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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第166話:鏡像の侵食、虚無を穿つ翡翠の閃光

3月21日、12:00の更新をお読みいただきありがとうございます。


ルルを救い出したくるるの前に、次なる試練が立ちふさがります。

本選の第二課題は、魔領の深淵から運び込まれた、鏡の中にしか存在しない病――「鏡像症ミラー・シンドローム」。


触れることも、視ることもできない敵に対し、聖鍼師の翡翠眼が捉えたのは、現実と虚構の「隙間」でした。

魔領の名医たちさえも恐怖する、魂のコピーとの戦いが幕を開けます。

 ルルをリナの腕へと預け、その柔らかな呼吸が戻ったことを確認したくるるは、一時の安堵に浸る間もなく、再び本選の舞台へと引き戻された。

 三界共鳴塔のホールには、先ほどまでのルルを包んでいた純白の光とは対照的に、ドロリとした重厚な紫色の「夜」が、天井から降り始めていた。それは魔領の深淵に漂う、光さえも飲み込む「停滞の気」だった。


「……先ほどの、……娘を救った際の手際。……不遜ながらも、その医術の『質』については認めざるを得ないようだ、聖鍼師よ」


 最高医官ウリエルの声が、屈辱を押し殺したような、しかし極めて冷徹な響きでホールに木霊した。

「……だが、……個の救済の次は、……概念の『克服』を見せてもらおう。……本選第二課題。……魔領の最深部、……絶望の淵より掬い上げた、この『名もなき患者』を診察せよ。……貴公がこれまで対峙してきた『肉体の病』とは、……ことわりそのものが異なるぞ」


 ホールの中心に、重々しい音を立てて運び込まれたのは、高さ三メートルを超える巨大な三枚の「黒い鏡」に囲まれた、一人の若き魔族の戦士だった。

 彼は外傷一つなく、筋肉の付き方も完璧で、呼吸もまた健康そのもののリズムを刻んでいる。だが、彼を囲む鏡の中、そこに映し出された「彼の姿」は、本人とは全く異なる、悍ましい動きをしていた。

 

 現実の戦士が絶望に打ちひしがれ、虚空を見つめて立ち尽くしているのに対し、鏡の中の「彼」は、唇を吊り上げ、狂気じみた笑みを浮かべていた。そして、鏡の内側から、現実の戦士の「心臓」に向かって、鋭い爪をゆっくりと、しかし確実に突き立てようとしていたのだ。


「……鏡像症ミラー・シンドローム。……魔領でも禁忌中の禁忌とされる、魂の自食作用だ」

 らんが、珍しく隠しきれない警戒を露わにして、枢の数歩後ろに下がった。

「……おい、聖鍼師。……こればかりは深追いするな。……鏡の中の『影』が本体を殺せば、……現実の肉体は、原因不明の即死を遂げる。……しかも最悪なのは、……鏡の中の奴を攻撃すれば、……その衝撃は因果律を伝ってそのまま本体へと跳ね返ってくるということだ。……治療どころか、……触れることさえ『自分を殺す』のと同義だぞ」


 嵐の忠告を裏付けるように、会場の名医たちは、一様に診察台から大きく距離を取っていた。

 魔導義手を自慢げに鳴らしていた錬金術師も、聖なる癒やしの杖を構える神官も、この「鏡合わせの絶望」の前では、自らの術式が鏡に反射し、自分自身を撃ち抜くことを恐れ、手も足も出せないでいた。


「……なるほど。……実体がないのではなく、……実体が『反転』して、……因果の鎖が逆流しているのですね」


 枢は、震える手で眼鏡を指で押し上げ、翡翠眼ひすいがんを極限まで見開いた。

 彼の視界には、現実の戦士と鏡の中の怪物を繋ぐ、蜘蛛の糸よりも細い、しかし鋼よりも強固な「反転した気」の流れが見えていた。それは、魂が持つ自己認識が、外部からの強烈な「呪い」によって捻じ曲げられ、自分自身を「敵」として認識してしまった結果の悲劇。


「……サロメ。……私の周囲に、……純銀の粉を撒いてください。……光の屈折率を、……一厘いちりんだけ歪ませる必要があります。……現実を、……鏡よりも鏡らしくするために」


