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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第155話:二人の「師」、魂を繋ぎ止める翡翠の火

3月19日、木曜日12:00の更新をお読みいただきありがとうございます。


地下の「影」を排したものの、患者たちの心には依然として深い闇が巣食っていました。

禁忌の黒鍼を使い、疲弊したくるるの前に現れたのは、去ったはずの呪医・らん


相容れない術理を持つ二人の聖鍼師と呪医。

しかし、失われた「明日への意志」を繋ぎ止めるため、二人は再び、前代未聞の共同施術へと踏み出します。


聖鍼師としての誇り、そして呪医としての執念。

二つの「師」が、死を忘れた患者たちの魂に火を灯します。

 地下倉庫の激闘を終え、くるるはボロボロになった白衣を肩にかけ、這い上がるようにして地上の診察室へと戻った。

 黒鍼の使用による反動は、想像以上に彼の肉体を蝕んでいた。心臓の鼓動は不規則に乱れ、肺の奥からは鉄の匂いが混じった熱い吐息が漏れる。だが、彼を待っていたのは安息ではなかった。


「……枢さん! 無事でしたのね……って、そのお体、一体何が……!」


 サロメが駆け寄り、枢の身体を支えようとする。だが枢は、それを静かに手で制した。

 診察室の寝台に横たわる患者たちの顔色は、地下の「影」を倒したというのに、さらに不気味な青白さを増していた。彼らの瞳は虚空を見つめ、そこには「生きようとする意志」の欠片も残っていない。


「……私の力不足です。……元凶は断ちましたが、……一度奪われた『明日の記憶』は、……そう簡単には戻らない……」


 枢が震える指で翡翠の鍼を手に取ろうとした、その時だった。


「――情けないな、聖鍼師。……自ら黒鍼を使い、因果を歪めておきながら、……患者の一人も救えずに共倒れか」


 開け放たれたままの診療所の門から、漆黒の霧を纏った男が静かに歩み寄ってきた。

 らん。東方より来た、あの呪医だった。

 彼の背中には、見たこともない奇妙な形状の「木製の薬箱」が背負われていた。


「……嵐殿。……なぜ、ここが……」


「……この地の『気』が、一瞬で死の底へ沈んだのが見えた。……貸したままの私の命(毒)が、……こんなところで無駄に消えては、東方の同胞に顔向けができんからな」


 嵐は無造作に診察室の中央へ歩み出ると、背負っていた薬箱を床へと下ろした。

 ドスン、と重厚な音が響く。

 嵐は枢の翡翠眼を射抜くように見つめ、不敵に笑った。


「聖鍼師。……お前の鍼が『生』を繋ぐものなら、……私の呪医術は『未練』を焚べるものだ。……明日を忘れたというなら、……昨日までの執着を、この者たちの魂に直接刻み込んでやればいい」


「……執着、ですか。……それは……劇薬ですよ」


「救済などという甘い言葉で、この深淵は渡れん。……やるぞ。……貴様が『道』を作り、私が『火』を放つ。……一分いちぶでも気が逸れれば、この患者たちの魂は灰になる。……覚悟はいいな、聖鍼師」


 枢は眼鏡を拭き直し、一瞬だけ目を閉じた。

 そして再び目を開いたとき、そこには一人の卓越した聖鍼師としての、冷徹なまでの集中力が宿っていた。


「……ふふ、……最高の処方箋ですね。……やりましょう、呪医・嵐殿」


 二人の「師」が、同時に動いた。

 枢が放ったのは、患者たちの百会ひゃくえから湧泉ゆうせんを一本の光の糸で繋ぐ、聖鍼流極意・『天脈回帰てんみゃくかいき』。

 患者たちの虚無に陥った精神を、強制的に肉体という「檻」へと繋ぎ止めるための、精緻極まる鍼捌き。


 そこへ、嵐が漆黒の呪符を宙に散らした。

 呪符は患者たちの胸元で青い炎を上げて燃え上がり、彼らがこれまでの人生で抱いてきた「怒り」「悲しみ」「愛」「恨み」――すなわち、生きるための原動力となる強烈なエゴを、精神の深奥へと流し込んでいく。


「……っ、……あ、……あぁぁッ!!」


 一人の患者が、苦悶の声を上げて大きく身体を反らせた。

 サロメたちが息を呑む中、枢の鍼がその震えを瞬時に抑え込み、激流のような「未練」の気を、正しい経絡へと導いていく。


「……逃がしませんよ。……あなたの明日は、……今ここにある痛みの先にあるんです!」


 枢の叫びに呼応するように、翡翠の光と青い炎が混ざり合い、診察室全体を眩いばかりの光が包み込んだ。

 それは、聖なる祈りとも、呪わしい儀式とも異なる、二人の「師」による究極の、そして最も泥臭い「蘇生」の光景だった。


 一分、一秒。

 永遠とも思える時間の後、診察室に響いたのは、一人の女性の「泣き声」だった。


「……いたい、……お腹が、すいた……。……私、……帰らなきゃ……。……明日……お母さんの……誕生日、なんだから……」


 虚ろだった瞳に、生々しい涙が溢れる。

 それは、「明日」を思い出した命の証だった。


 次々と患者たちが意識を取り戻し、自分自身の存在を取り戻していく。

 枢は最後の一鍼を抜き取ると、そのまま崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。


「……見事な、……火遊びでしたよ、嵐殿」


「……フン。……貴様の鍼が、……私の火を導かなければ、……今頃この診療所は焼死体で埋まっていた。……やはり、……癪だが……貴様は殺すには惜しい男だ」


 嵐は薬箱を再び背負い、診療所の出口へと向かった。

 だが、その足取りはどこか軽く、去り際に振り返ることもなかったが、その背中からは確かな「共闘への拒絶」と「実力への敬意」が同時に漂っていた。


「……さて、……サロメ、カザン。……起きた患者さんたちに、……温かいスープを。……それと、……私の分も、……お願いします。……流石に、……腹が減りました」


 枢の言葉に、診療所にようやく、いつもの明るい笑い声が戻ってきた。

 聖鍼師・枢。

 彼が守り抜いた「明日」の光は、木曜日の正午の太陽よりも、遥かに力強く輝いていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月19日、木曜日正午の更新をお届けいたしました。

聖鍼師・くるると呪医・らん

本来、対極にあるはずの二人の技術が、患者を救うという唯一の目的のために融合した一話でした。


今回登場した枢の技**『天脈回帰てんみゃくかいき』**。

頭頂の『百会』から足底の『湧泉』まで、身体を縦に貫くラインを整えることで、離散しそうになった魂を肉体という器に強力に繋ぎ止める術式です。嵐が流し込んだ「激しい感情」という毒を、枢がこの天脈を使って「生きるエネルギー」へと変換したことが、今回の完治の鍵となりました。


次回、第156話は本日**【18:00】**に更新予定です!


平穏を取り戻したかに見えた診療所に、一通の「招待状」が届きます。

それは、魔領と聖都、そして天界までもが注目する、世界最高峰の「医術大会」への召喚状でした。

聖鍼師・枢の、真の伝説がここから始まります!


引き続き、応援の評価やブックマークをぜひお願いいたします。

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