セントラードにて
翌日4月9日、剣術道場の朝稽古をこなし、俺は家を出た。
本当はここで訓練する時間があるなら、もっと効率のいいことをしたいのは山々だが、サボるとあのガルバーンにぶっ殺されかねない。
死んだら原作を守れないので、参加しなければ。
ま、朝に体を動かすとエンジンかかるし、それもまたよしとしよう。
今日は土曜日で学校は休み。
冒険者学校も週休二日だ、と言っても生徒を休ませるためではなく、冒険者として活動するまとまった時間のため。日をまたいで丸二日くらいかかる採取依頼や討伐、ダンジョンも珍しくはないからな、休みが日曜だけだと活動がかなり制限される、ってことで土日は授業がない。あくまでも、自主活動のための休みだ。
そういう意味では俺は模範的な生徒だろう。今日出かけるのも、冒険者として強くなるためなんだから。
ハイド家を出た俺は、 セントラードの通りを南へと向かう。
ハイド家はセントラードの町の北地区にある貴族街にあり、シェオル冒険者学校は他の学校や神殿などがある東地区にあるが、今から向かうのは中央地区。
そこにあるのは、
「うおおお……さすが商業エリア、人も店も多いな!」
セントラードの中央は様々な店が建ち並んでいる。
少し歩くだけでも、箱に剣や槍が差してある武器屋、ショーケースにこれみよがしと金ピカの鎧を見せつける防具屋、いい匂いがドアの隙間から漂う肉料理屋、刺激臭が煙突から立ち込めるポーション屋。
多種多様な店が軒を連ねていて、さらにそこに出入りする多くの住民や旅人、呼び込みをする店員、根切り交渉の必死な声に対していい加減にしろという怒鳴り声。
とんでもなく賑やかで、他の地区と同じ町とは思えないほどだ。
他にも翼人の彫刻が見事な大きな劇場があったり、露天やフリーマーケットのシートがたくさんある広場があったりと覗いてみたい場所が目白押しだが、今日は行くところがあるんだ。
「ええと道具屋は…………うおっと、人が多くて、痛っ!踏まれた!」
電車が遅延したときのホームかよと思いながら、なんとか目的の道具屋を見つけた。
と、その時。
「もー、人多すぎるよこの町! 大丈夫プラチナ?」
「プラチナは苦手……でも、仕方ない。我慢」
聞き覚えのある声が道具屋の方からする。
あれは……クラスメイトの『シキ=ウィンドバード』と『プラチナ=ウォーカー』だ、彼女たちも道具を買いに来てたのか。
まあおかしいことじゃない、生徒が何か買うならここの店を使うだろうし。
二人は店に入っていった。
俺も同じ店へと入っていく。
店はそこそこ広く見えたが、中に入ると棚だらけでかなり狭く感じる。
その棚にはもちろん、様々な道具が並んでいる。
一足先に店に入っていたシキとプラチナの二人も、数多くある道具に目を奪われていた。
「シキ、ポーション買おう。今度実習ある」
「あー、必要か。あの森モンスターも出るって話だもんね。じゃあポーションは買うとして、他には…………ねえ、見て見てプラチナ! 宝石みたいなきれいな石! 冒険に使う道具ってこういうのもあるんだね!」
「シキ、はしゃぐとこける」
「大丈夫大丈夫、そこまでドジじゃ……あっ」
「シキ!?」
案の定棚に膝をぶつけてシキがバランスを崩した。
プラチナは焦って体で倒れ込んでくるシキを受け止める。
……が。
「ナイス反応、プラチナ」
シキは全然余裕そうに自分でバランスをとっていた。
フリ、だったか。
シキはからかうようにプラチナの広げた腕の中に入っていって、
「あー、やっぱりプラチナはふにふにしてていいなー。どうやったらそんな肌になるの? 羨ましい~」
「シ・キ」
「ん? なにむぐ!?」
プラチナがシキの頬を挟んだ。
「やめてー、変な顔になる。ごめんて! ね!」
「プラチナはいかっている」
あぁ~、これをプレイヤーは望んでたんだよ。
ぼくたちはこういう脳が回復する優しい光景を毎日見て過ごすべきなんだよね。
(はぁ……尊い)
この二人が仲良くしてるの、最高。
殺伐とした世界観のヴァイオレット・フェイトで一番の癒やし。それをリアルで見守れると尊さも倍増。
シキが背の高いプラチナにくっついていったの、いい。
不機嫌そうなプラチナと、笑ってるシキの組み合わせ。
でも俺にはわかってる、プラチナもシキが身を預けてきて嬉しいってね。ほら、あの瑠璃色の瞳を見てごらん。
このままずっとこうしていたい……。
原作でもこういうシーンよくあったなあ……。
やっぱシキプラなんだよなあ………………。
「……おっと、移動しないと」
シキとプラチナの二人が別の商品を見るために違う棚のところに移動していく。
俺は二人に見つからないように移動する。
当然だ、俺は壁でいいのだから。
俺はこの二人が好きなんだ、俺という異物が楽園に入りこまないほうがいい……おっと、次はそっちか、じゃあ俺も見えない位置にまた移動して……あ。
「ねえ、あの男の子って……」
ミスった……急にシキが引き返してきて、顔を見られてしまった。
俺はあわてて棚の商品に集中して気づいてないフリをする……いけるか?
プラチナもこちらを見る。
俺が見ていたことは気づいてないようだが……。
「クラスで見た、あの顔」
「だよね。…………ねえプラチナ、名前覚えてる?」
「ううん、プラチナの印象にはない」
「私もだー、名前知らないのに話しかけるの気まずいし、気付かないことにしよ」
「それが賢い」
そして二人は会計をして道具屋を出ていった。
……泣いていいか?
「でも俺は影だから。二人を守ればそれでいいから……いいんだ、いいんだよこれで……」
でも本当は?
名前くらいは覚えててほしかったよチクショウ!
……さて!
萎えてる場合じゃない、ここに来たのはそもそも俺が欲しいものがあるからなんだ。強くなるための買い物をしないと、ただクラスメイトに名前覚えられてなくて凹んでるヤツになってしまう。
というわけで、俺がカウンターに持っていったのは、さっきシキが見ていた赤い石だ。
勘違いしないで欲しい、あの二人が触ったものだから欲しいなんていうキモいことでは断じてない。
これは『暖炉石』と呼ばれる魔道具で、暖かい熱を発する石。
体を温めたり乾かしたりということに使えるので、寒い場所や水のある場所へ冒険者が行くときに利用される。
こいつがぜひとも必要なんだ。
それと、こっちも重要、『空気飴』を買っておく。
舐めていると中から空気が出てくるという風の魔術を込めた特性飴。
この二種類を何個か購入した。
俺は大金を持ち歩いてるわけではないけど、道具を普通に購入するくらいのお金は持っている。金がなくて盗みでもされたら家の名に傷がつく、って言われながら小遣いもらってるからね。
夜の街で遊び歩いたり、高級な武具を買ったりできるには足りないが、普通の道具を買ったりするくらいならなんとかなる。
「さて、準備は整ったな。この二つの道具も揃えたし、向かおう」
向かうべき場所は、セントラード南にある湖だ。
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