指先

3月22日、15:00の更新をお読みいただきありがとうございます。


『クロノス・ゴーレム』を粉砕し、村人たちの時間を取り戻したくるる

しかし、禁忌の心拍加速の代償は重く、彼の全身の経絡は焼き切れる寸前の過負荷に晒されていました。


倒れ伏す枢の前に現れたのは、ゼノビアを操っていた『仮面の調律師』。

絶体絶命の危機に、いつも歌で寄り添っていたリナが、これまでに隠していた「禁断の医術」を解禁します。


「先生の時間を、私が……私の命で繋ぎ止めます!」


歌姫リナの真実、そして枢の肉体を繋ぎ止めるための、命懸けの「温通法おんつうほう」が始まります。

 爆散した水晶の破片が、夜の静寂の中にキラキラと降り注ぐ。

 クロノス・ゴーレムという「偽りの未来」の質量は、くるるが放った心火の一撃によって完全に霧散し、奪われていた時間の粒は、持ち主である村人たちの胸元へと吸い込まれていった。


 しかし、その光景を見届ける枢の視界は、どす黒い霧に覆われ始めていた。

 自らの脇の下にある経穴、**『極泉きょくせん』**を無理やり抉るように刺し、心臓の出力を限界以上にまで高めた代償は、人間の肉体が許容できる範囲を遥かに超えていたのだ。


「……あ、……がはっ……!」


 枢の口から、鮮血が溢れ出す。

 単なる吐血ではない。肺の奥、そして心臓を包む「心包しんぽう」の経絡が、過剰な熱によって文字通り焼き切られようとしていた。彼の白い白衣は、破裂した毛細血管から噴き出した血によって、無残な深紅に染まり、地面に力なく崩れ落ちる。


「……枢さん!!」

 サロメが絶叫し、動かなくなった枢の身体を抱きしめる。

 その身体は、驚くほど熱い。まるで内側に溶岩でも抱えているかのように、高熱を発していた。


「……クハッ、……やりすぎだぜ、聖鍼師。……てめえの時間は、……もう一分も残ってねえぞ」

 らんが、毒づきながらもその瞳に深い焦燥を浮かべた。

 彼の「呪医術」でさえ、内側から自壊を始めた枢の経絡を繋ぎ止めることは困難だった。


 その時。

 崩れ去った時計塔の瓦礫の影から、一人の男が静かに歩み出てきた。

 ゼノビアのような歪んだ狂気ではなく、ただ徹底した「無」を感じさせる、灰色の仮面をつけた男。その背後には、天界の紋章でも魔領の刻印でもない、奇妙な「砂時計」の刺繍が施されたマントが揺れていた。


「……計算外だ。……東洋の鍼一本で、……これほどの因果の歪みを作り出す個体が存在するとはな」

 仮面の男の声は、感情の起伏が一切ない、機械的な響きだった。

「……だが、……役割は終わった。……ゼノビアという『検体』も、……この村の『時間』も。……そして、……我々の観測を乱す君という『バグ』も、……ここで消去する」


 男が指をパチンと鳴らすと、周囲の空間が歪み、無数の「銀の針」が枢の急所を狙って空中に生成された。

 カザンが槍を構えるが、先ほどのゴーレム戦の余波で、彼もまた満身創痍。嵐の呪力も底を突きかけている。


「……先生には、……指一本、……触れさせません……!」


 震える声で立ち上がったのは、リナだった。

 いつも枢の後ろで、控えめに歌を歌っていた少女。

 彼女は、愛用のリュートを地面に置くと、自らの両手の甲に刻まれた「封印の術式」を、迷いなくその爪で引き裂いた。


「……リナさん、……まさか、……それを使うつもりですの!?」

 サロメが息を呑む。


「……先生が、……みんなの明日を救ってくれたんです。……今度は私が、……先生の『今』を繋ぐ番です!」


 リナの身体から、透き通るような、しかし圧倒的な「気」の奔流が噴き出した。

 それは歌による癒やしではない。

 彼女が代々受け継いできた、北方の禁忌の医術――『響魂経絡きょうこんけいらく』。

 

 リナは、倒れ伏す枢の傍らに膝をつくと、その細い指先を、枢の胸元にある**『膻中だんちゅう』**へと沈めた。

 

「……経絡が、……ズタズタです。……でも、……まだ『芯』の火は消えていない。……お願い、……私の声を聞いて……!」


 リナの指先が、目にも止まらぬ速さで枢の身体を跳ね回る。

 彼女が狙ったのは、枢が先ほど酷使した「心経」と、それを補完する「小腸経」の全ての接点。

 

