第122話:消えた巫女、翡翠の決意は揺るがず
おはようございます!
熾天使ウリエルを退けた代償は、あまりにも大きなものでした。
暴走した「生命の樹」に呑み込まれ、姿を消したリナ。
最愛の助手を救えなかった悔しさに、枢の拳が震えます。
しかし、立ち止まっている暇はありません。
「……待っていてください、リナ。あなたの鼓動は、まだ私がこの指で掴んでいます」
絶望の淵で、聖鍼師が見出した「逆転の往診経路」。
サロメ、カザン、そして枢。
絆を力に変える、神域の深淵への強行軍が始まります。
木曜日の朝、反撃の狼煙をどうぞ!
熾天使ウリエルの炎が消え、静寂が戻ったはずの聖域。
だが、その沈黙はあまりにも残酷だった。
黄金の光を湛えていた「生命の樹」の幹には、今や禍々しい紫色の筋が走り、その巨大な質量をもってリナという一人の少女を、完全にその内側へと呑み込んでしまった。
「……リナ! ……返せ、……彼女を返せ!!」
枢が、もはや感覚の麻痺した右腕を伸ばし、樹の表皮を掻き毟る。
だが、先ほどまで「扉」が開いていた場所は、鉄よりも強固な神の障壁によって完全に閉ざされていた。枢がどれほど指を突こうとしても、翡翠色の火花が散るだけで、指先一つ通さない。
「……枢、……落ち着きなさい! ……今あんたが冷静さを失ったら、……本当に彼女を助け出す道が絶たれるわよ!」
サロメが背後から枢を強く抱きしめ、その暴走を止める。
サロメ自身も、先ほどの禁忌の劇薬の影響で、立っているのもやっとの状態だった。だが、彼女の瞳には、枢を独りにさせないという強い意志が宿っていた。
「……クソッタレが……! ……天使をぶっ倒したと思ったら、……今度はこの木が敵かよ! ……おい、……枢! ……何か方法はねえのか! ……あんたのあの『神殺しの鍼』で、……この木ごとブチ抜いてやりゃあいいだろうが!」
カザンが槍を地面に叩きつけ、悔しげに咆哮した。
枢は、荒い呼吸を整えながら、自身の右手をじっと見つめた。
ヘイズの遺産が宿った右腕。その指先には、まだ微かに「リナの脈動」の残響が残っている。
彼女は死んでいない。
生命の樹は彼女を「殺す」ためではなく、何らかの理由で彼女を「核」として取り込み、再起動しようとしているのだ。
(……リナは、……樹の一部になったのではない。……樹という巨大な病の、……その一番奥深くにある『真の病巣』を封じ込めるための、……生贄にされたんだ)
枢の翡翠眼が、樹の内部を走るエネルギーの奔流を再び捉えた。
ウリエルが倒れたことで、天界による強制的な抑制が外れた結果、樹は自身の毒を浄化するために、最も純粋な「巫女の命」をフィルターとして使おうとしている。
このままでは、リナの魂は数時間以内に「濾過」という名の消滅を迎えてしまう。
「……皆さん、……力を貸してください。……正面から扉を叩いても無駄です。……ならば、……この樹の『気の流れ』そのものを逆流させ、……彼女を内側から吐き出させるしかありません」
「……気の流れを逆流させる……? ……枢、……あんた、……自分が何を言ってるか分かってるの? ……この巨大な樹の経絡をすべて逆転させるなんて、……人間の領域を遥かに超えているわよ」
サロメが驚愕に目を見開いた。
「……分かっています。……ですが、……私にはこれがある」
枢は往診バッグから、ヘイズが遺した蒼い手帳を取り出した。
そこには、かつてヘイズが研究していた、人体のツボを「強制的に外部へと開放する」ための術式が記されていた。
枢が狙ったのは、樹の根元、地面と接している数千本の根が交差する一点。
そこにあるのは、人における**『太衝』**の共鳴点だ。
