第149話:聖都の崩壊、翡翠眼が見据える「明日」の脈動
本日、火曜日最後の更新をお読みいただきありがとうございます。
白き執行者セラフを沈黙させ、教皇の眼前へと迫った枢。
しかし、崩れゆく秩序の奥底から現れたのは、聖都そのものを「苗床」として顕現しようとする、異界の神の意思でした。
過去に囚われた教皇、未来を拒む執行者。
二つの迷える魂に対し、聖鍼師・枢の放つ「救済」の鍼が閃きます。
火曜日を締めくくる最高潮のクライマックス。
聖鍼師の真髄、とくとご覧ください!
大聖堂を支配していた白銀の静寂が、枢の一撃によって轟音と共に崩れ去っていく。
胸を貫かれたセラフの身体からは、制御を失った「純粋秩序」の光が奔流となって溢れ出し、周囲の壁や床を激しく結晶化させては、内側から爆発させていた。
「……あり、……えない。……私は、……完璧な法典の……執行者……。……なぜ、……このような、……淀んだ力に……」
セラフが膝をつき、硝子の瞳に初めて「絶望」の色を宿す。
枢は、自身の左腕に刺さった鍼を抜き、溢れる血を無造作に拭うと、静かにセラフの前に立った。
「……完璧なものなど、この世界には必要ないのですよ。……セラフ。……鍼が届いたということは、あなたの中にも、……わずかばかりの『命の揺らぎ』があったということです。……それを認めなさい」
枢の言葉は、冷酷な宣告ではなく、慈悲深い診断だった。
だが、玉座に座る教皇ベネディクトは、その光景を見て狂ったように笑い声を上げた。
「……素晴らしい! ……そうだ、枢よ! その混沌だ! ……破壊こそが、……新たなる秩序への産みの苦しみ! ……見よ、聖都の全ての民の魂が今、……私を通じて一つの『神の石』へと収束していく!」
教皇の身体が、凄まじい光と共に膨張を始める。
聖都全体で結晶化していた人々の「生命エネルギー」が、目に見える光の糸となって大聖堂に集まり、教皇の心臓部へと注ぎ込まれていく。彼は自らを触媒として、この世界に「絶対的な静止の神」を降臨させようとしていたのだ。
「……っ、枢さん! このままでは、聖都の数万人の命が、教皇ごと消滅してしまいますわ!」
サロメが必死に結界を張り、押し寄せる光の圧力に耐える。
カザンもまた、槍を地面に突き刺して踏ん張るが、空間そのものが結晶化していく現象に、その剛力すらも通用しなくなっていた。
「……枢。……あいつを、……あのクソ爺を止めろ。……俺たちの『故郷』を、あんな真っ白な墓場にさせんじゃねえぞ!」
カザンの叫び。リナの祈り。そして、かつて自分を追い出したこの街への、言葉にできない愛着。
枢は、往診鞄の奥、隠しポケットに仕舞われていた一対の「黒白の対鍼」を手に取った。
かつて師・ザインが、枢がこの聖都を去る日に手渡した、未完成の術式を封じ込めた鍼――『双極・因果断』。
「……教皇陛下。……あなたは、私を異端と呼びましたね。……ならば、その異端の術理で、……あなたの妄執を完治させてあげましょう」
枢が、光の渦の中へと飛び込んだ。
凄まじい反発力が枢の皮膚を焼き、白衣をズタズタに裂く。だが、翡翠眼は、教皇の肥大化した魔力回路の奥底にある、たった一点の「迷いのツボ」を射抜いていた。
それは、教皇がかつて若き日の枢に、医道の基礎を説いた時に流れていた、純粋な「慈愛の気」の残滓。
「……そこだッ!!」
枢の手の中で、黒と白の鍼が交差し、巨大な太極図を形成する。
一刺し目は教皇の額、『印堂』。
二刺し目は、心臓の裏側にある**『霊台』**。
「聖鍼流、極意・開門術式――『因果消失・翡翠の夜明け』!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
大聖堂を真っ白に染め上げていた光が、一瞬にして反転し、深い深い翡翠色の波動となって聖都全域へと広がっていった。
教皇の体内に無理やり集められていた生命エネルギーは、枢の放った「門」を通じて、それぞれの持ち主の元へと、正しい速度で逆流し始める。
……パリン、……パリン、パリン。
街中の至る所で、結晶化していた人々が砕け、その中から温かい人間の身体が、次々と顔を出していく。
教皇ベネディクトの身体からも、醜い水晶の棘が消え、そこにはただの、老いさらばえた一人の老人の姿が残された。
「……あ、……あぁ……。……私は、……何を……」
教皇が玉座から崩れ落ちる。
枢は、その老人の身体を静かに受け止め、床へと横たえさせた。
「……往診代は、……あなたの余生で払っていただきます。……二度と神の名を借りて、命を弄ばないこと。……それが、処方箋です」
枢の言葉に、教皇は涙を流しながら、何度も何度も頷いた。
その傍らでは、力を使い果たしたセラフが、自身の身体に宿った「温かさ」に戸惑いながら、静かに目を閉じていた。彼はもう、冷徹な執行者ではない。ただの、新しい世界を歩む一人の少年へと戻っていた。
大聖堂のステンドグラスから、本当の夕焼けが差し込んでくる。
それは、宝石の輝きよりも遥かに不規則で、泥臭く、そして……言葉にできないほど美しい「命の光」だった。
「……ふぅ、……ようやく、……終わりましたね」
枢は、ボロボロになった白衣を脱ぎ捨て、夕陽に向かって眼鏡を拭き直した。
聖都。
自分を捨てた場所。
だが、今日この時、この街は本当の意味で、聖鍼師・枢の「最初の患者」として完治したのだ。
「……枢さん! お疲れ様ですわ!」
駆け寄るサロメの笑顔。カザンの豪快な叩打。リナの優しい眼差し。
聖鍼師の旅路は、まだ終わらない。
だが、この日の夕陽の味を、枢は一生忘れることはないだろう。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
聖都編、完結です!
かつての恩師であり、仇敵でもあった教皇を、枢さんは「一人の患者」として扱い、その歪んだ妄執を完治させました。
復讐ではなく、医道をもって過去を乗り越えた枢さんの姿。これが、聖鍼師という生き様の完成形の一つと言えるかもしれません。
今回登場した**『印堂』と『霊台』**。
眉間にある『印堂』は精神を鎮め、妄想を払う要所。そして背中にある『霊台』は、その名の通り「魂の台座」を意味し、心の汚れを清めるとされています。枢さんはこの二つを繋ぐことで、教皇の荒んだ魂を本来の場所へと戻しました。
火曜日の全4回更新、これにて終了です!
次回、第150話は明日**水曜日(3/18)、朝【08:00】**に更新予定です。
聖都を後にし、一行は再び自分たちの診療所へと戻ります。
しかし、そこには天界・魔領・聖都を救った「伝説の聖鍼師」を求める、さらなる規格外の依頼人が待っていて……!?
物語はついに、大台の150話へ!
引き続き、応援をよろしくお願いいたします!




