第116話:黄金の枯死、巫女の目覚め
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霧の向こう側に聳え立つ、黄金の巨樹「生命の樹」。
世界を癒やす聖域とされるその場所で、枢が見たのは、あまりにも残酷な「枯死」の兆候でした。
世界の気が滞り、樹が内側から腐り始めている。
その「病」を治すために必要なのは、かつて樹の精霊と契約を交わした一族の末裔。
「……私、知っている気がする。この樹の、悲鳴のような鼓動を」
リナの瞳に宿る、不思議な紋章。
聖鍼師と、樹の巫女。二人の運命が、神域の深淵で交差します。
夕方の更新、新展開の核心をどうぞ!
三人の処刑人が霧散した跡。
霧が晴れたその先には、天を突き、雲を裂くほどの巨躯を誇る「生命の樹」が、黄金の光を放ちながら鎮座していた。その葉の一枚一枚が、純粋な魔力の結晶であり、根元からは、枯れることのない翡翠色の泉が湧き出している。
「……うわぁ……。……なんて、……なんて綺麗なところなの……」
リナが、夢を見るような足取りで泉へと歩み寄った。彼女が地面に足を下ろすたびに、周囲の花々が一斉に開花し、甘い香りを放つ。まるで、森全体が彼女の到来を祝福しているかのようだった。
「……ケッ、……眩しすぎて目がチカチカしやがる。……ここが、……すべての病を治すっていう霊薬の源かよ」
カザンが目を細め、槍の石突きで地面を叩く。だが、その隣で枢は、自身の翡翠眼を最大まで見開き、黄金の巨樹の「内側」を見据えていた。
「……いいえ、……カザンさん。……この樹は、……泣いています」
枢の声に、一同が凍りついた。
枢の瞳に映る「生命の樹」は、表面こそ黄金に輝いているが、その幹の深奥、中心を流れる「導管」は、どす黒い負のエネルギーで完全に目詰まりを起こしていた。
それは、世界中の人々が排出した「病の澱」や「負の感情」を、この樹がすべて一人で飲み込み続け、処理しきれなくなった末の……末期的な心不全の状態だった。
「……表面だけを取り繕って、……中身は腐り果てている。……これでは、……龍神アステリオスと同じだ。……天界も地上も、……一人の犠牲の上に成り立つ『偽りの平和』に過ぎなかったんだ」
枢が樹の幹に手を触れると、指先からジリジリと焼けるような、激しい不快感が伝わってきた。
龍神の毒を中和した今の枢の右指。それは、どんな微細な「病」も見逃さない、神の触覚。
その指先が、樹の内部にある、一つの巨大な「腫瘍」を捉えた。
「……ここだ。……この樹の、……心臓にあたる部分。……ここに、……数千年分の澱みが溜まっている。……これを今すぐ取り除かなければ、……数日以内にこの樹は爆発し、……世界中に猛毒の胞子を撒き散らすことになる」
「……そんな……! ……だったら、……早く鍼で治してくださいよ!」
リナが駆け寄るが、枢は苦渋の表情で首を振った。
「……無理です。……この樹の表皮は、……神の加護によって、……地上のいかなる物も通さない。……さっきの処刑人と同じだ。……外側から突いても、……弾かれるだけだ。……内側から、……『鍵』を開けてもらわなければ……」
その時、リナの右手の甲に、見たこともない不思議な「樹木の紋章」が浮かび上がった。
それは、彼女が天界で得た魔力でも、修業で得た力でもなかった。彼女の血筋、グラナート家とはまた別の、遥か太古から受け継がれた「巫女」の証だった。
「……私、……分かる気がするの。……この樹の、……一番苦しい場所が」
リナが、無意識に樹の幹の、ある一点へと手を伸ばした。
そこは、ちょうど人体の「胸の高さ」にあたる場所。
リナの手が触れた瞬間、黄金の表皮が水面のように揺らぎ、吸い込まれるように彼女の腕を受け入れた。
「……リナ!? ……危ないわよ、戻りなさい!」
サロメが叫ぶが、リナの意識はすでにここにはなかった。
彼女の瞳は空洞になり、そこには生命の樹が見てきた数千年の「記憶」が、濁流のように流れ込んでいた。
「……あ、……ぁ、……熱い……。……みんなの、……みんなの苦しみが、……私の中に……入ってくる……!」
リナの身体が、樹の内側から発せられる黒い霧に包まれていく。
彼女は、樹の身代わりとなって「世界の毒」を引き受けようとしていた。
それが、巫女に課せられた、あまりにも過酷な宿命。
「……いけません、リナ! ……自分を失ってはいけない!」
枢が、彼女の肩を掴んだ。
彼の新しい右指が、リナの背骨、ちょうど首の付け根の少し下にある**『神堂』**の座標を弾き出した。
ツボとしての『神堂』は、第五胸椎棘突起の下、左右に位置する。「神が宿る堂」という意味を持つこの場所は、心臓の裏側にあり、精神の錯乱や、魂の過負荷を鎮めるための神聖な門だ。リナのように、外部からの巨大な記憶や感情に押し潰されようとしている時、この堂を清めることで、自我を繋ぎ止めることができる。
「……聖鍼流、巫女守護術――『神堂・魂の境界』!」
枢の金の鍼が、リナの背中へと突き刺さった。
金の鍼を通じて、枢自身の「静かなる気」が、荒れ狂うリナの精神世界へと流れ込む。
黒い霧が、枢の鍼によって一瞬だけ中和され、リナの瞳に「意識」の光が戻った。
「……くるる……さん……。……苦しい……。……でも、……私……、……この樹の『扉』、……見つけたよ……」
リナが震える手で示したのは、彼女の指先が触れている、幹の奥深くにある「鼓動する種」。
それが、生命の樹の心臓であり、すべての病の根源だった。
「……よくやった、リナ。……あとは、……私がすべて引き受けます」
枢は、リナの身体を支えながら、自身の右手を、彼女が開いた「扉」の中へと差し入れた。
神の領域。樹の内側。
そこには、これまで出会ったどの患者よりも巨大で、凶悪な「病のエナジー」が、巨大な鎌首をもたげて枢を待っていた。
「……さあ、……往診の時間です。……数千年の宿痾、……ここで完治させて差し上げましょう」
枢の翡翠眼が、極限まで発光する。
背後では、カザンとサロメが、異変を察知して集まってくる神域の魔物たちを迎え撃つべく、武器を構えていた。
生命の樹の内部、その「手術室」で、聖鍼師の最後の一戦が幕を開ける。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに明かされた「生命の樹」の病と、リナさんの隠された宿命。
これまで枢さんのサポートを健気に務めてきたリナさんが、実は世界の命運を握る「鍵」だったという展開、いかがだったでしょうか。枢さんの『神堂』の一刺しが、彼女の自我を守り抜き、二人三脚での「神域の往診」が始まります。
今回登場した**『神堂』**。
背中、心臓の裏側にあるこのツボは、精神的なショックや不安、動悸を和らげるのに非常に効果的です。枢さんはここに鍼を打つことで、リナさんの魂が樹の記憶に呑み込まれるのを食い止めました。
次回、第117話は本日ラスト**【21:00】**に更新予定です!
樹の内部に潜む、病の根源「世界蛇」の幼体。
枢の右腕が放つ、新章最大の奥義とは!?
そして、リナが流した「翡翠の涙」が、枯れかけた樹に奇跡を起こします。
「リナちゃん、実はお姫様以上にすごい存在だったの!?」
「枢さん、リナちゃんを支える手が優しすぎて尊い……」
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本日最後の更新、絶対にお見逃しなく!




