フルムーン
セントラードの道具屋で飴と石を買った俺は、夕方まで学校で斥候学科の訓練をした。自習は休日でもできるようになっているのは助かる。
そして日が暮れはじめたころ、セントラードの南門から町の外に出た。
セントラードから南へ伸びる街道をずっと進んでいく。
夕飯に唐揚げパンを囓りながら街道を二時間ほど歩き、双子岩から街道を外れて西へしばらく歩いて行くと、あたりはすっかり暗くなっていた。
さらに進んでいくと、窪地にひっそりとした小さな湖が暗い湖面を見せた。
これはミューズ湖という透明度が高くきれいな、なんの変哲もない小さな湖だ。
「余裕を持って早めに出たけど、早すぎたくらいか」
場所は把握していても、自分の足で歩くとまた違うかもと思い早めに出発したけれど、俺の記憶と感覚は想像以上にこの世界を理解しているとわかった。俺のゲーム愛を信じて行動して良さそうだ。
ヴァイオレット・フェイトのゲームプレイ中に何度も来たこの湖のほとりで俺はじっと待つ。その間に満月はゆっくりと夜空を動いていき、そして真夜中12時。湖を真上から月明かりが照らした。
「…………来たぞ来たぞ!」
月明かりを受けた水の中に薄黄色いともしびが灯った。丸く光るそれはまるで湖の中に月がいくつも沈んでいるように見える。
シークレットレアモンスター『アクアムーン』だ。
ミューズ湖にのみ住む特殊な淡水クラゲのモンスター。
普段は水と一体化していて、見ることも触れることもできないが、満月の月明かりを天頂から受けた時だけ発光し実体化する。
「この景色が見たかったんだ! 条件もゲームと同じ。でも……綺麗だ、リアルで見るとよりいっそう」
もちろん美しい光景を見るためだけにここに来たわけじゃあない。
アクアムーンは一ヶ月でこの10分間だけが狩れるタイミングという激レアなモンスターであり、それを狩ることで大量のアストラルが得られるのだ。
ゲーム的に言えば経験値が大量に稼げるモンスターで、強くなるための最速チケットってとこだな。
だがミューズ湖はなんのイベントもなく町からも道からも離れているため、ちょうど満月の時にここを訪れる可能性などゼロに等しく、俺もゲームを四周して、もう目的無くフィールドをうろつくことを楽しむようになってようやく存在に気付いたほどだ。
だが見つけにくい分美味しいんだ、これが。
「さーて、稼ぐぞー!」
アクアムーンの倒し方は簡単。ナイフでもなんなら木の枝でも、なんでもちょっとでも尖ったもので突けばそのまま破れて消滅する。
攻撃能力もなく移動速度も遅いので、見つけさえすれば簡単に大量の経験値が手に入る。その分、普通じゃ見つけることがほぼ不可能に近いのだが俺は『覚えて』いる。
原作を遂行するために俺が使える最大の武器、それはゲームを何周もしたことによって得た記憶と経験。
効率のいいモンスター、レアなアイテムがある場所、強力なスキル、それらは全て頭に入っている。
やりこみは身を助く。
一周だけで終わってたらもうこの時点で詰んでたね。
「じゃあ、あの空気飴を舐めて……と」
このアクアムーンは10分以内にたくさん倒さなきゃいけない。しかし、1分毎に息継ぎしてたんじゃ数が稼げない、そのために一個で5分酸素が持つアイテムを買ったのだ。
半透明の飴を二つ口に含む。
味は……飴なのに苦いな、まずいぞ。
だが味に文句を言ってる場合じゃない、湖に急いで飛び込んだ。
(おおっ! 本当に息ができる、なんか変な感じだけどこれなら10分フルに使える!)
池に潜って次々とアクアムーンを倒していくと、体の中が見えない何かに満たされるような感覚に襲われた。
水を掻く手がどんどん軽くなっていく、アクアムーンを突き刺すナイフの動きが水中なのにかなり素早くなっている。
「間違いない、どんどん力が強くなってる」
アストラル体とも呼ばれるモンスターを倒すと、その体に宿していたアストラルという神秘の根源を得て、自分の存在がより高みへと昇華し能力がアップする。それがヴァイオレットフェイトでのレベルアップだったが、その法則は今この世界でも成り立っている。
満月が空のてっぺんから動きアクアムーンの実体化が終わるまでの間に、15匹も倒すことができた。
俺は体がずっと軽くなったことを感じながら、水中から外に出た。
「これだけ倒せば相当レベルアップできたんじゃないかな……よっ!」
近くを高速で飛んでいたアブに似た羽虫に手を伸ばすと――ミ゛ィィミ゛ィィ――手の中から羽音が聞こえる。
空を飛びまわる虫を素手で捕まえられるとは、反射神経と素早さがかなり上がってるな。湖の中で力が強くなったこともリアルタイムで感じられたし、たった一晩でパワーもスピードも反射神経も、全てにおいて成長した。
これが、今日ここに来た理由だ。
満月の夜にしかできないレベル稼ぎ。今日を逃せば次の満月は一ヶ月後。だから今日じゃなければいけなかった。
「……っと、この暖炉石も使っておかないと」
4月とはいえ夜中に裸で水に濡れるとかなり寒いよね。
風邪でも引いて訓練できなくなったら速攻で強くなるどころじゃなくなっちゃうから、体をしっかり暖めないと……ってことでこの暖炉石の出番ってわけ。
「あ~生き返る~」
暖炉石を胸の前で手のひらに乗せていると、俺の周囲の空気だけ暖房の効いた部屋にいるようだ。
カイロ+10って感じの性能、10分間も夜中に水に入って冷えた体も紫色の唇も一瞬で温かみのある色に戻った。
「よし、これで病気の心配もなし、この世界の道具は便利だな。……そして最初の一手は無事うまくいった」
強くなるための基本はレベル上げ。
ここで稼いだからには、基礎能力的には少なくとも4月に起きるイベントやバトルに必要な水準は超えられたはずだ。
だがもちろん、それだけでこの先のイベントを、ボス戦を、原作通りには乗り切れない。この強くなった体で学校の訓練をして、スキルを身につけ盤石にする!
……と、その前に。
「ステータスオープン! ………………やっぱりないか」
ヴァイオレットフェイトのゲームではメニュー画面をもちろんいつでも開けたが、さすがにあれはゲームのUI的なものでこの世界の法則ではなかったようだ。
まあそれは予想がついていた。モンスターとの戦闘の際に、ゲームではあったダメージ数値の表示も体力ゲージもなかったからな。
そういった表示上のものはゲームだけのものということだな。
「満月が早い時期にあったのは幸運だった。他にもいくつか経験値稼ぎの候補はあったけど、弱い時期でも効率よく稼げるのはアクアムーンだったからな。さて、次の授業が楽しみだ」




