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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第152話:東方の絶望、蝕まれる世界の境界線

お読みいただきありがとうございます。


3月18日、水曜日の夕方の更新をお届けします。


命懸けの合同施術により摘出された寄生魔獣。

しかし、その死骸を検分するらんの瞳には、勝利の喜びではなく、底知れぬ恐怖が宿っていました。


東方の地を焼き尽くし、あらゆる生命を「無」へと還す未知の病。

呪医がその身に毒を纏ってまで追い続けた「絶望」の正体が、今、くるるの前に明かされます。


宿命の二人が見据える、世界の「真の病根」とは。

 湿った森の空気に、焼けた肉の匂いと、どす黒い魔力の残滓が重く停滞していた。

 先ほどまで死の淵を彷徨っていた魔族の戦士は、サロメが施した止血の魔法と、リナが捧げた慈愛の光によって、ようやく深い眠りへと落ちている。その寝顔は、数分前の凄惨な苦悶が嘘のように穏やかだったが、彼を苛んでいた「寄生体」の傷跡は、今もなお生々しくその肌に刻まれていた。


 その傍らで、くるるらんは、まだ完全には中和しきれない毒素の影響で、膝をついたまま荒い呼吸を繰り返していた。

 枢は震える手で眼鏡を掛け直し、地面に転がっている「寄生魔獣の核」を翡翠眼ひすいがんで凝視した。それはすでに活動を停止しているはずなのに、どろりと溶け崩れた表面から、時折、脈打つような不気味な光を放っている。その光は、この世界のどの色とも一致しない、不快な波長を持っていた。


「……信じられません。……この個体、ただの魔獣ではありませんね。……細胞の構成が、この大陸の生態系エコシステムとは根本的に異なっている。まるで……最初から、生命を『捕食』するためだけに設計された、人工的なことわりの塊のようだ」


「……気づいたか。……その眼、伊達ではないようだな」


 嵐が吐き捨てるように言い、自身の銀の籠手こてを乱暴に外した。

 彼の腕は、先ほど枢の毒を肩代わりした影響で、肘のあたりまでどす黒い変色を起こし、血管が青紫に浮き上がっていた。嵐は平然とした顔で懐から新たな漆黒の呪符を取り出すと、それを自らの患部に直接貼り付けた。

 ジ、という肉の焼ける嫌な音と、黒い煙が立ち昇る。嵐は眉一つ動かさず、自身の肉体ごと「死毒」を焼き切り始めた。それは治療というよりは、文字通りの拷問に近い光景だった。


「……おいおい、アンタ。……そんな無茶苦茶な真似、自分の身体をなんだと思ってやがるんだ」

 カザンが呆れたように、しかしどこか畏怖を込めた視線で嵐を見つめた。槍を握る彼の掌にも、嫌な汗が滲んでいる。


「……呪医にとって、肉体はただの器に過ぎん。……中身(魂)さえ無事なら、皮の一枚や二枚、いくらでも焼き直せる。……それよりも、聖鍼師。……貴様が見た通りだ。……そいつは単なる魔獣などではない。……東方の地を、今この瞬間も地図から消し去ろうとしている『死の概念』の端切れだ」


 嵐の言葉に、その場の空気が一気に凍りついた。

 彼は立ち上がり、赤く染まった西の空を見つめた。そこには、聖都や魔領を越えた遥か先、荒れ狂う海を隔てた場所にあるはずの「東方の地」がある。


「……私の故郷は、三ヶ月前に沈黙した。……大規模な戦争があったわけではない。……ただ、ある日突然、全ての命が、あの魔獣のように『内側から書き換えられ』始めたのだ。……草木は黒い結晶となり、獣は寄生体に脳を喰われ、人間は……自我を失い、ただの動く肉の塊へと成り果てた。……私の呪術をもってしても、救えたのは指で数えるほどの者だけだ」


 嵐の語る光景は、あまりに凄惨で、あまりに絶望的だった。

 枢の脳裏に、先日聖都で対峙した「結晶化」の光景が過る。だが、嵐が語る東方の異変は、聖都のそれよりも遥かに原初的で、貪欲なまでの「食欲」を伴っていた。聖都が「静止」なら、東方は「侵食」だ。