「……は、はいっ! ……銀光のシルバー・ダスト、……最大広域で展開しますわ!」


 サロメが必死に杖を振り、枢の周囲に銀色の微細な粒子を霧のように漂わせる。

 枢はその光の粒子が舞い踊る中、往診鞄から、これまで一度も見せたことのない「半透明の水晶鍼」を取り出した。

 それは鍼でありながら、光を透過し、周囲の風景を吸い込むような、実体と虚像の狭間にある不思議な存在感を放っていた。


「……鏡の中の自分を殺すのではありません。……鏡そのものが抱いている、『自分は敵である』という歪んだ記憶を、……一瞬だけ『光の速度』で消去するのです」


 枢が、鏡に向かって静かに一歩踏み出した。

 鏡の中の怪物が、牙を剥き、枢の「喉」を狙って爪を突き出す。現実の戦士の首筋に、触れてもいないのに真っ赤な裂傷が走り、鮮血が噴き出した。


「……させません」


 枢の水晶鍼が、鏡の表面……ではなく、鏡と現実の「境界線」に存在する、目に見えない光の歪みへと打ち込まれた。

 

「……聖鍼流・秘奥義。……『鏡花水月・断絶きょうかすいげつ・だんぜつ』!」


 ――パリン、と。

 

 空間そのものが、硝子が割れるような冷たい音を立てて震えた。

 枢の打ち込んだ水晶鍼が、銀の粉に反射した光を一点に集束させ、現実と鏡の世界を繋ぐ「共鳴の糸」を、正確に断ち切ったのだ。

 鏡の中の怪物は、自身の存在根拠を失い、断末魔の叫びを上げる間もなく、黒い霧となって霧散していく。

 

 次の瞬間、枢は現実の戦士の眉間にある、精神の安定と自己認識を司る経絡――**『印堂いんどう』**へと、二本目の、今度は重厚な銀鍼を深々と打ち込んだ。


「……目を覚ましてください。……鏡に映る自分は、……あなたを殺す影ではなく、……あなたを守るための『光』であったはずです!」


 枢の指先から、翡翠の気が戦士の脳内、その深層心理へと一気に流れ込む。

 

 戦士の瞳に、焦点が戻った。

 鏡を凝視していた絶望の眼差しは消え、そこにはただ、戦いに疲れ、自分を見失っていた一人の若者の、人間味のある戸惑いだけが残されていた。

 三枚の黒い鏡は、もはや何の変哲もない、ただの調度品へと戻り、戦士の姿を正しく、静かに映し出している。


「……あ、……俺は、……一体、何を……?」


 戦士が自分の手を見つめ、生きている実感を取り戻したその時、会場には再び、言葉を失った静寂が訪れた。

 魔領の禁忌さえも、枢は「鍼一本」と「光の屈折」という、あまりにもシンプルな、しかし極限の精密さで打ち破ってみせたのだ。


「……信じられん、……あの水晶の鍼。……光を透過させることで、……鏡の世界の『気』を直接捉えたというのか……」

 魔領の医師の一人が、震える声で、その神業に脱帽するように呟いた。


「……お見事、と言いたいところだが……」

 ウリエルが、ゆっくりと宙を舞い、枢の眼前に音もなく降り立った。

 その瞳には、もはや侮蔑はなく、ある種の「覚悟」が宿っていた。


「……聖鍼師よ。……次が、……本当の地獄だ。……三界の代表が揃った今、……この塔の深淵に眠る、……『世界の心臓ワールド・コア』の緊急治療を開始する。……これはもはや、万博などという遊戯ではない。……世界の崩壊を止める、……神々の手術だ」


 塔全体が、地響きのような不気味な振動を上げ、激しさを増していく。

 本選は、個人の治療という枠組みを遥かに超え、世界の存亡を賭けた「最終手術」へと、一気に加速した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月21日、12:00のお昼の更新をお届けいたしました。


鏡の中の自分に殺されるという、魔領の禁忌「鏡像症」。

物理的な破壊が不可能なこの難病に対し、くるるは水晶の鍼と光の操作を用い、現実と虚構の繋がりを断ち切るという、理屈に基づいた離れ業を演じてみせました。


今回枢が使用した術式**『鏡花水月・断絶』**。

これは、相手の「自己認識」が歪んだ際、その情報の入り口である視覚と気の流れを一時的に切り離し、本来の自分を再認識させるという、高度な精神外科術です。水晶の鍼は、光を屈折させる特性を持ち、鏡像という「実体のない気」を物理的に固定するために選ばれました。


次回、第167話は本日**【15:00】**に更新予定です!


三界共鳴塔の最深部、そこには崩壊の危機に瀕した「世界の心臓ワールド・コア」が脈打っていました。

複数の名医たちが共同で行う、前代未聞の超広域オペレーション。

枢の横に並び、共にメスを――鍼を振るうのは、なんとあの「最高医官ウリエル」!?


3連休、物語は世界の存亡を賭けた、最大規模のクライマックスへ突入します。

引き続き、応援の評価やブックマークをぜひお願いいたします!

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