第12話:一万人を無力化する、静かなる『合谷』の一刺し
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おかげさまで、ランキングに向けて良いスタートを切ることができました。
第11話は、いよいよ枢がその本領を発揮します。
剣も魔法も使わない。ただ一本の「鍼」が、一万の軍勢をどう変えるのか。
鍼灸師にしかできない「無双」をお楽しみください!
翌朝、王城の周囲を包囲したのは、大地を黒く塗りつぶすかのような魔王軍先遣隊の軍勢だった。
一万を超える歩兵の軍靴が鳴らす地響きは、王宮の石造りの床を絶え間なく震わせている。城壁の上で槍を握る王国の兵士たちは、その圧倒的な数の暴力の前に、顔面を蒼白に染めていた。
「出てこい、聖鍼師! 我が軍門に降り、我を最強へと導くツボを突け! さもなくば、この王宮を瓦礫に変え、中にいる者を一人残らず引き摺り出してやる!」
中心に陣取るのは、二メートルを優に超える巨漢、剛腕のギルガだ。
彼が背負った身の丈ほどもある巨大な戦斧が、朝日に反射して凶悪な光を放つ。その咆哮だけで、並の戦士なら腰を抜かすほどの威圧感だった。
その時、重厚な王宮の正門が、軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。
現れたのは、重武装の騎士団でも、強力な魔導師でもない。
真っ白な白衣を朝風になびかせ、手には小さな木製の鍼ケースだけを持った、一人の男。
連城枢だった。
「……騒々しいですね。朝の往診時間はまだ先ですよ。それに、そんなに大声を出すと喉の粘膜を痛めます。少しは安静にするという概念を学んだらどうですか」
枢は悠然と、一万の軍勢の前に歩み出る。その足取りには迷いも恐怖もなく、まるで近所の公園に散歩にでも出かけるかのようだ。
「ふん、死に損ないめ! 貴様一人で何ができる! その細い棒で、我ら一万の戦士と戦うつもりか!」
「戦う? いえ、私は治療家です。……ただ、あなた方の『気の巡り』があまりに乱れているので、少し調整して差し上げようかと思いましてね」
ギルガが鼻で笑い、戦斧を振り上げた。
「笑わせるな! 全軍、突撃――っ!?」
号令をかけようとした、その瞬間。
枢の指先が、流れるような動作で鍼ケースから三本の銀鍼を抜き放った。
それは、ザドゥから譲り受けた希少な『月光銀草』を、枢が昨夜のうちに自ら研ぎ、魔力を練り込んだ特製の鍼だ。
枢はその鍼を空中に向けて、まるで楽器の弦を弾くように、パチンと指で弾いた。
放たれた銀鍼は、物理的な攻撃として飛んでいったのではない。
鍼は空中の魔力の流れ――大地のツボとも言える『龍脈』の節に正確に突き刺さった。
刹那、不可視の衝撃波が波紋のように戦場全体へ広がっていく。
「――っ!? な、なんだ……体が、動かぬ……!?」
突撃を開始しようとした一万の兵が、まるで糸の切れた人形のように、その場に膝をついた。
痛みはない。だが、全身の筋肉から力が抜け、指一本動かすことができない。まるで深い眠りに落ちる直前のような、抗えない脱力感が彼らを襲っていた。
「大地の経絡を少しだけ刺激しました。人間で言うところの『合谷』――万能のツボですが、強く刺激しすぎれば全身の気が逆流し、脳からの伝達が一時的に遮断されます。……いわば、大地の麻酔です」
枢は動けなくなった兵士たちの間を、縫うように歩いていく。
そこには怒りも殺気もなく、ただ患者を診る医師の冷徹な眼差しだけがあった。
やがて枢は、戦斧を支えにして辛うじて膝をついているギルガの前まで辿り着く。
「……貴様、一体、何をした……」
「言ったでしょう。調整ですよ」
枢はギルガの首筋に、冷たい指先を添えた。
「あなたの僧帽筋と胸鎖乳突筋は、過度な魔力強化によってボロボロだ。常に交感神経が優位になりすぎて、心臓が悲鳴を上げている。……そんな状態で戦っても、あなたはあと数年で廃人になりますよ」
ギルガの瞳に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
己が誰にも明かさなかった肉体の限界を、この男は指先一つで見抜いたのだ。
「最強の力? 結構ですが、まずはその肥大化した筋肉を休ませなさい。……今のあなたに必要なのは、戦斧ではなく『安静』という処方箋だ」
枢はギルガの首筋のツボ『天柱』に、音もなく一本の鍼を沈めた。
その瞬間、魔王軍最強と言われた将軍は、赤ん坊のようにスヤスヤと深い眠りに落ちていった。
一万の軍勢が、たった一人の鍼灸師によって、戦場という名の「巨大な寝室」で眠らされた瞬間だった。
ついに一万の魔王軍を「お休み」させてしまった枢。
ギルガ将軍も、圧倒的な技術の前では一人の患者に過ぎませんでした。
ちなみに今回登場した『合谷』は、現実でも肩こりや頭痛、精神安定に効く万能のツボです。
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第13話では、敗北したギルガに枢が下す「意外な治療法」が描かれます。




