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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第157話:不本意な共客、境界へと続く轍

本日最後の更新をお読みいただき、誠にありがとうございます。


黄金の招待状を受け取り、世界医術万博への参戦を決意したくるる

旅立ちの準備を進める一行でしたが、そこへ招かれざる「同行者」が姿を現します。


敵か、味方か。

漆黒の呪医・らんが再び枢の前に立った理由とは。

そして、目指すは世界の理が交差する地「境界都市・ゼノス」。


聖鍼師としての新たな旅路、その第一歩が刻まれます。

 黄金の招待状が届けられてから、診療所の空気は一変した。

 普段なら薬草の穏やかな香りに包まれているはずの診察室は、今や遠征のための準備に追われ、慌ただしい熱を帯びている。

 サロメは棚から最高級の絹布や予備の消毒液を次々と魔法の鞄へ詰め込んでいた。その手つきはいつになく厳かで、一枚の布を畳む動作にさえ、これから始まる戦いへの覚悟が滲んでいる。

 リナもまた、旅の安全を祈る聖印を馬車の四隅に刻み込んでいた。彼女の祈りに呼応するように、車輪は微かに銀色の輝きを放ち、悪路を拒絶する神聖な加護を纏っていく。


「……枢さん、予備の銀鍼は二十箱、翡翠の極鍼は三箱。これだけで足りるかしら? 万博ともなれば、どのような特殊な症例が待ち受けているか分かりませんわ。あそこは、もはや医学の形をした『魔窟』ですもの」


 サロメが心配そうに、リストを何度も確認しながらくるるへ問いかける。その瞳は、期待よりも不安で揺れていた。世界医術万博。五百年に一度、世界の理が交差する地で開催されるその祭典は、多くの名医を世に出すと同時に、それ以上の数の「敗れ去った医師」を狂気と絶望へと叩き落としてきた歴史がある。


 枢は、使い古された往診鞄の金具を丁寧に磨きながら、静かに首を振った。


「……ありがとうございます、サロメ。……ですが、……鍼は、……多くあれば良いというものではありません。……たった一本の鍼。……そこに、患者の人生を背負うだけの『確信』を込められるか。……聖鍼師せいしんしに必要なのは、数の力ではなく、ただその一点だけですから」


 その時、診療所の外から、馬たちの激しい嘶きと、空気を切り裂くような冷たい風の音が響いた。

 カザンが瞬時に反応し、槍を手に取って外へと飛び出す。


「……誰だッ! 旅立ちの邪魔をする不届き者は! ここが聖鍼師・枢の診療所だと知っての狼藉か!」


 夕闇の帳が降り始めた門の前に立っていたのは、藍色の着物を夜風に靡かせた、あの男だった。

 呪医・らん

 彼は身の丈ほどもある巨大な木製の薬箱を担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべて枢を凝視していた。その周囲には、彼が放った「護身の呪符」が青白い燐光を放ちながら宙を舞い、近づく羽虫さえも一瞬で塵へと変えている。


「……相変わらず騒々しいな、聖鍼師の仲間は。……招待状が届いたと聞いてな。……絶望の地へ向かう前の、景気づけに拝みに来た」


「……嵐殿。……まさか、……あなたも招待されたのですか?」


 枢が馬車の側まで歩み寄ると、嵐は懐から無造作に一通の封筒を取り出し、それを枢の足元へと放り投げた。

 それは枢の黄金のものとは対極にある、漆黒の紙に銀のインクで「死神の紋章」が刻印された招待状だった。


「……万博の運営側も、……少しは頭が回るらしい。……光の聖鍼師を呼ぶなら、……影の呪医も並べねば祭典の格が落ちると判断したのだろう。……もっとも、……私はお前を世界の前で叩き潰す、最高の診察台だと思っているがな」


 嵐は鼻を鳴らすと、許可も得ずに馬車の後部座席へと乗り込み、どっかと腰を下ろした。

 カザンが目を見開き、槍の先を嵐の喉元へと突きつける。


「……おい! 何を勝手に乗り込んでやがる! 誰がアンタなんかと道中を共にすると言った!」


「……止めておけ、槍使い。……この大陸の道は、……今や東方とは比べものにならぬほど『腐って』いる。……聖都や魔領の刺客どもが、……この聖鍼師を大人しく会場まで通すと思うか? ……道中で奴の眼が潰されては、私の楽しみがなくなる。……それに、……私の『毒』がなければ、……境界に潜む魔を祓うことはできまい」


 嵐の言葉に、枢の翡翠眼ひすいがんが街道の先を捉えた。

 そこには、招待状の輝きに引き寄せられた、底知れぬ「殺意」と「病」の気配が渦巻いている。万博は、すでに開催前から始まっているのだ。……会場に辿り着くこと自体が、最初の選別。


「……嵐殿の言う通りかもしれませんね。……カザン、……槍を収めてください。……道中、……私の背中を預けるには、……これほど信頼できない、……しかし、頼りになる背中もありません」


「……チッ、……先生がそう言うなら仕方ねえ。……だがな、呪医。……少しでも怪しい動きをしてみろ。その時は、その薬箱ごと粉々にしてやるからな」


 カザンが不承不承、御者台へと登る。

 サロメとリナも、互いに顔を見合わせながら、緊張を隠せない様子で馬車の中へと乗り込んでいった。


「……さあ、……出発しましょう。……目指すは、……境界都市『ゼノス』。……世界の理が混ざり合い、……最も病が濃く漂う場所へ。……聖鍼師としての、……本当の往診が始まります」


 馬車がゆっくりと動き出し、住み慣れた診療所の明かりが、夜の森の奥へと遠ざかっていく。

 夜の街道を走るわだちの音だけが、静寂の中に重く響く。

 車内では、枢の翡翠の気と、嵐の黒き呪力が、互いを牽制し、それでいて奇妙な調和を見せながら静かに渦巻いていた。


 それは、最悪の道連れであり、最高の一行。

 聖鍼師・枢の新たな旅路は、暗闇を切り裂く馬車の灯火と共に、加速を始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月19日(木)、本日最後の更新をお届けいたしました。


宿敵であり、唯一無二の理解者となりつつある呪医・らんを加え、ついに万博の開催地へと向けて走り出した一行。

くるると嵐、光と影の術師が並び立つ馬車の中は、一触即発の緊張感に包まれています。しかし、道中に待ち受けるのは、人智を超えた「理の歪み」による病の群れ。


今回登場した**『境界都市ゼノス』**。

ここは三つの世界の力がぶつかり合う地点であり、同時に「存在しないはずの病」が具現化する特異点でもあります。

 

明日、3月20日(金)の朝【08:00】更新では、ゼノスへの道中に待ち受ける「最初の患者」が登場します。

それは、血も肉も持たない、透明な悲鳴を上げる異形の存在でした。

聖鍼師の腕が、再び試されることになります。


引き続き、圧倒的な熱量で物語を紡いでまいります。

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