鍛錬、そして実地訓練
クラゲ稼ぎで己を鍛えた翌日の日曜日、4月10日。
学校は解放されているので、俺は学校に行き斥候学科の訓練をしていた。
この前もやった、訓練用人形を相手に急所を狙うアレだ。
昨日アクアムーンを狩って基礎能力のレベルを上げた今やれば、前よりも効果的なはず。さあ、やろうか。
最初は前と同じく弱点を問題なくつける。
そしてしばらくすると、訓練用人形が動き始めた。
訓練用人形が逃げたり攻撃してくるようになった、前はここからがなかなか弱点をつけなくなってしまったのだ。
今回はどうだ――。
「――――ここっ!」
俺は殴りかかってきた人形の手を身をかがめてかわし、そのまま右膝をナイフで切りつけた。ピンポンと音が鳴り響き、人形の脚がぐねっとなって転ぶ。
「よし、いけるぞ!」
人形が動きながらでも、右膝のかすかな変色に気づき、攻撃をかわしながら反撃に転じることができた。しかも俺自身の動きも速くなってて人形を余裕を持って避けられたし、当てられたし、なんなら倒すこともできた。
動体視力、反応速度、スピード、破壊力、いずれも間違いなくこの前の訓練の時よりずっと力がついている。
今日の訓練はきっと捗るぞ。
「ふううー、いい汗かいたね」
お昼まで延々と人形相手にやりあい、昼飯を食ってからもすぐに再開。
さらに難易度があがり、動きは素早く、兆候はわかりにくくなる人形相手に、弱点を突き続けた。
俺以外にも自習の生徒はいて、斥候学科や他にもグラウンドで戦士学科や魔術学科の訓練をしている姿があったが、時間とともにその数は減っていった。
昼過ぎには10人くらいいた生徒は、9人、8人……5人、4人……そして午後6時くらいだろうか、夕焼けが真っ赤に燃える時刻になると、俺一人になっていた。
だが俺はさらに続けていく。
体力も集中力も限界――だっただろう、昨日までなら。
だが昨日のレアモンスター狩りのおかげで、俺の肉体は長時間の訓練に耐えられるようになっていた。まだまだ鍛えられる。
太陽が沈むと暗くなり難易度がさらに上がる。
月明かりを頼りに微かな違いに気付くのは難しい。
「でも、そのほうがより訓練の効果はありそうだ。まだまだまだまだまだまだまだまだ!!」
誰もいない訓練場で、人形と俺の立てる音だけが真夜中まで響き続けた。
結局日付が変わるまで訓練をやり続けてしまった。
連日の睡眠不足はこたえるけど、”できる”と気持ちよくなっちゃうもんだよな。
レベルアップしたとはいえさすがに疲れたが、しかしナイフに埋め込まれた星石が夜の暗闇の中、徐々に光を増していきやる気はさらに増していった。
きっとあれは、俺の中の星の記憶が成長してる証拠に違いない。どんどん目当ての強スキルに近づいているってことだ、あと数日これを続ければきっとたどり着ける。
と、希望とともに翌日、4月11日月曜日の朝を迎え、平常授業のある学校へと俺は登校した。
いつものようにまずは座学があり、その後は実技授業――と思っていたのだが。
我が2組の担任であるマリエーヌが、教壇であの豪快な声を響かせる。
「さて、入学して今日でちょうど一週間だな、どうだった? ああ答えなくてもわかる、バシバシ鍛えられて最高だったって言うんだろう? だけど、もっとやりたいことがある、そうだよなあ!」
教室がざわつく様子を見て嬉しそうに笑うマリエーヌ。
「うちの生徒なら、やっぱ実地訓練は外せねえだろう!?」
教壇を降りて、生徒の席の間をゆっくり歩きながら続ける。
ドン!
