第15話:訪れた『病める獣』と、深淵の指圧
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聖鍼師としての名声が広まり、ついに「魔族の伝説」までもが患者として現れます。
呪いという名の重度のコリを、枢はどう解きほぐすのか。
異世界の医療(?)が、新たな境地に達します!
魔王軍の一万の軍勢を「寝かしつけ」、敵将ギルガの心をも「癒やした」枢の噂は、もはや人間社会の枠を超え、魔族の版図にまで深く浸透していた。
王宮内に設けられた「連城治療院」は、今や昼夜を問わず、誰にも言えない不調を抱えた者たちが集う「聖域」と化していた。
「枢様、次の患者様ですが……その、少し様子が……」
案内役のセレスティアラ王女の声が、珍しく怯えている。
枢が顔を上げると、そこには、全身を使い古されたボロ布で覆った、異様に背の高い「影」が立っていた。
「……お入りなさい。ここでは、身分も種族も関係ありません。あるのは、患者と施術者という関係だけです」
枢の静かな言葉に促され、その影がゆっくりと診察用の椅子に腰を下ろした。
ボロ布の隙間から見えたのは、漆黒の毛並みと、金色に光る鋭い眼光。
魔族の中でも、特に獰猛で知られる『銀狼族』の生き残り、バルガだった。かつては数々の戦場を血で染めたと言われる伝説の傭兵だ。
「……私の体、治せると言うか。人族の若造が」
バルガの声は、地響きのように重く、殺気に満ちていた。
だが、枢は眉一つ動かさず、バルガの横に立つ。
「殺気で人を威圧するのは、自分の弱さを隠すための防衛反応に過ぎません。……左肩が、不自然に下がっていますね。それに、呼吸が浅い。肺の経絡が、深い呪いのような魔力に侵食されている」
「……! 貴様、触れもせずに……」
「【翡翠眼】を舐めないでください。あなたの体の中を流れる気が、まるで腐った泥のように淀んでいるのが見えます。……服を脱ぎなさい。鍼だけでは足りない。今日は『吸い玉』と『深層指圧』も併用します」
枢は慣れた手つきで、ガラス製の器具をアルコールランプの火で温める。
バルガが服を脱ぐと、その背中には無数の刀傷と、禍々しい紫色の紋様が浮かび上がっていた。かつての戦いで受けた、強力な「魔毒」の痕だ。
「……あきらめろ。これは魔王に仇なした者が受ける呪いだ。治るはずが――」
「『呪い』とは、要するに異常な波長を持つ外部魔力が、神経系に癒着している状態です。癒着を引き剥がし、血流と共に体外へ排出すればいいだけの話。……少し、響きますよ」
枢が、バルガの背中に吸い玉を吸着させ、同時に脊柱の両脇にある『肺兪』に深く銀鍼を沈めた。
「――ぐっ、ぁあああ!?」
バルガが咆哮を上げる。全身の血管が浮き上がり、背中からドス黒い魔力が煙となって噴き出していく。
「暴れないで。今、あなたの深層筋にこびりついた『絶望』という名のコリを剥がしています。……ここだ!」
枢の親指が、バルガの肩甲骨の裏側に潜り込むようにして、一点を鋭く突いた。
『膏肓』――かつて中国の古事において「病がここに至れば治らぬ」と言われた、難病のツボだ。
刹那、バルガの視界が真っ白に染まった。
激痛の後、濁流のような熱い「気」が全身を駆け巡る。冷え切っていた手足が熱を持ち、数十年ぶりに「呼吸」が肺の奥深くまで届いた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……。なんだ、これは……。空気が、美味い……」
「長年の呪毒によって、呼吸筋が硬直していただけです。……今日打ったのは『解毒』の鍼。三日間は、水を多めに飲んで、ゆっくり寝てください。毒が尿と共に排出されますから」
枢は平然と手を洗い、次の鍼の消毒を始める。
伝説の傭兵バルガは、震える手で自分の胸に触れ、確かめるように何度も呼吸を繰り返した。そして、無言のまま枢に向かって膝をつき、深々と頭を下げた。
「……報酬は、我が命でいいか」
「命なんていりません。……そうですね、次回来る時に、城下町の美味しい茶葉でも持ってきてください。王女様がうるさいのでね」
窓の外では、王女が呆れたように、そして嬉しそうに笑っていた。
聖鍼師の診察室。そこは、呪われた英雄ですら、ただの「体調の悪いおじさん」に戻ってしまう場所なのだ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
『膏肓』のツボは、現実でも「ここが凝ったらおしまいだ」と言われるほど深くて重要な場所です。
バルガのような頑固なコリも、枢の指先にかかればイチコロですね。
「吸い玉の描写がリアル!」
「バルガのデレも見たい!」
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次回、第16話は明日17日(火)の更新予定!
王都に激震……? ついに「あの男」が枢を訪ねてやってくる!




