2-4|夢見の再発動
夜の帳が静かに降りる。璃空は机に置かれた小さな黒い石にそっと触れた。
夢見の石──かつて祖母が「これは見るためじゃない、還すためのもの」と呟いた断片を思い出す。手のひらの温度が吸い込まれるようにして、石は冷たさを失い、内側で微かに光ったように感じた。
ベッドに横たわり、薄く目を閉じる。
──その瞬間、世界が反転する。
揺れる火の粉、重たい鈴の音、風に舞う白い布。そこは、古代の儀式が行われている神殿のような空間だった。地面には朱色の文様が円形に刻まれ、中央には石の祭壇。何かが始まる気配が、空気を圧縮するように漂っていた。
儀式を主導していたのは、異様に背の高い男だった。彼の衣には幾何学模様のような印が縫い込まれており、顔の下半分は黒布で覆われていた。その右手に掲げられたのは、
魂之書
彼が何かを詠唱すると、祭壇の前に跪いた少女の額が淡く光を放つ。長い黒髪、伏せられた瞼、そして、
璃空は息を呑んだ。
その顔は、若き日の祖母八重と瓜二つだった。
いや、ただ似ているのではない。魂の深部で、同じ震えが起きていた。記憶のずれた重奏音のように、八重の感覚が璃空の皮膚を通して浸透してくる。
少女──八重に似た巫女は、胸元から黒い小箱を取り出し、それを祭壇に置いた。儀式を司る男は、ゆっくりとその箱を開ける。中には、漆黒の光を放つ一枚の板があった。
──黒曜石の石板。
そこには、言葉とは思えない形象が刻まれていた。幾何学と文字の境界が曖昧な、感情に似た構文。璃空が目を凝らすと、ある一節だけが浮かび上がってくる。
此の魂、印主により預けられしものなり。返還の刻まで、其の記録を義務とす──
それは、神話ではなかった。
制度だった。法だった。魂は記憶ではなく、運用単位として記録されていた。貸し、預け、そして還す──その手続きが、古代より契約として刻まれていた。
目の前の風景がざわめいた。地の底から囁くような声が響く。
「契約は、まだ終わっていない」
次の瞬間、石板が砕け、無数の魂が空中に放たれた。璃空は夢の中で激しく左目を押さえ、目覚めた。深夜三時。部屋の空気は冷え切っていた。
だが、左目の印だけは、熱を持って脈打っていた。




