第105話:白亜の審判、黄金の瞳の沈黙
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強引に連行された天界の神殿。
そこは、白亜の輝きに満ちた「美しき牢獄」でした。
地上の医術を「野蛮」と切り捨てる天界の重鎮たちに対し、枢が突きつけるのは、彼らが隠し続けてきた「老いぬ肉体の腐敗」。
そして、枢の前に立ちはだかるのは、かつての強敵・ヘイズに酷似した容貌を持つ、冷徹な天界の筆頭医官。
日曜日の2回目。天界の闇と、聖鍼師の誇りがぶつかり合います!
天界の神殿「アステリア」の最深部、円卓の間。
天井のない吹き抜けからは、常に柔らかな黄金の光が降り注いでいるが、そこに集う者たちの放つ気は、氷のように冷たく、鋭利だった。
枢たちは、武装した天界騎士たちに囲まれ、円卓の中央に立たされていた。
「……静粛に。……これより、地上人・枢の審問を開始する。……罪状は『天理の簒奪』、および『不浄なる医術による秩序の攪乱』。……異論はあるか、案内人セラフィ」
玉座に座る、豪奢な冠を被った老人が重々しく口を開く。天界の最高権威、大司教ザカリアスだ。その傍らには、銀の眼鏡をかけ、白い手術着のような法衣を纏った男が控えていた。その男を見た瞬間、カザンが槍の柄を強く握りしめた。
「……おい、枢。……見ろよ、あいつ。……新大陸でぶっ倒したヘイズの野郎にそっくりじゃねえか。……双子か何かか?」
「……いえ、……カザンさん。……気が違います。……ヘイズさんのような執念深い『熱』がない。……あれは、……冷徹に計算された『虚無』の気です」
枢が分析する通り、男――天界筆頭医官・ミカエルは、表情一つ変えずに枢を見下ろした。
「……ザカリアス様。……地上のような、……野蛮な金属棒を突き刺して血を流すような行為を『医術』と呼ぶこと自体、……天界の品位を汚します。……彼らがヴィクターの暴走を止めたのは事実でしょうが、……それは汚物で汚物を洗ったに過ぎません。……この者たちを速やかに地下の『浄化牢』へ送り、……地上の記憶を抹消すべきです」
「……待ってください」
枢が静かに、だが凛とした声で遮った。
「……私の技術を野蛮と呼ぶのは勝手ですが、……それならば、……あなた方の首筋に浮かび上がっているその黒い鱗は、……何と呼ぶのですか? ……それこそが、……あなた方が数千年かけて積み上げてきた『生の澱』ではありませんか」
その言葉に、円卓を囲む長老たちが一斉にざわめいた。
ミカエルの眉が、僅かにピクリと動く。
「……無礼な。……これは龍神様から与えられた『神聖なる証』。……地上の病とは次元が違うものだ」
「……いいえ、……病に次元などありません。……死を拒み、……肉体の更新を止めたことで、……あなたの細胞は出口を失い、……内側から結晶化している。……このままでは、……あと三日と持ちませんよ、大司教様。……あなたの心臓の鼓動は、……すでに石が擦れ合うような音を立てている」
枢の翡翠眼は、ザカリアスの胸元に巣食う、巨大な「龍の心臓」の幻影を捉えていた。それは命の象徴ではなく、宿主を喰らい尽くす寄生体そのものだ。
「……えぇい、……黙れ! ……騎士団よ、……この無礼な地上人を捕らえよ!」
ザカリアスの命令で、十数人の騎士が一斉に抜剣した。
だが、その瞬間。枢は往診バッグから、翡翠色の輝きを放つ「双龍鍼」を抜き放った。
「……お見せしましょう。……あなた方が『野蛮』と切り捨てた技術が、……どれほど深く、……命の真実に触れているかを」
枢は騎士たちの攻撃を、紙一重の回避でいなすと、正面に座るザカリアスの眉間にある**『眉衝』**を狙った。
ツボとしての『眉衝』は、眉の直上にあり、脳の熱を逃がし、意識を覚醒させる場所だ。天界の住人たちは、永遠の命という夢に酔いしれ、自身の肉体が悲鳴を上げていることに気づいていない。ならば、ここに鍼を打つことで、強制的に「肉体の真実」を自覚させるしかない。
「……聖鍼流、天界術――『眉衝・天光の覚醒』!」
枢の鍼が、空気を切り裂き、ザカリアスの額に触れた。
直後、大司教の身体から、耳を覆いたくなるような不気味な「咆哮」が響き渡った。それは、彼の体内に隠されていた「龍の気」が、枢の鍼によって暴かれた音だった。
「……ぐ、……が、……あああああ! ……何だ、……この感覚は……! ……身体が、……身体が燃えるようだ!」
ザカリアスの豪奢な法衣が裂け、その下から全身を覆う漆黒の鱗が露わになった。
神聖なる大司教の姿は消え、そこには異形の怪物が蹲っていた。
「……これが、……あなた方が守ってきた『神聖なる証』の正体です。……ミカエルさん、……これでもまだ、……私の鍼を野蛮だと言いますか?」
ミカエルは、変わり果てた主の姿を見ても、動揺一つ見せなかった。
「……なるほど。……解析完了。……あなたは、……体内のエネルギーバランスを強制的に崩すことで、……潜在的な異常を表面化させたわけだ。……確かに興味深い。……だが、……それは『診断』であって『治療』ではない。……この状態のザカリアス様を治す術を、……あなたは持っていないはずだ」
ミカエルが指を鳴らすと、神殿の壁から無数の魔導メスが飛び出し、枢を包囲した。
「……実験開始だ。……聖鍼師・枢。……あなたが龍に食い殺されるのが先か、……私があなたの脳を解剖するのが先か。……じっくりと観察させてもらおう」
「……リナ、カザンさん! ……大司教様を抑えてください! ……彼は今、……自分自身の『生きたい』という本能と、……龍の破壊衝動の間で苦しんでいます!」
神殿は一瞬にして、戦場と化した。
襲いかかる騎士たち、暴走する大司教、そして冷徹にデータを集めるミカエル。
天界の「常識」という名の病を打ち砕く、枢の孤独な往診が加速する。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
天界の権力者、大司教ザカリアスの正体。
美しい外見の下に隠されていたのは、龍へと変貌しつつある悍ましい肉体でした。枢さんの鍼は、その「嘘」を暴くことで、天界の腐敗を白日の下に晒しました。
今回登場した**『眉衝』**。
頭の前面、眉のすぐ上にあるこのツボは、鼻詰まりや頭痛に効くほか、精神をハッキリさせる効果があります。枢さんはここを刺激することで、ザカリアスの麻痺していた「痛み」を強制的に呼び起こしました。
次回、第106話は本日**【12:00】**に更新予定です!
怪物化した大司教。
その喉の奥に眠る「龍の核」を摘出すべく、枢が放つのは、神をも恐れぬ禁忌の連刺。
そして、ミカエルが隠し持つ「天界の最終兵器」とは。
「ミカエルさん、ヘイズより冷たくて怖い……」
「大司教様の変貌がグロいけど、枢さんの鍼が格好いい!」
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お昼の更新も、どうぞお見逃しなく!