ツボとしての『太衝』は、足の甲、第一と第二趾の間に位置し、肝の経絡における「原穴」とされる。ここは「気を流し、鬱滞を解消する」ための最強のスイッチであり、怒りやストレスで滞ったエネルギーを一気に解き放つ場所だ。
枢はこの『太衝』の概念を、生命の樹という巨大な生命体の「根」に適用しようとしたのだ。
「……カザンさん、……サロメさん。……この根の交差点を、……一瞬だけ全霊で攻撃してください。……樹の意識が、……一瞬だけ『防御』から『再生』へと切り替わるはずです。……その隙間を、……私が突きます!」
「……へっ、……合点承知だ! ……リナを奪われた借りは、……倍にして返してやるぜ!」
カザンが炎の槍を最大出力で燃え上がらせる。
サロメもまた、残された全魔力を使い、根の表皮を腐食させるための黒い霧を発生させた。
「……はぁぁぁぁぁっ!!」
二人の同時攻撃が、樹の根元に炸裂した。
黄金の飛沫が舞い、樹が苦悶するように激しく揺れる。
枢はその爆炎の中へ、迷わず飛び込んだ。
右手の指先に全神経を集中させる。
狙うは、根の最深部、土壌のエネルギーと樹の魔力が交わる『太衝』の結節点。
「……聖鍼流、大地往診――『太衝・万象の還流』!」
枢の右指が、地面を突き破り、樹の神経系へと直接触れた。
ドォォォォォォンッ!!
逆流する魔力。
枢の指を通じて、地上の「怒り」と「救済」の気が樹の内部へと逆噴射される。
黄金の樹が、内側からの過剰な圧力に耐えかねて、その枝葉を激しく震わせた。
「……オォォォォォォ!!」
樹の幹から、紫色の膿のような煙が吹き出し、それと同時に、閉じられていた「扉」が、内側からの爆発によって吹き飛んだ。
そこから、黄金の繭に包まれた小さな影が、空中に放り出された。
「……リナ!!」
枢が地面を蹴り、その影を受け止める。
繭を切り裂くと、中には顔色を失い、冷たくなったリナが横たわっていた。
心拍はない。だが、その魂は、まだ微かな糸で肉体に繋ぎ止められている。
「……助け……出しましたよ、……リナ。……さあ、……帰りましょう。……ここから、……本当の往診の始まりです」
枢はリナを抱き抱え、仲間たちの元へと戻った。
背後では、怒り狂った生命の樹が、その枝を触手のように伸ばし、枢たちを押し潰そうと迫っている。
だが、枢の瞳には、もはや樹への恐怖などなかった。
リナを奪還した枢たちの前に現れたのは、天界を捨て、地上の病を癒やすために潜伏していたという謎の集団「堕天使医師団」。
彼らが差し出したのは、リナを救い、そして天界を根底から変えるための、最後の「処方箋」だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
リナさん奪還!
第5部の勢いを止めることなく、枢さんの「地の底からの逆転劇」を描きました。
本来、足のツボである『太衝』を使い、巨大な樹のエネルギーを逆流させるという発想。解剖学的な知識と、聖鍼師としての直感が重なった瞬間でしたね。
今回登場した**『太衝』**。
足の甲にあるこのツボは、ストレス解消やデトックスの要です。気が詰まっている時にここを刺激すると、エネルギーがスーッと通り、心身が軽くなります。
次回、第123話は本日**【12:00】**に更新予定です!
現れた謎の「堕天使医師団」。
彼らのリーダーは、なんと枢がかつて医学を学んだ恩師の面影を持っていました。
意識の戻らないリナを救うため、枢は彼らと共に、神の脳内へと潜入する「精神往診」を決行します。
「枢さん、有言実行でリナちゃんを助け出した! かっこいい!」
「堕天使医師団!? また癖の強そうなキャラが出てきた……!」
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お昼の更新も、どうぞお見逃しなく!