俺の肩に手を乗せてきた、ビビるからやめて欲しい。
「というわけで、今日はこれから演習林の説明をその場所に赴いて行う。各自武器を持って表に出な!」
校舎の裏には訓練のためのグラウンドが広がり、そのさらに裏には大きな森が広がっている。
これは演習林と呼ばれていて、モンスターがいたり、洞窟などのダンジョンもあり、実践訓練には最適な場所とされている。
ぶっちゃけただの森。このセントラードの町の東に元から広がっている自然の森を演習林と呼んで使ってるんだ。
この演習林の案内は、1年生全員でのイベントだった。3組までの3人の教官達に引率されて、生徒達は演習林の奥へと進んで行く。時折開けた場所があったり、小高い丘があったり、小川が流れていたり、森の地形は多様だ。
気持ちのいい森の空気を肺いっぱいに吸い込みながら歩いていると、今度は森の地面にぽっかりと口を開けた大穴があった。
教官が穴の入口に立って言う。
「これがダンジョンだ。演習林にはいくつかこういうのがあるが、難易度はさほどではないから積極的に入って訓練しろよな。もちろんセントラードの町の周辺にはもっと色々ダンジョンがある。腕に自信があるならそっちに行ってもいいからなー」
こういういくつかあるダンジョンのうちの一つが入学式の日に主人公達と俺が行ったやつだ。あれは、最近起きた地面の崩落で見つかった新しいダンジョンらしい。
このセントラードの地では、新たなダンジョンが見つかることも珍しくない。だからこそ、多くの冒険者が集まるし、冒険者学校なんていう代物もある。
教官達に連れられて、ダンジョンの中に俺たちは入っていく。
この洞窟はかなり広く、大勢の生徒が一度に入れる。前のは狭かったが、ダンジョンも千差万別ってことだな。
「ダンジョンってやっぱりモンスターいるのかな?」
「そのために一昨日ポーション買った。それより暗いから足元気をつける」
ダンジョンを歩いていると、聞き覚えのある声が……。
うおっ!
ダンジョンを観察しながら歩く俺をすーっと追い抜いていったのは、道具屋ぶりのシキとプラチナだった。
シキとプラチナは手を繋いで暗闇の先へと進んで行く。
……いいねぇ。
俺は三歩下がって二人の後を歩いていた。
ゲームでも主人公を操作して、このくらいの位置をよく保ってたなあ。
『ベタベタベチャ』
ん?
なんか不穏な音が?
右から何かが貼り付くような音が聞こえた。
最後尾を歩く俺しか気づいていないようだ。視線をちらりと右の洞窟壁へと向けると、
『ベタベチャベチャ!』
そこにいたのはトカゲのゾンビみたいなモンスター、ネクロリザードだった。
胴体の長さは1mくらいで尻尾が切断されっぱなしの、アンデッドのオオトカゲだ。
ネクロリザードは俺を見つけると、吸盤の手足で素早く壁を這い天井を縦横無尽に歩き回り――そして真上から俺に攻撃をしかけてきた。
「良かった、クラゲ倒してて」
だが、今の俺にはネクロリザードの動きは十分捉えられる速さだった。
天井を移動する様子を確実に捕捉し、落下しながら牙を突き立てて攻撃してきたところを、体を必要十分なだけスライドさせて避ける。
そしてネクロリザードが地面に落下したと同時に――剣を腹に突き立てる!
