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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第159話:天秤の裁定、因果を穿つ不屈の鍼

3月20日、10:00の更新をお読みいただきありがとうございます。


透明化された患者たちを救ったくるるらん

しかし、その前に立ちはだかったのは、巨大な秤を背負った天界の使者、調律師・リブラでした。

「命の総量は決まっている」と宣う使者に対し、聖鍼師の掲げる「一人のための救済」は届くのか。


概念を穿つ翡翠の鍼が、世界の天秤を揺らします。

 街道を包む霧が、不自然なほどに透き通っていく。

 だがそれは、視界が晴れたわけではなかった。そこに立つ「調律師」と呼ばれた存在が、周囲の空気、魔力、そして生命の予兆までもを、自身の「はかり」へと強制的に収束させているのだ。


 身長の倍はあろうかという巨大な黄金の秤を背負った、性別不詳の使者。

 その顔には目も鼻もなく、ただ滑らかな白磁の面に、均衡を象徴する紋章だけが刻まれていた。


「……不純ですね、聖鍼師・枢。……そして、呪医・嵐」


 使者の声は、個人の感情を廃した、無機質な鐘の音のように響いた。


「……この世界における命の総量は、あらかじめあるじによって定められています。……一方が救われれば、その分、他方の命の器が削られる。……先ほどあなたが救った者たちの分、……この街道の先で死ぬべき定めのなかった者たちが、……透明な虚無へと堕ちることになりました」


 使者が背負った秤が、ギシリと重々しい音を立てて傾く。

 右の皿には、先ほど枢が救った者たちの象徴である翡翠の光が。そして、左の空虚な皿が、不気味に沈み込んでいく。


「……私の役目は、……その不当なプラスをマイナスで相殺し、……世界を『正しき無』へと戻すこと。……聖鍼師。……あなたの行為は、救済ではなく、世界に対する略奪です」


 くるるは、その言葉を静かに、しかし鋼のような意志を持って受け止めた。

 彼は眼鏡のブリッジを押し上げ、翡翠眼ひすいがんを極限まで見開く。彼の視界には、使者が言う「天秤」の向こう側に、確かに因果の糸が複雑に絡み合い、歪みを生んでいるのが見えていた。


「……略奪、ですか。……その言葉、……そのままお返ししましょう」


 枢は、往診鞄から特製の長鍼を三本取り出した。

 それは、通常の銀鍼よりも遥かに長く、刀身のように鋭い光を放っている。


「……命は、……天秤に載せて量るための『砂』ではありません。……目の前で苦しむ一人の人間を救うことが、……他の誰かを殺すことに繋がるというのなら、……私はその因果のシステムそのものを、……私の鍼で治療してみせます」


「……傲慢ですね。……調律開始」


 使者が秤を地面に突き立てると、空間そのものが「重み」を変えた。

 カザンが膝をつき、槍を杖にしてようやく身体を支える。サロメとリナも、肺を押し潰されるような圧力に顔を歪ませた。

 だが、らんだけは不敵に笑い、漆黒の薬箱から「黒死の呪符」を撒き散らした。


「……フン。……理屈はどうでもいい。……私は私の不快を消すために、……そのデカい秤ごと、お前をバラバラにするだけだ。……聖鍼師! ……正面は任せたぞ! 貴様の『生』の波長で、あの秤の均衡を最大限に乱せ! その隙を私が食い破ってやる!」


「……了解しました、嵐殿!」


 枢が地を蹴った。

 重力そのものが敵に味方する空間で、彼は聖鍼流の特殊歩法**『経穴歩けいけつふ』**を使い、空気の密度の薄い箇所を縫うように疾走する。

 