「……嵐殿。……あなたがこの大陸に来たのは、……その病の『源流』を追ってのことですか?」


「そうだ。……東方を滅ぼしたこの『死』の波動は、ある一つの方向から流れてきていた。……それが、この西の大陸だ。……特に、古の神々のことわりが最も色濃く残るこの場所にな。……だが、来てみればどうだ。……世界を救ったなどと抜かす聖鍼師が、呑気に馬車に揺られて旅をしている。……ヘドが出るな」


 嵐の瞳に、激しい怒りと、それ以上に深い哀しみが宿った。

 彼は、枢が想像していたような、単なる「腕試し」のために現れたライバルではなかった。彼は、滅びゆく世界の境界線で、たった一人で「絶望」の正体を暴こうと足掻き続けてきた、孤独な開拓者だったのだ。その身に纏う猛毒は、彼が救えなかった何万人もの同胞の無念そのものなのかもしれない。


「……なるほど。……道理で、あなたの気の流れがこれほどまでに荒んでいるわけです。……嵐殿、……あなたは、……東方の膨大な死を、……その身一つで引き受けて、ここまで運んできたのですね。……その毒は、あなたの『記憶』そのものだ」


 枢は、嵐の前に歩み寄り、静かに自分の往診鞄を手に取った。


「……嵐殿。……勝負は、一旦預けにしましょう。……あなたが追っているその『死の概念』。……私の翡翠眼も、……それがこの大陸の各地で、……静かに、しかし確実に根を広げているのを捉えています。……聖都の結晶化も、魔王の異変も、……おそらくはその巨大な病巣の『転移』に過ぎない」


「……何……? 聖都でも、これと同じ現象が起きたというのか」


「……質は違いますが、根源は同じです。……何者かが、世界のバランスを意図的に崩し、……生命を『別の何か』へ作り変えようとしている。……それが天界の意思なのか、あるいはもっと外側の存在なのかは分かりませんが……」


 枢と嵐。

 翠の鍼を持つ者と、黒の呪符を持つ者。

 二人の天才が、初めて「共通の敵」を明確に認識した瞬間だった。


「……フン、勘違いするなよ、聖鍼師。……貴様と手を取り合うつもりなど毛頭ない。……だが、……一人で勝手に死なれるのは、私の医道に傷がつく。……奴の病巣を暴き、その首を刈るまで、……せいぜい私の後ろで、その眼を磨いておくがいい」


 嵐はそう言い残すと、夕闇の中へと溶け込むように消えていった。

 だが、その去り際に彼が残した「気」は、先ほどのような鋭利な殺気ではなく、どこか枢の力を認め、背中を預けるに足る存在として刻印したような、不器用な「信頼」の断片だった。


「……枢さん、……あの方は……」

 サロメが不安げに、しかしどこか圧倒された様子で声をかける。


「……大丈夫ですよ、サロメ。……彼は、……誰よりも強く、誰よりも必死に命を愛している『医者』です。……表現の仕方が、少しばかり……いえ、かなり破壊的なだけですよ」


 枢は眼鏡を直し、再び馬車へと戻った。

 第2章。

 平和を取り戻したはずの世界は、今、本当の意味での「終焉」との戦いへと突入した。

 聖鍼師と呪医。

 二つの医道が重なり合い、火花を散らすとき。世界の病は、その真実の姿を現すことになるだろう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


3月18日、水曜日の夕方の更新分をお届けいたしました。


ライバル・らんが語った、東方の衝撃的な真実。

彼の過激な治療法や言動の裏には、故郷を救えなかったという呪医としての深い絶望と、二度と同じ悲劇を繰り返したくないという強い決意が隠されていました。


今回登場した嵐の治療法**『自らを焼き切る呪術』**。

これは東洋医学における「激しい瀉法しゃほう」の究極系とも言えます。あえて自身のエネルギーを激しく消耗させることで、体内の不純物を一気に体外へ排出させるという、まさに命を削る治療です。くるるが「補(補う)」の達人なら、嵐は「瀉(除く)」の達人。二人の対比がより鮮明になった回でした。


次回、第153話は本日**【21:00】**に更新予定です!


診療所へと帰還した一行。

しかし、そこには嵐が予言した「死の概念」に侵された、新たな患者が運び込まれていました。

聖鍼師の真の戦いが、ここから始まります!


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