2-3|輪廻の統計異常
璃空は白衣の袖を少し捲りながら、冷たい金属製の端末に指を滑らせた。研究室の静寂には、空調の微かな唸りと解析ソフトが吐き出す数値の音だけが漂っていた。
「輪廻回帰率統計、第七観測期までのクロス集計……」
璃空は、薄暗い室内に映し出されたグラフを見つめる。青く光る線は、通常の回帰を示す平均曲線。だが、そこから大きく逸脱する赤い点がいくつも浮いていた。規則性のない歪な群。それは明らかに、戻るべき場所に戻らなかった魂の痕跡だった。
「また……偏在してるな」
輪廻は直線ではない。だが、それでもある程度の統計的な癖は存在していた。年齢、遺伝傾向、死因、生前の精神状態──それらのパターンに沿うように、魂は次の器を探すはずだった。
だが、この異常群は違う。
「未返還個体、32体……それも、RNR-3陽性因子を持つケースばかり……」
璃空は背筋に冷たい何かが這い上がるのを感じた。RNR-3──正式には「Reincarnation Return Negative Type-3」。俗に回帰不能性因子と呼ばれ、過去に数例のみ確認された帰れなくなった魂の遺伝的印だった。
ふと、璃空は自分の名で照合された最新の検体データに目をやる。
そこには、赤文字で警告が浮かんでいた。
「陽性検出:RNR-3/観測対象コード:MIK-RIKU_28」
「俺にも……入ってるのか」
小さく呟いた声が、研究室の壁に吸い込まれていく。璃空は立ち上がり、コンソールに映し出された自己データを凝視した。脳神経パターン、細胞記憶断片、そして無数の精神波形。そのすべてが、回帰不能性の濃度を示していた。
「……祖母だけじゃない。俺も、返せていないのか」
ふと脳裏に浮かんだのは、あの契約の石板だった。印主は魂を複数運用してはならない。返還の義務がある。
だが、もし八重が複数の魂を同時に保有していたとしたら──。その負債が、遺伝的情報として璃空に受け継がれたとしたら?
「回帰できない魂が……俺の中で止まっている?」
モニター越しに、自身の脳波の同期異常が揺れていた。高密度で保存された記憶領域。その一部が、明らかに自分のものではないリズムを持っていた。
璃空は、初めて自分の存在のどこまでが自分なのかを疑うことになった。
そして、ある予感が胸を走る。
誰かの魂が、まだ自分の中で眠っている。




