第120話:碑文の残響、狂科学者が遺した「毒」の真意
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激闘の果てに、静寂を取り戻した「生命の樹」。
サロメを救い、リナの覚醒を見届けた枢の前に、樹の根元から古びた石碑が浮かび上がります。
そこに記されていたのは、かつて旧大陸を恐怖に陥れたヘイズ博士の署名。
「……なぜ、こんなところに、あの男の名前が……?」
全ての点と線が繋がり始める新展開。
ヘイズが求めた「神の処方箋」の正体とは。
夕方の更新、過去と未来が交差する衝撃の独白をどうぞ!
黄金の輝きを増した「生命の樹」の根元。
先ほどまでの死闘が嘘のように、聖域には柔らかな風が吹き抜け、傷ついた大地を癒やしていく。
枢の腕の中で息を吹き返したサロメは、まだ顔色は悪いものの、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
「……はぁ、……あんたの鍼、……相変わらず……心臓に悪いわね。……でも、……悪くない気分よ」
「……無理は禁物です、サロメさん。……あなたの経絡は、……まだ薄い氷の上を歩くような危うさなんです。……リナ、……彼女に付き添っていてください」
枢がリナに目配せすると、リナは「任せてください!」と力強く頷き、サロメの肩を支えた。
その時、カザンが樹の根元の一角を指差した。
「……おい、……枢。……これを見てみろ。……さっきの爆発で地面が削れた拍子に、……変なもんが出てきやがったぜ」
そこには、周囲の幻想的な風景とは不釣り合いな、無機質で冷たい「黒い石碑」が半分埋まっていた。
枢が泥を払い落とすと、そこには古代文字に混じって、現代の化学式、そして……枢が一生忘れることのできない、あの忌まわしい男の署名が刻まれていた。
『――叡智の果てに絶望を見た者、ヘイズ・フォン・クロイツへ捧ぐ。』
「……ヘイズ!? ……なぜ、……死んだはずのあいつの名前が、……この天界の聖域にあるんだ……!?」
枢の指先が、怒りと困惑で微かに震えた。
リナとサロメも、その名を聞いた瞬間に顔を強張らせた。旧大陸を「死病」で覆い尽くそうとしたあの狂科学者。枢の手によって引導を渡したはずの男が、この神域に足跡を遺していたのだ。
碑文には、ヘイズの筆跡で、彼がかつてこの地を訪れ、ある「真実」を知ってしまったことが記されていた。
『神は、人間を愛していない。神が生命の樹を管理しているのは、救済のためではなく、……人類を「常に弱く、病みやすい状態」に飼いならすための流量調整弁としてである。……私は、この嘘に満ちた楽園に毒を撒き、……人類に「自立」という名の免疫を与えなければならない。』
「……なに、……これ……。……ヘイズ博士は、……世界を救うために……あの実験をしていたってこと……?」
リナが、震える声で呟いた。
「……ケッ、……笑わせるぜ。……あいつがやったのは、……罪もない人間をモルモットにする非道だ。……どんな大義名分があろうと、……それは医術じゃねえ」
カザンが吐き捨てるように言った。
だが、枢は碑文のさらに奥、目に見えない「気の記録」を翡翠眼で読み取っていた。
ヘイズは、この生命の樹が「世界蛇」によって汚染されていることを、数十年も前に見抜いていた。そして、天界がそれを放置していることにも。
彼が旧大陸で生み出した「人造の病」は、実は天界がいつか地上に放つであろう「究極の死病」に対する、あまりにも残酷で、あまりにも強引な「予防接種」としての側面を持っていたのだ。
「……ヘイズ……、……あなたは、……独りでこの絶望と戦おうとしていたのか……。……力(暴力)と毒(病)という、……最も間違った手段を使って……」
枢は、碑文の最下部にある、小さな「穴」を見つけた。
それは、特定の鍼を差し込むことで、ヘイズが遺した「真の遺産」を取り出すための仕掛けだった。
枢は、迷うことなく自身の銀鍼をその穴へと差し込んだ。
カチリ、という重厚な機械音が響き、石碑が観音開きに割れた。
中から現れたのは、一冊の手帳と、一つの「蒼い輝きを放つカプセル」。
そのカプセルに触れた瞬間、枢の右腕が、今まで経験したことのないほどの激しい拒絶反応を示した。
脳裏に、かつてヘイズが死ぬ間際に遺した言葉が蘇る。
『――いつか、君が私の見た景色に追いついた時、……これが必要になる。』
「……これは、……ツボを活性化させるための『薬』ではない。……全人類の『遺伝子の経絡』を、……根底から書き換えるためのプログラム……」
枢は、自身の喉元にある**『廉泉』**を、思わず強く押さえた。
ツボとしての『廉泉』は、喉仏の真上に位置し、舌の動きや飲み込みを司る。「清らかな泉」という名を持つここは、本来、清らかな言葉とエネルギーが通るべき神聖な関所だ。
だが、今、枢が目の当たりにしているヘイズの遺産は、その泉を「変革」という名の荒波に変えるための劇薬だった。
「……ヘイズ。……私はあなたのやり方は、……今でも否定します。……でも、……あなたが遺したこの事実は、……私が、……私の鍼で正しく導いてみせる」
枢はカプセルを握りしめ、空を仰いだ。
生命の樹の浄化は、終わりではなかった。
それは、ヘイズが遺した「神への反逆のバトン」を、枢が受け取ってしまったことを意味していた。
その時、聖域の空が真っ赤に染まった。
ラグエルが去った後の天界から、さらに上位の存在――「熾天使」クラスの魔力が、この森を包囲し始めたのだ。
「……来るわよ、……枢。……あのアホ天使とは、……格が違うわ。……今度こそ、……本当の意味での『浄化』に来るつもりね」
サロメが枢の隣に立ち、鋭い目つきで空を睨む。
「……戦うしか、……ないんですね。……でも、……今の私には、……ヘイズ、……あなたの執念も味方についている」
枢の右指が、翡翠色の光を放ちながら、蒼いカプセルを自身の往診バッグへと収めた。
過去の宿敵との和解、そして未来の絶望への対峙。
第2章・第5部、物語はいよいよ「天界崩壊」の序曲へと足を踏み入れる。
「……皆さん、……私を支えてください。……神を、……『治療』しに行きましょう」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
なんという衝撃の事実!
かつての宿敵・ヘイズ博士が、実は天界の腐敗を見抜き、独りで戦っていた……。
彼の非道な実験の裏側にあった、あまりにも歪んだ「救済」の意志。枢さんがその遺産を受け取るシーンは、物語の大きな転換点となりました。
今回登場した**『廉泉』**。
喉のツボであり、言葉やエネルギーの通り道を司ります。枢さんはここに強い圧を感じながらも、ヘイズの遺した「重すぎる言葉」を受け止める決意をしました。
次回、第121話は本日ラスト**【21:00】**に更新予定です!
襲来する熾天使。
聖域を焼き尽くす「神の業火」に対し、枢が放つのは、ヘイズの遺産と自身の医術を融合させた、次元を超えた『神殺しの鍼』!?
「ヘイズ博士、まさかの再評価回!?」
「枢さんの『神を治療する』というセリフ、かっこよすぎて鳥肌!」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをよろしくお願いします!
本日最後の更新、どうぞお見逃しなく!