 シュッ、と鋭い閃光が走る。

 枢の長鍼が、使者の「喉」を狙って突き出された。

 だが、使者は動かない。秤の皿が激しく振動し、枢の放った鍼の威力が、そのまま「重さ」として枢自身の身体へと跳ね返ってきた。 


「……う、ぐっ……!」


 全身の骨が軋むような衝撃。

 だが、枢は止まらない。彼は跳ね返された反動を利用して空中で身を翻すと、今度は使者の足元にある影――**『湧泉ゆうせん』**へと、二本目の鍼を投擲した。


「……因果の逆流を恐れていては、……聖鍼師は務まりません!」


 鍼が影を貫いた瞬間、使者の絶対的な均衡が、僅かに、だが確実に揺らいだ。

 使者が背負う秤の右皿が、カタンと音を立てて浮き上がる。


「……今です! 嵐殿!」


「待っていたぞ……! 呪医奥義・『骸喰むくろぐい』!」


 嵐が放ったのは、何万もの死の念を圧縮した漆黒の霧。

 それは物理的な攻撃ではなく、使者が司る「均衡の理」そのものを汚染し、腐食させるための呪いだった。

 漆黒の霧が黄金の秤にまとわりつき、その輝きをドロリとした錆色へと変えていく。


「……な、……私の均衡が、……崩れていく……!? ……不浄な、……なんという不浄な力だ……!」


「……不浄だろうが何だろうが、……救えればそれが正解なんだよ。……さあ、聖鍼師! 仕上げだ! 貴様の最も得意な『無理難題の押し通し』を見せてみろ!」


 枢は三本目の、最も長く太い金鍼を両手で構えた。

 翡翠眼が捉えているのは、使者の胸の中央にある、理の核――『膻中だんちゅう』。

 

「……聖鍼流・秘術。……『因果調律・千手観音せんじゅかんのん』!」


 枢の腕が、残像を残して千の手に見えるほどの超高速で動き、使者の全身にある、理の接続点へと百八本の鍼を同時に打ち込んだ。

 それは、使者が持つ「命の総量」という概念そのものを、強制的に「無限の可能性」へと書き換えるための、神をも恐れぬ外科手術。


「……あ、……あが、……あぁぁぁぁぁぁッ!!」


 使者の身体が、内側から翡翠の光と黒い霧によって爆発するように弾け飛んだ。

 巨大な黄金の秤は粉々に砕け散り、街道を覆っていた透明な絶望が、一気に霧散していく。


 静寂が戻った街道で、枢は激しく肩で息をしながら、折れた金鍼の破片を見つめた。

 一方の嵐も、薬箱に縋るようにして立っている。


「……はぁ、……はぁ。……理を、……少しだけ、……書き換えられましたかね」


「……フン。……貴様はいつか、……天界そのものを診察し始めそうだな。……先を急ぐぞ。……この騒ぎを聞きつけて、……さらなる『調律』が来る前に」


 枢と嵐。

 二人の「師」は、言葉を交わすことなく、再び馬車へと戻った。

 

 境界都市ゼノスまで、あと僅か。

 世界の因果さえも治療の対象とする聖鍼師の旅は、ここからさらに激しさを増していく。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


3月20日、10:00の更新をお届けいたしました。


「命の総量は決まっている」という天界の冷徹な理に対し、くるるらんが見せたのは、その理そのものを力技でねじ伏せ、書き換えるという、医道の極致でした。

相容れない光と影の共演が、ついに世界の天秤を粉砕したのです。


今回登場した枢の技**『因果調律・千手観音』**。

胸の中央、気の集まる『膻中だんちゅう』を核として、全身のあらゆる経穴を同時に刺激し、身体と世界の繋ぎインターフェースを一時的に初期化する術式です。嵐の呪いによって「理」の強度が落ちた一瞬を突いた、二人の連携の勝利と言えるでしょう。


次回、第160話は本日**【12:00】**に更新予定です!


ついに境界都市ゼノスへと到着した一行。

しかし、そこは既に万博の予選を兼ねた「隔離病棟」と化していました。

世界中の名医たちが匙を投げた、ゼノス特有の「重なり合う病」とは。


引き続き、応援の評価やブックマークをぜひお願いいたします!

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