第132話:神域の相克、淀みを穿つ銀の閃光
お読みいただきありがとうございます。
上空から降り注ぐ執行官ガブリエルの漆黒の槍。
天界の「正常化」という名の抹殺に対し、枢はアズラエルを背負いながら、神の魔力の「流れ」を読み解きます。
暴力には暴力を。病には鍼を。
聖鍼師の本領が発揮される、怒濤の12時更新です。
本日は土曜日。全6回更新の3回目をお届けします。
ガブリエルが放つ漆黒の槍は、一つ一つが天界の法典に直結した「事象の消去」を具現化したものだった。
空中回廊の石床が、着弾のたびに火花を散らすのではなく、まるで存在そのものを否定されたかのように虚空へと消えていく。その破壊の余波を、サロメの魔力障壁が激しく火花を散らしながら受け止めていた。
「……くっ、なんて重い魔力なの……! 枢さん、これ以上は防壁が保ちませんわ!」
サロメの悲鳴に近い叫び。彼女の額からは大粒の汗が流れ、展開された六角形の防壁には、蜘蛛の巣状の亀裂が走り始めていた。
枢は、その隣で静かにアズラエルの脈を診ていた。彼女の身体を流れる経絡は、先ほどの一刺しで「心」を取り戻した反動により、天界からの強制介入を跳ね返そうとして激しく波打っている。
「……サロメ、あと三秒だけ耐えてください。カザン、右前方、三十二度。槍の雨の『隙間』をこじ開けられますか?」
「……無茶を言ってくれるぜ。だが、面白ぇ! 聖鍼師様の頼みなら、この命、安いもんだ!」
カザンが咆哮し、折れた槍の柄を逆手に持つ。彼は枢が指定した一点に向け、己の全魔力を込めて突進した。
ガブリエルの漆黒の槍が、物理的な軌道を無視してカザンを狙う。だが、その瞬間に枢の指が動いた。
「聖鍼流、補助術式――『気門・突風の誘い』!」
枢が虚空へ放った三本の銀鍼が、空気中に残留していた魔力の残滓を急激に収束させ、小さな気圧の渦を作り出した。
わずか数ミリ。だが、そのわずかな歪みがガブリエルの漆黒の槍の軌道を逸らし、カザンの突破口を確かなものにする。
「……オラァァッ!!」
カザンの槍が、降り注ぐ死の雨の一角を強引に弾き飛ばした。
その刹那、枢はアズラエルを片腕で支えたまま、弾丸のような速さでガブリエルの直下へと滑り込む。
「……愚かな。……近づけば……より確実に……消去されるだけだと……理解できないのか」
ガブリエルの無機質な瞳が、真下にいる枢を捉える。
彼の周囲から、百を越える漆黒の小剣が生成され、枢の四肢を貫くべく一斉に放たれた。回避不能。防御不能。天界の法典が定めた、絶対的な「結末」。
だが、枢の翡翠眼は、その絶望的な光景の中にある「病理」を冷静に分析していた。
「……ガブリエル様。あなたの魔力供給源、……法典との接続回路である第八頸椎の裏……。そこが、先ほどの攻撃の反動で、わずかにオーバーヒートしている」
「……何……?」
「……神と言えど、無理な出力は身体を蝕む。……今のあなたは、言うなれば『猛毒を撒き散らすために、自ら毒を飲み続けている』状態だ。……それは聖鍼師として、見過ごせませんね」
枢の指の間で、金鍼が太陽の光を反射して輝いた。
飛来する漆黒の小剣。その最前列にある一本の刃先を、枢は手元の金鍼で、まるでおもちゃを払うかのように軽く弾いた。
カィィィィンッ!
ただの一刺し。
だがその一撃は、ガブリエルが展開していた全小剣の魔力波長を逆転させ、連鎖的にすべての攻撃を無に帰した。
「聖鍼流、制圧術式――『天突・神威の逆流』!」
枢の身体が、重力を無視するように跳ね上がった。
空中回廊の瓦礫を足場にし、ガブリエルの懐へと飛び込む。
ガブリエルは即座に漆黒の盾を形成しようとするが、枢の金鍼はそれよりも速く、彼の喉元にあるツボ――**『天突』**を、寸分の狂いもなく穿った。
「……が、あ、……カハッ……!?」
ガブリエルの全身から、漆黒の魔力が火花のように噴き出した。
『天突』。それは呼吸を司り、気の巡りを整える枢要の地。そこに、天界の法典という「異物」を逆流させる術式を流し込まれたガブリエルは、自分の意思とは無関係に、膨大な魔力の奔流に飲み込まれていく。
「……これは……呪い、か……? ……不純な、……人間の、……呪術……!」
「……いいえ、治療ですよ。……自分を壊してまで戦おうとするあなたに、少しばかりの『休息』を強制しただけです」
枢は着地し、膝をつくガブリエルを見下ろした。
ガブリエルの翼は黒く変色し、その無機質な顔には、初めて「痛み」という名の人間的な苦悶が刻まれていた。
「……さあ、アズラエル様。あなたの治療も、まだ中盤です」
枢は再びアズラエルの元へと戻り、彼女の背中に数本の銀鍼を打ち込んでいく。
リナが心配そうに見守る中、アズラエルの瞳に、微かな、しかし確かな「光」が戻り始めていた。
「……枢さん、すごいです……。神様を、……あんなに簡単に……」
「……簡単ではありませんよ、リナ様。……私はただ、命の道理に従って、不必要なものを削ぎ落としているだけです。……もっとも、それが天界の法典そのものだった、というだけの話ですよ」
回廊に、静寂が訪れる。
だが、枢の翡翠眼は、さらなる空の彼方――天界の深淵から、より巨大な「病の根源」が蠢き始めているのを、冷徹に捉えていた。
「……往診の予約リストは、まだまだ埋まっていそうですね」
聖鍼師の孤独な戦いは、神域の深部へと、さらに深く突き進んでいく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
執行官ガブリエルの猛攻に対し、枢さんが放ったのは、攻撃をそのまま相手に逆流させる制圧術式でした。
神を相手にしても、相手の身体的特徴や魔力の流れから「病理」を見抜き、的確な処置を施す。これこそが、聖鍼師としての真髄です。
今回登場した**『天突』**。
鎖骨の間、喉元にあるこのツボは、現実でも咳を鎮めたり、自律神経を整えたりするのに非常に重要な場所です。枢さんはここに神の力を逆流させ、ガブリエルのシステムを一時的にクラッシュさせました。
次回、第133話は本日**【15:00】**に更新予定です。
倒れ伏すガブリエル。しかし、天界の主は、自らの執行官が敗れることを予期していたかのように、さらなる「天の異形」を送り込みます。
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土曜日お祭りの全6回更新、後半戦もよろしくお願いします!