『キュボボオオオオオ!!!』
腐った肉が弾けるような音と共に腹を剣が貫き、俺はネクロリザードを撃破した。
――あっさりだ、思ったよりだいぶ。
雑魚モンスター相手なら全然やれるくらい、俺は強くなれている。
自信と希望がわいて来るじゃあないですか。
確かな手応えを感じながら、俺は先を行く生徒たちを追って洞窟の奥へと足を早めた。
すると前の方でもモンスターが現れていて、教官が生徒たちにモンスターの解説をしつつ、実際に生徒の何人かにモンスターと戦わせているところだった。あれは動くキノコのモンスター、ロームマッシュだ。初歩的なモンスター戦闘のレクチャーという感じかあな。
ロームマッシュを倒すと、再び生徒たちの一団はダンジョンを奥へと進む。
そうするとまたモンスターが現れ、教官の解説とサポートつきで倒す。そしてさらに進んでいく、といった感じでしばらくモンスターを倒しつつダンジョンを進んでいたが、マリエール教官が、くるっと回れ右をした。
「ダンジョンの勝手はわかったな? わかったなら今はここまでだ。森に戻るぞ!」
えーーーーー、と一部の生徒たちからのブーイングが上がる。
だがこれはあくまでも生徒たちへのダンジョンのレクチャーであって、最奥を目指すものではないのだろう。中途半端で物足りなくはあるけど、俺達は洞窟入口に引き返した。
「不満げな顔のやつもいるな。ははっ、心強いじゃあないか。心配するな、ダンジョンは逃げない。いつでも自主的にここのダンジョンに来て己を鍛えていいからなあ! だが今日は演習林の奥まで行くのが優先だ! さあ、もう半分までは来た。森を進むぞ、遅れるなよお!」
マリエール教官が激を飛ばし、俺達生徒は再び鬱蒼と茂る森を奥へと進んでいく。
演習林に入ってから1時間半ほど経った。
俺達はついに森の一番奥までたどり着いていた。
ここからさらに進むと森から山へと続いて行くが、斜面に入る前で引率している教師達は足を止めている。
「ここより先はかなりモンスターが強くなるからな。山にはドラゴンまでいるし、よほど実力をつけるまでは行かない方がいいぞ! うっかり山に迷い込まないよう気をつけろ! ……さて、お前ら言われた通り武器は持ってきているな? モンスターの相手も私たちが見てる前でやってみて多少は勝手がわかってきたな? よし! それじゃあ残りの時間は各自でこの演習林を使って演習をせよ。17時には教室に戻ること。以上!」
教官の手とり足取りの案内モードはそこで終了し、ここからは各々の自習となった。
森を引き続き探索する者、途中まで入った洞窟に再度挑む者、サボって帰ろうとする者など色々だが、それにあわせて生徒達は自然といくつかの集団に別れて動き始めた。未知の場所でモンスターも出るところを一人で行動する剛の者はさすがにそういない。
1年2組の生徒で森を引き続き探索することにした一団も、そんな集団の1つだ。
十人強の中にはシキやプラチナ、ローランに他にも見知った顔がいる。
俺もその集団に加わり、ロームマッシュやフォレストインプなどの小型モンスターを倒しつつ、森を探索していく。フォレストインプは土魔法を使い泥弾を飛ばしてくる小悪魔で多少厄介だが、こちらの数が圧倒的に多いこともあり、無事に森の中を探索していくことができた。
「先生なしでも全然なんとかなるね」
「確かに。俺たちだけでも演習林って余裕だわ」
最初はモンスターの出る森にいるということで緊張感があったが、自分達だけでモンスターも倒せたし演習林にも慣れてきて、2組の生徒たちは気が抜けてきている。
蝶々が優雅に飛び、岩清水をリスが飲みに来てたりというなんだか平和な風景も、それに拍車をかけている。
恥ずかしながら俺も油断してしまっていた。
だが、クラスメイトと雑談するローランの顔を見た瞬間、はっとした。
油膜を突き抜け記憶の底から浮き上がって来たものがあった。
この集団にローランがいるということは、それってつまり。
『グオオオオオオオ!』
空気を引き裂く咆吼が鼓膜を震わせた。
地面がドッドッドッドと激しく震動する。
その方向に俺たちが一斉に目を向けると、緑の中に異質なシルエットが見え、それはこちらに向かって高速で近付きみるみる大きくなり――。
「ドッ、ドラゴン!?!?」
「ドラゴンだあああああああ!!!」
「きゃああああああ!」
グランドラゴン――地竜とも呼ばれ飛竜と対になる翼のないタイプのドラゴンが、木をなぎ倒しながら俺達生徒の前に現われた。
地竜は空を飛べない代わりに疾走能力が高いプレデターで、ティラノサウルスに似た姿をしている。その黄色い目が、叫び声をあげる生徒達の間を品定めするように動く。
思い出した。
これは原作にもあったイベント。
普通なら山にいて森には降りてこないはずのドラゴンが襲来し、演習中の生徒に襲いかかる。主人公ローランのクラスメイトも襲われ重傷を負い、モンスターの恐ろしさを知らしめるイベントだ。
その、襲われるクラスメイトは――。
地竜の目が俺で止まった。
『オード=ハイド』だ。