 まず、彼女は枢の小指の爪の生え際にある**『少衝しょうしょう』を、自身の爪で鋭く弾いた。

 そこから、彼女の魂を削った「癒やしの共鳴波」が、枢の焼き切れた経絡の隙間へと滑り込んでいく。

 

 さらに、彼女は枢の手首にある『神門しんもん』から、肘の『少海しょうかい』**にかけて、まるで楽器の弦を奏でるように、指先を滑らせていく。

 彼女が指を通すたびに、枢の皮膚の下で青白く光る「気の回路」が、一つ、また一つと修復されていくのが目に見えて分かった。


「……おのれ、……不確定要素め」

 仮面の男が腕を振り下ろすと、銀の針が一斉にリナの背中へと降り注ぐ。

 だが、カザンが咆哮と共にその巨体で銀の針を弾き飛ばし、嵐が残りの力を振り絞って、漆黒の結界をリナの周囲に張り巡らせた。


「……続けろ、小娘! ……そいつを死なせたら、……俺様のメンツが丸潰れだ!」


「……はい……っ! ……『魂の脈動ビート・オブ・ソウル』!!」


 リナが、自身の額を枢の額へと静かに重ねた。

 

 その瞬間、リナの全身から温かな翡翠色の光が溢れ出し、枢の肉体を優しく包み込んだ。

 彼女が口ずさんでいるのは、歌ではない。

 それは、生命の循環を司る「真言」に近い、超高周波の音の連なり。

 

 枢の意識の深淵。

 真っ暗な闇の中で、今にも消えそうだったロウソクの火が、リナの歌声に共鳴するように、再び小さな、しかし確かな光を放ち始めた。


「……あ、……ぁ……」


 枢の指先が、僅かに動いた。

 リナが、彼の両手の**『労宮ろうきゅう』**――手のひらの中央にある、生命エネルギーの出入り口を、自らの掌で包み込み、自身の体温を直接流し込んでいる。


「……先生、……戻ってきて……。……まだ、……私に、……往診の仕方を、……教えてくれていないじゃないですか……!」


 リナの涙が、枢の頬に落ちる。

 その雫が、枢の体内に残っていた「心火」の熱を吸収し、穏やかな「潤い」へと変換していった。

 

 焼き切れていた経絡に、リナの気が満ちる。

 枢の翡翠の瞳が、ゆっくりと、しかし力強く開かれた。


「……リナ、……さん……?」


 その掠れた声を聞いた瞬間、リナは力尽きたように枢の胸元に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。

 

 仮面の男は、その様子を忌々しげに見つめ、背後の「砂時計」のマントを翻した。

「……チッ。……時間の連続性に、……ここまで強固な『愛着』というノイズを割り込ませるとは。……今日の観測は、……中止だ」


 男の姿が、陽炎のように霧の向こうへと消えていく。

 ゼノビアを操り、村の時間を奪った黒幕は、何一つ情報を残さぬまま撤退していった。


 霧が、夜明けの光に照らされて、ゆっくりと晴れていく。

 村の時計塔が、午前六時の鐘を、誇らしげに高らかに鳴り響かせた。

 それは、この村が再び「明日」という時間へと足を踏み入れた、勝利の産声だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月22日、15:00の更新をお届けいたしました。


自己犠牲の果てに自壊を始めたくるるの肉体を繋ぎ止めたのは、いつも控えめだった歌姫リナの、秘められた禁忌の医術でした。

彼女が示した「響魂経絡」は、自身の生命力を音の共鳴に変えて相手の経絡に直接流し込むという、枢の鍼とはまた異なるアプローチの癒やしです。


今回リナが用いた術理、『膻中だんちゅう』、『少衝しょうしょう』、『労宮ろうきゅう』。

胸の中央にある膻中は「気会きかい」と呼ばれ、全身の気の巡りを統括する要所です。小指の少衝は心経の「井穴せいけつ」で、意識を覚醒させる急救のツボ。そして手のひらの労宮は、気功などでも使われる「気の放出口」であり、リナはここを自身の掌と密着させることで、最も効率的に自身の生命力を枢へと分け与えました。


次回、第174話は本日**【18:00】**に更新予定です!


霧が晴れた村で、枢たちが目にした「奇跡の朝」。

しかし、リナが封印を解いた代償として、彼女の身体にある異変が起こり始めます。

そして去り際に仮面の男が残した「砂時計の組織」の正体とは。


夕暮れ時、物語は新章の核心、そしてリナのルーツへと深く踏み込んでいきます。

引き続き、熱い応援の評価やブックマークをぜひお願いいたします!

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