1-2|貸魂帳(かしこんちょう)
和室に灯した小さなランプの光が、黄ばんだ紙の縁を浮かび上がらせていた。
璃空は膝上に広げた古びたメモ帳の表紙を、もう一度、ゆっくりと撫でた。
貸魂帳 正統印保持者へ
筆跡は震えており、墨がところどころ滲んでいる。だが、書いた人物の意志だけは、不気味なほどに強く伝わってくる。
貸魂帳?
耳にしたことのない語。
「魂を、貸す……?」
その場に、薄い静けさが沈み込む。めくると、最初のページに短くこう記されていた。
輪廻ノ不備/印主:MIZUKI/時元不詳
まるで、それが事故報告書のように見えた。
輪廻ノ不備──輪廻という循環の中に、不具合が生じているという意味か。それとも、もっと根源的な系統の崩れを示しているのか。
そして、印主:MIZUKI
それは璃空自身の姓だった。自分の存在そのものが、なぜか報告対象として記載されていることに、背筋が冷たくなる。
「魂を貸すって、どういう意味だ……」
璃空は立ち上がり、階下に置いたノートPCを立ち上げた。「貸魂帳」──キーワード検索を試す。だが、ヒットはゼロ。代わりに、検索エンジンが提示したのは、「閲覧制限あり:特別保存区コードXX9-A」という文献名の断片だけだった。リンクを開こうとすると、「この文書は文化情報制限法によりアクセス不可です」という赤字の警告が表示された。
「……隠されてる?」
無意識のうちに、璃空の指先が左目に触れた。先ほど鏡に浮かんでいた印──魂の幾何は、今や何も見えなかった。だが、その存在の気配だけが、静かに、彼の中に残っていた。
ページの端に、もうひとつ短い一文があった。
失われた魂は、貸し出された記憶の中にある──Y.
璃空は息を飲んだ。
「Y」──祖母、八重(Yaé)。
彼女がこれを書いたのか?だとすれば、母の死、父の混乱、自分の出生……すべてはこの「貸魂」のシステムと、何らかの因果で結ばれているのではないか。
彼は手帳を胸に抱え、そっと目を閉じた。遠くから聞こえる雨音の中に、誰かの囁くような声が、確かに紛れていた。




