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『異世界で「ツボ」を突いたら神と呼ばれた件 〜指一本で魔王も聖女も救い出す、世界唯一の最強聖鍼術〜  作者: 鍼灸師いのぴー
【第二章:鋼鉄の帝国と腐敗の科学】

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第133話:虚無を刻む執行者、翡翠の眼が捉える異変

お読みいただきありがとうございます。


執行官ガブリエルすらも沈めたくるるの鍼。

しかし、天界の深淵は沈黙を許しません。雲の合間から降りてきたのは、意志を持たぬ「天の異形」。


生身の身体を持たない敵に対し、聖鍼師はどう立ち向かうのか。

怒涛の全6回更新、後半戦の幕開けとなる15時更新です。

 膝を突き、自身の魔力が逆流する苦しみに悶絶するガブリエルの背後で、天界の雲海が不気味に渦を巻き始めた。

 黄金色に輝いていたはずの空は、瞬く間にどす黒い鉛色へと変色し、空中回廊を包む空気は、肌を刺すような凍てつく冷気へと塗り替えられていく。


「……ガブリエル……様……」

 アズラエルが、掠れた声で空を見上げた。その瞳には、かつての同胞に対する同情ではなく、これから訪れる「何か」に対する、本能的な恐怖が宿っていた。


 雲を割り、ゆっくりと降臨してきたのは、人の形を捨てた「異形」だった。

 それは、巨大な白磁の円盤に、無数の節足のような腕が生えた、肉体を持たぬ神域の守護者――『法典の番人レキシコン』。意志も、感情も、痛みすらも持たない。ただ天界のシステムを乱す異物を排除するためだけに自動生成された、純粋な殺戮機構だ。


「……おいおい、今度は何だありゃあ……。……神様ってのは、趣味が悪すぎるぜ」

 カザンが槍を握り直し、毒づく。だが、その足は微かに震えていた。

 番人が放つ圧力は、先ほどのガブリエルとは異質の、命の温もりを一切感じさせない「無」そのものだったからだ。


「……枢さん、気をつけて。……あの怪物、……魔力の流れが読み取れませんわ。……まるで、存在そのものが空洞のようですの」

 サロメが声を震わせる。彼女の探知魔法が、番人の内部に一切の「気」を感知できずにいた。


 だが、枢の翡翠眼ひすいがんだけは、別のものを捉えていた。


「……いいえ、サロメ。……空洞ではありませんよ。……あれは、あまりに高密度な魔力が一点に収束しすぎて、周囲から独立した『閉じた回路』になっているだけです。……いうなれば、重度の便秘のようなものですね」


「……べ、便秘……? ……この状況で、……そんなことを仰るの?」


 枢は、バッグから一際長い金鍼を取り出した。

 番人が動き出す。その無数の腕が、空間を切り裂きながら枢へと迫る。

 回避不能の多角的な同時攻撃。だが、枢は一歩も動かず、番人の「円盤の中心」をじっと見据えていた。


「……生物ではないから、ツボがない? ……そんなことはありません。……この世に形を成して存在する以上、必ずエネルギーの『結節点』は存在する。……それがどれほど異質でも、命の理から逃れることはできない」


 番人の腕が、枢の喉元に届こうとしたその刹那。

 枢の指先が、目にも止まらぬ速さで突き出された。


 カキィィィィィィンッ!!

 硬質の金属音が回廊に響き渡る。

 枢の金鍼は、番人の中心部にある、微かに振動する「核」の、さらにその外縁にある一点を穿っていた。


「聖鍼流、深域術式――『気戸きこ・真空の穿孔せんこう』!」


 瞬間、番人の動きが完全に停止した。

 無数の腕が、枢の肌を掠める位置で、見えない鎖に繋がれたように硬直する。


「……が、……ギ、ギギギ……ッ!!」

 番人の中心から、異様な機械音が漏れ出した。

 枢が穿ったのは、番人が周囲から魔力を吸収し、自身のエネルギーへと変換する唯一の「吸気孔」だった。そこを完璧に封じられたことで、番人の内部では、逃げ場を失った膨大な魔力が自己崩壊を始めていた。


「……どんなに巨大な力でも、……流れが滞れば、それはただの毒となります。……天界の番人さん、……少しばかり『風通し』を良くしてあげましょうか」


 枢が二本目の鍼を、番人の「核」の反対側へ打ち込む。

 次の瞬間、番人の白磁の身体に無数の亀裂が入り、そこから溜まっていた過剰な魔力が、白い閃光となって噴き出した。


 ドォォォォォンッ!!

 回廊を揺らす爆発。

 だが、その衝撃波を、枢はアズラエルを庇いながら、自身の聖魔力で鮮やかに受け流してみせた。


「……ば、化け物かよ、あんたは……」

 カザンが呆然と呟く。神が送り込んだ最強の番人すら、枢にとっては「流れを整えるべき患者」の延長線上でしかなかった。


 爆煙が晴れた先で、番人の残骸が塵となって消えていく。

 しかし、枢の表情に晴れやかさはなかった。翡翠眼が捉える天界の深部では、さらに巨大な、それこそ空そのものを飲み込むような「不吉な影」が、ゆっくりとこちらを覗き込んでいたからだ。


「……なるほど。……どうやら天界の主は、……相当な重症のようですね」


 枢が、静かに次の鍼を構える。

 リナは、その枢の背中を見つめながら、確信していた。

 この人がいれば、例え神が世界を終わらせようとしても、その指一本で、未来を繋ぎ止めてくれるのだと。


「……枢さん。……私も、……最後まで一緒に行きます。……あなたの往診の、助手にしてください」

 聖女の言葉に、枢は微かに微笑んだ。


「……ええ。……これからの施術には、あなたの力も必要になりそうです。……さあ、行きましょう。……世界の病を、根本から絶つために」


 聖鍼師の歩みは、もはや天界の誰にも止められない。

 神域の深淵、法典の核心部へと、枢たちの往診は突き進んでいく。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


天界の自動防衛機構『法典の番人』をも、医療的なロジックで解体してしまったくるるさん。

相手が生物であろうとなかろうと、エネルギーの「滞り」を見抜けば、聖鍼師の敵ではありません。


今回登場した**『気戸きこ』**。

鎖骨の下にあるこのツボは、呼吸を楽にし、気の入り口を整える重要な場所です。枢さんは番人の「魔力の入り口」をあえて封鎖することで、内部からの自壊を誘発させました。


次回、第134話は本日**【18:00】**に更新予定です。


ついに法典の中枢へと辿り着く枢たち。そこで待ち受けていたのは、天界を支配する「法典そのもの」の化身でした。


怒涛の全6回更新も、いよいよ終盤戦!

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