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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第138話:魔領への路、聖鍼が穿つ境界線

お読みいただきありがとうございます。


地上に帰還した聖鍼師・くるるの元に届けられた、魔王からの不穏な招待状。

天界の変革によって、魔領では魔族たちの魔力が暴走し、凄惨な流行病が蔓延しているといいます。


人類にとっての禁地へと足を踏み入れる決断。

「敵」を救うことへの葛藤と、それを超える聖鍼師の矜持。

日曜日の更新祭り、いよいよ折り返しの12時更新です!

 差し出された漆黒の招待状から放たれるのは、禍々しくもどこか哀切な魔力の律動だった。

 カザンは槍を握り直し、使者の男を鋭い眼光で射抜く。サロメもまた、即座に攻撃魔法の予備動作に入り、診療所の空気は一瞬にして一触即発の緊張感に包まれた。


「……魔王からの招待だと? 冗談じゃねえ。俺たちの首を並べてコレクションにでもするつもりか? それとも、天界を救った俺たちの力が、今度は自分たちに向けられるのが怖くなったのかよ」

 カザンの低い声が、静まり返った診療所に響く。だが、黒装束の使者は微動だにせず、ただくるるの答えを待つように頭を下げたままだ。その指先が、微かに震えているのを枢は見逃さなかった。


「……違います。我が主が求めているのは、破壊ではなく救済……。今、魔領では『黒死の呪脈じゅみゃく』と呼ばれる異変が起き、力ある魔族から順に、自らの魔力に焼かれて命を落としております。天界が救われたと聞いた時、主は……最後の希望として、あなた様の名を叫ばれたのです」


「……魔力の暴走。天界の法典が修正されたことによる、反動ですわね……」

 サロメが眉を寄せ、枢の顔を伺う。

 魔族はもともと、歪んだ世界の魔力に適合して進化した種。法典が「正常」に戻った今の世界は、彼らにとってはあまりに清浄すぎ、高濃度の魔力を持つ者ほど、体内の「負の気」を排出できずに自壊を始めているのだ。それは、深海魚を急激に浅瀬へ引き揚げた時に起きる、内圧の崩壊にも似ていた。


 枢は、無造作に招待状を開き、その文面を一瞥した。

 翡翠眼ひすいがんが、書状の端々に染み込んだ「焦燥」と「絶望」、そして何より、王として民を救えぬ無念の気を読み取る。


「……いいでしょう。往診を引き受けます。準備を整え次第、出発します」


「……っ、枢さん!? 本気ですの? 相手は人類を長年苦しめてきた魔王軍ですわよ! もし罠だったら、私たちだけでなく、この診療所の人たちまで……!」


「……サロメ。私は、聖鍼師です。そこに『淀み』があり、苦しんでいる者がいる。それが人間か魔族か、あるいは神かなどということは、私の鍼を打つ理由にはなりません。……それに、王がこれほどまでに頭を下げて助けを求めている。その『声』が聞こえているのに、耳を塞ぐのは、聖鍼師の矜持に反します」


 枢の声に、迷いは一切なかった。

 彼はすでに、次の往診に必要な特殊な鍼――高濃度の魔気を中和するための「金チタン鍼」や、魔族の硬い外皮を貫くための「強化銀鍼」の選定を、淡々とした手つきで始めていた。


 翌朝。

 一行は黒装束の使者に導かれ、人類の居住区を隔てる「嘆きの断崖」を越えた。

 そこから先に広がるのは、枯れた大地と、紫色の雲が重く垂れ込める魔領の風景。だが、かつてのような禍々しい魔力の威圧感はなく、代わりに立ち込めているのは、重苦しい死の匂いと、行き場を失った魔力が大気を震わせる不協和音だった。


 魔領の村をいくつか通り抜けるたび、枢の表情は険しさを増していった。

 道端に倒れ伏す魔族たちは、全身の血管が黒く浮き上がり、苦悶の表情を浮かべて動かなくなっている。彼らの周囲では、暴走した魔力が物理的な稲妻となってパチパチと空間を弾いており、その光景はまさに地獄絵図だった。


「……あ、……あぁ……。助けて……お母さんが、動かないの……」

 小さな魔族の子供が、枢の足元に縋り付いてきた。その子供の腕にも、魔力が石化して生じた黒い結晶が、皮膚を突き破って生え始めていた。


「……枢さん、この子は……! もう魔力が、外に突き抜けて……!」


「……『陽極ようきょく』の暴走。体内の魔力回路が、過剰なエネルギーで内側から焼き切られようとしています。……下がっていてください、リナ様。これ以上魔力に触れるのは危険です」


 枢は即座に膝をつき、子供の背中にある**『大椎だいつい』、そして首の横の『天窓てんそう』**に、電光石火の速さで鍼を打ち込んだ。


「聖鍼流、鎮静術式――『玄武げんぶ魔門まもんの閉塞』!」


 キィィィィンッ!

 空気が鳴動し、子供の身体から噴き出していた黒い魔力が、鍼を基点として強制的に抑え込まれていく。

 石化していた皮膚の黒ずみが徐々に薄れ、荒かった呼吸が静かな寝息へと変わった。枢の額からは、一瞬の集中によって大粒の汗が流れ落ちる。


「……今の処置は、あくまで緊急の排圧に過ぎません。ですが、これで三日は保つでしょう。……カザン、サロメ。村の他の者たちにも、気道を確保する鍼を打っていきます。手を貸してください」


「……了解だ! 全く、お人好しにも程があるぜ。だが、この餓鬼を放っておくのは、俺の槍も納得しねえからな!」


「……もう、仕方ありませんわね! サロメ様の魔導、存分に治療の補助に使ってあげますわ!」


 数時間に及ぶ村での処置。枢の指先は、止まることなく何十、何百という鍼を打ち続け、死の淵にあった魔族たちを繋ぎ止めていった。

 作業を終え、枢が再び立ち上がり、遠くに見える魔王城の尖塔を見据えた時、その翡翠眼には、城全体を包み込む、これまで見たこともないほど巨大な「魔力の渦」が映っていた。それは魔王という強大すぎる個体が、世界の変革に耐えきれず、自らを中心にして魔領全体の気を吸い込み、巨大な『腫瘍』と化している姿だった。


「……さあ、行きましょう。魔王という名の、巨大な患者が待っています。この淀みを解かない限り、魔領の悲鳴は止まりません」


 聖鍼師一行は、暗雲渦巻く魔王城の門を叩く。

 種族を超えた救済の旅は、いよいよ禁断の深淵、魔王の玉座へと足を踏み入れた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


魔領へと足を踏み入れ、凄惨な流行病を目の当たりにしたくるるさん。

人類にとっての敵である魔族を救うという、困難な決断。しかし、聖鍼師としての彼の使命は、種族の壁すらも容易に越えてしまいます。


今回登場した**『大椎だいつい』**。

首の付け根にあるこの大きなツボは、全身の「陽の気」を整え、発熱や気の暴走を鎮めるために非常に重要な場所です。枢さんはここに鍼を打つことで、魔族の子供の身体を焼き切ろうとしていた過剰なエネルギーを一時的にシャットダウンしました。


次回、第139話は本日**【15:00】**に更新予定です。


ついに魔王と対峙する枢。

しかし、魔王城の玉座で待ち受けていたのは、かつての威厳を失い、異形の怪物へと変貌しかけている魔王の姿でした。


日曜日の更新祭り、後半戦もさらに熱く、圧倒的な密度で展開します!

面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークでの応援をぜひお願いします。

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