1-8|母の声/還らなかった魂
納戸に続く扉が静かに閉じられると、旧宅の空気は、いっそう湿度を増したように感じられた。
璃空は、埃を払った段ボールの中から、小さなICレコーダーを取り出した。表面に貼られた「MOTHER_1120」の文字は、かすれて読めないほど古びていた。恐る恐る再生ボタンを押すと、かすかなノイズの中から、静かな女性の声が流れ始めた。
眠るような、囁くような声。
「……リク、ごめんね……あの魂は……まだ返せなかったの」
一瞬、空気が逆流したような錯覚に襲われた。レコーダーから流れる母の声は、どこか現在の空間とは周波数が違うような、不自然なずれを伴っていた。
「八重おばあちゃんは、返そうとしたの。でも……できなかった。だから、わたしが……リク、あなたに……託すしかなかったの」
カチリ、と再生が途切れ、沈黙が落ちた。
璃空は動けなかった。
母の声は、罪を告白するようでもなく、誰かに背中を押されたようでもなく、決意だった。
自分は媒介する者だったのか? 誰かの魂を、母が、自分に……
不意に視界がちらつき、鏡台のほうに視線をやると、そこに映る自分の左目が、開いていた。
いつもの虹彩の奥、瞳孔のさらに奥に、幾何学的な円環が拡がっていた。
それは目ではなく、門のようだった。
「……これが、還らなかった魂の場所なのか」
璃空の声は震えていた。
レコーダーの再生ボタンがいつのまにか停止していたが、彼の耳には、まだあの声が残っていた。
「リク……あなたの目に、それが現れたとき……それが、始まりよ」
そのとき、鏡に映る左目の印が、わずかに蠢いた。まるで中の何かが、目覚めたかのように。




