1-3|父の断絶、祖母の失踪
璃空の研究室は、無数のガラス瓶と古文書が無秩序に並んだ静寂の巣だった。文化遺伝アーカイブと名付けたその空間は、学術と私的執念が交錯する聖域であり、他者の気配は一切排除されている。
デスクに積み重ねられた記憶DNA配列の複写。その合間に、父・蒼一が残したとされるスケッチの断片がひとつだけ混じっていた。
それは、一度も見たことのない「家の断面図」だった。だが、どこか懐かしかった。というより、奥底にしまい込んだ不安を呼び起こす不穏な筆致——その中心に、裂け目が描かれていた。
璃空は椅子の背にもたれ、目を閉じた。
「あの家の女たちは…時々、夢を本当に見るんだよ。」
あれは、璃空が十八歳の時。家を出る前夜、父がぽつりと漏らした言葉だった。普段は合理主義者を気取る男が、急に神話のようなことを言い出したことに困惑した記憶が蘇る。
それが、最後の会話だった。
翌朝、父蒼一は忽然と姿を消した。失踪届は出されたが、決定的な証拠も目撃もなかった。そして祖母・八重もまた、それよりさらに前に、長野の山中で消息を絶っていた。
ふたりの失踪の間にある共通項は何なのか? そして、八重が残した「貸魂帳」と「輪廻ノ不備」の言葉が意味するものとは?
璃空は棚から『東洋輪廻思想の非正規伝承』という古書を取り出し、ページをめくる。すると、頁の余白に鉛筆で書き込まれた走り書きがあった。
魂は、継がれるものではなく、貸し出されることもある
ふいに、左目の奥がじんと熱を帯びた。
璃空は鏡を見た。そこには何も映っていないはずの幾何学模様が、ふたたび微かに浮かんでいた。
彼の血に宿るものが、再び蠢きはじめていた。




