第1話:その指先、神の中枢(かなめ)を射抜く
はじめまして、鍼灸師いのぴーと申します。
普段は現実の世界で鍼を打っていますが、「もし魔法の世界に東洋医学のプロが転生したら?」という妄想が止まらなくなり、筆を執りました。
専門的な知識も織り交ぜつつ、スカッとする「鍼」の無双劇をお届けします。
どうぞ、気楽にお楽しみください!
「……っ、カハッ……!」
焼けた鉄を押し当てられたような痛みが、腹部を突き抜ける。
レンシュタット公爵家の三男、クルル・レンシュタットは、学園の裏庭にある冷たい石畳に這いつくばっていた。
目の前で、豪華な刺繍の入ったローブの裾が揺れる。異母兄のバルトだ。
「おいおい、どうした? 公爵家の面汚し。自慢の『無色』魔法で防いでみろよ」
バルトの手の平で、火球が不気味に揺らめく。
この世界は魔法がすべてだ。魔力を持たない、あるいは属性を持たない者は、貴族であっても家畜以下の扱いを受ける。
(……うるさいな。少し、静かにしてくれないか)
その時、クルルの意識の底で、重く、静かな声が響いた。
濁流のように流れ込む、見知らぬ知識。
東洋医学の深淵。気の流れ。経絡。そして、指先に宿る千の技。
(そうか。俺は死んだのか。あの一門の、しがらみのなかで……)
前世の名は、連城 枢。
政財界の重鎮たちが、その一鍼を求めて列をなし、裏社会では「触れられれば死ぬ」と恐れられた、現代最強の鍼灸師。
「死ねよ、ゴミが!」
バルトが火球を放つ。
直撃すれば、ただの子供であるクルルの体は消し炭になるだろう。
だが、枢はゆっくりと目を開いた。
その右目が、深い森のような翡翠色に輝く。
――固有スキル【翡翠眼】発動。
世界が変貌した。
バルトの体から放たれる魔力が、血管のような「線」として視える。その線が複雑に絡み合い、いくつかの箇所でドス黒く澱んでいるのが分かった。
「……なるほど。無理な魔力増強薬の使いすぎだ。右腕の経絡が詰まって、暴走しかけていますよ」
枢は、ふわりと立ち上がった。
迫りくる火球。彼はそれを避けるのではない。
右手の指先を、鋭い鍼の如く突き出し――火球の中心にある「魔力の核」を、ピンポイントで突いた。
パリンッ……!
ガラスが割れるような音と共に、高熱の火炎が霧散する。
「なっ……魔法を、素手で!? バカな、何をした!?」
「詰まっている箇所を、少し突いて通してあげただけです。……魔法も結局は気の流れ。経穴さえ見えれば、霧散させるのは造作もない」
枢は無表情のまま、歩を進める。
前世、魂の奥底まで刻み込まれた技術。それがこの世界で変質し、実体化した。
彼の指先には、目に見えないほど細く、しなやかな魔力の鍼――**『絶糸』**が凝縮されている。
「貴方のその右腕。次に魔法を使えば、中から弾けますよ」
「黙れ! 拾い物の手品で調子に乗るな!」
バルトが逆上し、さらに巨大な魔法を練ろうとする。
だが、その動作は枢にとって、スローモーションにも等しかった。
「――お仕置きです」
枢の姿が消えた。
一歩の踏み込みで、一瞬にしてバルトの懐に潜り込む。
「あがっ――!?」
バルトの首筋、『天柱』。そして肩の**『肩井』**。
指先から放たれた『絶糸』が、ミリ単位の狂いもなく経穴を捉えた。
「な、なんだ、これ……体が、動か……な……」
「『一鍼定命』。全身の魔力回路を一時的に封じました。……安心してください。一晩寝れば動けるようになります。まあ、巡りが良くなりすぎて、しばらくは激痛にのたうち回ることになりますが」
枢は、冷え切った瞳で異母兄を見下ろした。
取り巻きたちが悲鳴を上げて逃げ出していく。
(……ふむ。異世界の人間も、魂の座は共通か。これなら『治療』も『解体』も容易いな)
枢は自分の指先をじっと見つめる。
没落貴族の無能。そう呼ばれた少年の体には、今や神の如き癒やしと、死神の如き破壊を司る「鍼」が宿っていた。
「……さて。レンシュタットの名が汚れる、でしたか。……掃除が必要なのは、どちらでしょうかね」
静まり返った裏庭に、枢の静かな声だけが響いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「魔法で治せないなら、鍼で治せばいいじゃない」
そんな発想から生まれた物語です。
現役の鍼灸師として、東洋医学の深みと、スカッとする無双劇を両立させていきたいと思っています。
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