第111話:氷の女王、血脈に眠る劇薬の記憶
お読みいただきありがとうございます!
極北の国スノウトラ。
盲目のピアニスト・エルナを救おうとした枢たちの前に現れたのは、冷酷な氷の騎士団でした。
連行された先、氷の宮殿で待ち受けていたのは、この世のものとは思えない美貌を持つ「氷の女王シシュ」。
そして、彼女を見たサロメの顔から、いつもの余裕が消え失せます。
「……お久しぶりね、お姉様。……いえ、『家名の泥を塗った毒婦』と呼ぶべきかしら?」
明かされるサロメの出自。そして、指の動かない枢に課せられる、残酷な「医術の試験」。
お昼の更新、急展開をお楽しみください!
スノウトラの王都、凍てつくクリスタルで築かれた「永久氷宮」。
枢たちは、氷の騎士団に囲まれ、広大な謁見の間へと引きずり出されていた。床から壁まで、すべてが青白い氷で構成されたその空間は、音さえも凍りつかせるような静寂に支配されている。
玉座に座るのは、雪のような白髪を腰まで伸ばし、氷の宝冠を頂いた女性――女王シシュだった。
「……地上より来たりし、不浄なる者たち。……我が国に蔓延る『氷晶病』は、……神が下した静寂の罰。……それを地上の浅ましい鍼で汚そうとするとは、……万死に値する無礼である」
シシュの声は、薄い氷が割れるような鋭利な響きを持っていた。
カザンが槍を構えようとするが、周囲の騎士たちが放つ冷気により、その関節が白く凍りつき、動きを封じられていく。リナもまた、あまりの寒さに意識を失いかけ、枢の背中に縋り付いていた。
「……待て、シシュ。……相変わらず、……融通の利かない女ね。……そんな冷たい玉座に座り続けて、……心までカチコチに凍っちゃったの?」
静寂を破ったのは、サロメだった。
彼女は女王の前だというのに膝を突くこともなく、懐から取り出した紫色の煙草に火をつけた。紫煙が氷の空気に混じり、異質な香りを漂わせる。
「……その声。……その不気味な薬の匂い。……やはり貴女なのね、……サロメ・フォン・グラナート。……一族の禁忌を盗み、……闇医者に身を落とした、……我がグラナート家の恥晒しが」
シシュの言葉に、リナとカザンが驚愕の表情を浮かべた。
「……サロメさん、……あなた、……この国の王族だったんですか……!?」
「……ケッ、……王族なんて大層なもんじゃないわよ。……ここは、……代々『毒』を以て国を支配してきた、……呪われた一族の巣窟。……私は、……その退屈な毒見役に嫌気が差して、……家を飛び出しただけよ」
サロメは不敵に笑うが、その指先は微かに震えていた。
シシュは冷淡な瞳を枢へと向けた。
「……サロメ。……貴女が連れてきたその男が、……巷で噂の『聖鍼師』か。……だが、……私の目には、……ただの抜け殻にしか見えない。……両手の経絡は死に絶え、……指先からは命の鼓動が消えている。……鍼を握る資格さえない者が、……我が国のエルナを救うなど、……笑止千万」
「……資格があるかどうか、……決めるのはあなたではありません」
枢が、一歩前へ出た。
指先の感覚はない。だが、彼の翡翠眼は、女王シシュの肉体さえも、氷晶病の初期症状である「経絡の硬化」に蝕まれていることを見抜いていた。
「……女王陛下。……あなたも気づいているはずだ。……この国の『静寂』は、……救いではなく、……緩やかな集団自殺であることを。……人々が氷に変わるのを、……あなたは王座で見届けることしかできない。……その無力さを隠すために、……あなたは氷の仮面を被っている」
「……黙れ! ……無礼者が!」
シシュが右手を振ると、枢の足元の床から巨大な氷の棘が突き出した。
枢は避けなかった。棘は彼の喉元数センチで止まり、その鋭い先端が枢の肌を僅かにかすめる。
「……私の腕が死んでいるというのなら、……試してみればいい。……もし私が、……あなたの騎士の一人を治すことができなければ、……私のこの命、……好きに切り刻んで構いません」
「……面白いわ。……ならば、……この騎士を診るがいい」
シシュが指差したのは、傍らに立つ氷の騎士団長・ガウスだった。
彼は全身を鋼の鎧で包んでいたが、その隙間からは、皮膚がクリスタル化した「氷の鱗」が剥き出しになっていた。彼はすでに自我を失い、女王の命令に従うだけの「氷の人形」と化している。
「……ガウスは、……氷晶病の末期。……身体の全機能が停止し、……魔力だけで無理やり動かされている状態。……これを治せるというのなら、……お前の不敬を許し、……『黄泉の霊薬』への道を教えてやろう。……ただし、……失敗すれば、……貴様ら全員を、……この宮殿の彫刻にしてやる」
枢は、ガウスの前に立った。
感覚のない指で、一本の銀鍼を抜き放つ。
リナが、祈るように胸の前で手を組んだ。
「……枢さん……」
枢は、ガウスの鎧の隙間、首の後ろにある**『風門』**を見据えた。
ツボとしての『風門』は、第二胸椎棘突起の下にあり、その名の通り「風(邪気)が出入りする門」だ。スノウトラの寒気はこの門から入り込み、血液を凍らせ、肉体を硬直させる。ガウスの場合、この門が氷の魔力で完全に塞がれ、体内の熱が完全に遮断されている。
(……見ろ。……指先の感覚に頼るな。……空気の揺らぎ、……相手の放つ気の微弱な震え……。……それらすべてを、……瞳で捉えるんだ!)
