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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第154話:禁忌の黒鍼、深淵に響く調律の鼓動

3月19日、木曜日の朝の更新をお読みいただきありがとうございます。


我が家である診療所の地下に潜んでいたのは、聖都で退けた「執行者」を遥かに凌駕する、理の具現者――主天使ドミニオン

侵食される古代樹の根を前に、くるるは師から託された「黒漆の鍼箱」を開きます。


禁忌とされる術式の解放、そして枢の医道が新たな次元へと昇華する瞬間。

診療所の地下で繰り広げられる、静かなる決戦の幕開けです。

 地下倉庫の空気は、もはや肺に吸い込むことすら躊躇われるほどに冷え切り、無機質な「静止」の魔力で凝固していた。

 薄暗いランプの火が青白く揺れる中、くるるの正面には、純白の法衣を纏った少年のような姿の「影」が、重力すら無視して浮遊していた。

 聖都で対峙したセラフが「刃」なら、目の前の存在は「法そのもの」だった。


「……セラフは言っていました。……この地の聖鍼師は、世界の不純物を繋ぎ止める『癌』であると。……あるじは判断されました。……この診療所という巣穴ごと、……あなたの存在を歴史から抹消すべきであると」


 少年の瞳には、敵意も憎しみも、何の色も宿っていない。ただ、書き間違えた文字を消しゴムで消すような、事務的な冷徹さ。

 彼が指先を僅かに動かすと、古代樹の根を締め付けていた黒い蔦が、ザラザラと嫌な音を立てて逆立ち、枢へと襲いかかった。


「……私の診療所で、……私の患者の明日を奪い、……あまつさえ師の残したこの樹を汚す。……問診はもう済んでいます。……あなたに投与すべきは、慈悲ではありません」


 枢は往診鞄の底から、漆黒の輝きを放つ小さな鍼箱を取り出した。

 黒漆に沈金で「蛇」と「杖」が描かれたその箱は、かつて師・ザインが『これは、医者が神に背くための道具だ』と言って枢に託したものだった。


 カチリ、と蓋が開く。

 中に納められていたのは、翡翠の極鍼とは対極にある、光を一切反射しない「黒銀」の長鍼。

 それは、患者を救うためのものではない。患者を蝕む「原因」そのものを、因果ごと縫い止め、消滅させるための――『殺医のせついのはり』。


「……聖鍼流、異端術式。……『虚無の調律ボイド・チューニング』」


 枢が黒鍼を構えた瞬間、地下室の温度がさらに数度下がった。

 襲いかかる黒い蔦を、枢は一切の予備動作なく、最小限の動きで回避する。その動きは、先ほどまでの「人間らしい」それとは異なり、まるで精密機械のように冷酷で無駄がない。


「……無意味です。……物質界の鍼で、ロゴスを貫くことはできない」


 少年が右手を翳し、空間そのものを結晶化させようとする。

 だが、枢の黒鍼が空間を裂き、少年の喉元を正確に貫いた。


「――!? ……なぜ、……届く……!?」


「……あなたは『法』だと言いましたね。……ならば、その法を書いている『インク』を、別の色で上書きすればいい。……この黒鍼は、……あなたの存在定義を、一時的に『ただの肉体』へと固定します」


 枢の翡翠眼が、どす黒い輝きを帯びていた。

 黒鍼が刺さった箇所から、少年の真っ白な法衣が、墨を零したように黒く染まっていく。

 それは、高次存在である彼の「不滅性」を剥ぎ取り、強引にこの世界の死のルールへと引き摺り下ろすという、神への冒涜に等しい技だった。


「……ガ、……アァァッ!!」


 感情を持たぬはずの「影」が、初めて苦悶の声を上げた。

 古代樹の根を侵食していた蔦が、主人の動揺に呼応するように激しくのたうち回り、地下倉庫の壁や床を粉砕していく。


「……カザン、サロメ! 地上の患者を守ってください! ここからは……少し、……荒療治になります!」


 枢は自身の左胸、心臓の直上のツボ――**『紫宮しきゅう』**に、自ら黒鍼を突き立てた。

 爆発的な魔力が枢の身体を駆け巡り、彼の周囲に翡翠と黒の螺旋が巻き起こる。


「……命を削って、……私を滅ぼすというのですか! ……聖鍼師! ……あなたが守ろうとしているものは、……ただの淀んだ塵に過ぎないというのに!」


「……ええ。……その塵が、……笑ったり泣いたりしながら、……明日を夢見る。……その輝きが分からないあなたに、……この診療所の敷居は高すぎます」


 枢の指先が、流星のような速さで動き、少年の全身の秘孔へと黒鍼を打ち込んでいく。

 一刺しごとに、少年の存在が薄れ、この世界から「消去」されていく。


 最後に枢が放った一撃は、少年の眉間。

 かつて教皇を救ったときと同じ、だが込められた意図は真逆の、『印堂いんどう』。


「……消えなさい。……『無』という名の、安らぎの中へ」


 ドォォォォォンッ!!


 地下倉庫が激しい光に包まれ、次の瞬間、爆風と共に「影」は完全に霧散した。

 壁に這っていた黒い蔦は、主を失ったことで枯れ落ち、灰となって消えていく。


 静寂が戻った地下室で、枢は膝をつき、激しく咳き込んだ。

 左胸に刺さった黒鍼を抜くと、そこからは真っ黒な血が数滴、床に滴り落ちる。


「……はぁ、……はぁ……。……全く、……師匠の言う通りだ。……これは、……鍼師の仕事じゃ……ありませんね……」


 枢は震える手で眼鏡を拭き直し、ゆっくりと立ち上がった。

 古代樹の根が、本来の翡翠色の光を徐々に取り戻し始めている。

 だが、枢は気づいていた。

 今倒したのは、単なる先兵に過ぎないことを。

 そして、この黒鍼を使ったことで、自分自身もまた、世界の理という巨大な「免疫システム」から、排除すべき異物として完全にロックオンされたことを。


「……さあ、……地上の皆さんの、……本当の治療を……始めましょうか」


 枢はボロボロになった身体を叱咤し、患者たちが待つ地上へと、一歩ずつ階段を登り始めた。

 窓の外からは、木曜日の新しい朝日が差し込み始めていたが、その光は、これから始まる壮絶な「医道」の相克を予感させるように、どこか鋭く、冷たかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月19日、木曜日の朝の更新をお届けいたしました。

診療所の地下で繰り広げられた、禁忌の術式。

これまでの「救済」としての医療ではなく、不純物を「排除」するための黒き鍼。くるるが自らの命を削ってまで守り抜いた診療所に、再び朝日が昇りました。


今回枢が自らに打った**『紫宮しきゅう』**。

胸骨の上にあるこのツボは、文字通り「紫の宮」を意味し、古代中国では天帝の居所(北極星)を指します。東洋医学的には気管支や肺を整える場所ですが、本作の枢はここに黒鍼を打つことで、自身の生命維持を強制的に停止させ、その全エネルギーを術式へと転換する「捨て身のブースト」として使用しました。


次回、第155話は本日**【12:00】**に更新予定です!


地下での脅威を排除したものの、患者たちの「明日の記憶」はまだ戻っていません。

そんな中、診療所の門を叩く「もう一人の呪医」。

らんが再び現れたその手には、奇妙な「薬箱」が握られていました。


第2章:東方呪医編、さらなる高みへと加速します!

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