枢は左手で右の手首を固定し、自身の「視力」のすべてを一点に集中させた。
翡翠眼が限界を超えて発光し、世界が白黒の線画へと変わる。
鍼先が、ガウスの分厚い氷の肌を捉えた。
「……聖鍼流、極北術――『風門・凍土の春雷』!」
枢の鍼が、ガウスの『風門』へ一寸の狂いもなく吸い込まれた。
感覚がないはずの枢の脳内に、一瞬だけ、硬い氷が砕けるような「衝撃」が視覚情報として伝わった。
直後、ガウスの全身から、凄まじい熱気が噴き出した。
鎧の隙間から、ドロドロと溶け出した氷の液体が流れ落ちる。
ガウスの瞳に、数年ぶりに「人間」としての光が戻り、彼はその場に崩れ落ちて激しく咳き込んだ。
「……ご、……ごほっ! ……はぁ、……はぁ……。……私は……、……私は何を……」
謁見の間が、静まり返った。
氷の女王シシュは、玉座から立ち上がり、信じられないものを見るかのように枢を見つめた。
「……感覚のない指で、……どうやって、……この強固な氷を貫いたというの……?」
「……指ではありません。……私は、……彼の『生きたい』という震えを、……瞳で捉えただけです」
枢は、震える右手を隠すように往診バッグを抱えた。
成功した。だが、たった一刺しで、枢の視力は急激に低下し、世界が二重にぼやけ始めていた。
代償は、肉体の崩壊。
サロメが枢の隣に立ち、女王を睨みつけた。
「……約束よ、シシュ。……この男の価値は証明された。……さっさと、……『霊薬』の情報を出しなさい!」
しかし、シシュの唇は、冷酷な笑みを刻んでいた。
「……ええ、認めましょう。……ですが、……黄泉の霊薬を手に入れるには、……もう一つ、……『グラナート家の血』が必要なのよ。……サロメ。……貴女が、……自らの血を捧げる覚悟があるのならね」
物語は、スノウトラの秘められた歴史、そしてサロメを巡る凄惨な因縁へと突入する。
感覚を失った鍼師と、過去を捨てた毒婦。
二人の往診が、極北の夜を熱く焦がしていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
驚愕の事実! サロメさんがまさかの「氷の国の王女」だったとは……。
「毒を以て国を制す」というグラナート一族の業が、彼女の医術のルーツだったのですね。
そして枢さん。感覚を失いながらも、翡翠眼を酷使することで奇跡の往診を成功させました。しかし、その代償として「視力」までもが失われつつあります。
今回登場した**『風門』**。
背中にあるこのツボは、風邪の予防や、寒気を取り除くのに非常に効果的です。枢さんはここに「熱」を打ち込むことで、ガウスの体内の凍りついた巡りを一気に再起動させました。
次回、第112話は本日**【18:00】**に更新予定です!
サロメの血を狙う女王シシュ。
霊薬を手に入れるための「血の契約」とは?
そして、瀕死の枢を救うため、エルナが奏でる「魂の共鳴曲」が宮殿に響き渡ります!
「サロメさん、お姫様だったの!? ギャップが凄すぎる!」
「枢さん、手がダメなのに次は目まで……。もう見てられないよ(涙)」
と思っていただけましたら、ぜひ**【評価(☆☆☆☆☆)】**やブックマークをよろしくお願いします!
夕方の更新も、どうぞお見逃しなく!




