07.魔法使いと首都(1/3)
魔法士官学校に入学して、初めての休日がやってきた。
ミチル先生には「慣れない環境で疲れただろうからきちんと休むように」と言われたけれど、あいにく、やるべきことがあった。
「せっかく首都に来たんだから、観光しよう!」
これにマリカが賛同してくれて、久しぶりに私物の外套を身にまとった私たちは、寮母さんに外出の申請をし、女子寮のお姉様方に見送られて、学校の前から出ている乗合馬車へ飛び乗った。
ここ紅国の首都はいくつかの区画に分かれている。
例えば、魔法士官学校があるのは『魔法特区』。
首都の端っこに位置していて、首都の割には静かでゆったりとした時間が流れている。
商店街もあって不便はない。
でも首都というからには、もっと華やかで活気あふれる場所に行きたい!
そこで私たちが向かったのは、『商業区』だ。
商業区にはその名の通り、多くの商店が立ち並ぶ。
高級店が軒を連ねる区画があれば、一般人が利用する市場、それから、屋台や露店がしのぎを削る区画もある。
とにかく人の行き交いが激しい場所だと聞いていたけれど、――想像以上だった。
商業区で馬車を降りるなり、私たちは驚きのあまり立ち尽くしていた。
「すごい……。人間って、本当にこんなにたくさんいるんだ……」
私が呟くと、マリカも辺りを見回して呟いた。
「本当に……。これ、全部人間なのね……」
驚いたのは色彩の豊かさだ。
人間は赤、青、茶色に緑、それから金や銀と個性的な髪色ばかり。
服装も明るく華やかな色合いのものが多く、男性は細身のズボンに腰布を重ね、女性はスカートをはいている。
なんだか、舞踏会に紛れ込んでしまったみたい。
もちろん、店子も客も通行人も、誰も外套を羽織っていない。
私のいた白陰領もマリカのいた黒陽領も、人間は少数派だったから新鮮だ。
でも紅国の人口のほとんどが人間だから、おかしな感覚をしているのはむしろ私たちのほう。
こんな中にいれば、黒髪に暗い外套を纏う私たちは、まるで異端者のように映るのだろう。
好奇心や恐怖、侮蔑――そんな感情が交じり合った視線が痛い。
けれど、私たちとすれ違う人間たちは皆、大袈裟に避けて行ってくれたので、もみくちゃにならずに済んでよかった、と思うことにした。
一番大きな通りを越えて人間の波が収まってくると、私もマリカも周囲を見渡す余裕が出来た。
「じゃあ、シヅ。結納返しを選ぶの、手伝ってくれるかしら?」
「うん、もちろん!」
もともとは、商業区を当てもなくぶらぶらと練り歩くつもりだった。
けれど、乗合馬車の中でマリカがふと思いついたのだ。
「結納返しを用意しないと」と。
ちなみに、婚約のときに結納品を贈るのは必須ではないけれど、贈るのが主流らしい。
なお、私は贈っていないし、シロウ様からいただいてもいない。……『偽装婚約』なんだから当然だ。
「マリカがもらった結納品は、その指輪だよね?」
「え、ええ……」
マリカが照れたように顔を背け、代わりに私の前に手の甲を見せてきた。
細身の指輪に、濃淡様々な琥珀がふんだんに散りばめられている。まるで花束みたい。
「わあっ……! 素敵……!」
うっとりしてしまう。
その指輪の美しさはもちろん、意匠からマリカへの溢れんばかりの愛情を見て取れるから。
茉莉花が寄り集まったようなこの形は、マリカの『個人紋』だ。
『個人紋』は魔法使いの魔力を可視化し写し取ったもの。
魔力は、例えるなら指紋のように、一人一人異なる性質を持つのだ。
さらに憎いことに、マリカの個人紋を、琥珀――マリカの虹彩の色で表現している。
こんな結納品を贈るなんて、マリカの婚約者はなんてセンスのある方なんだろう。
マリカがそんな素敵な婚約者に恵まれたことが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「……なあに、シヅ。ひっどいニヤけ顔だけど」
「婚約者様に愛されてるんだねえ」
「もうっ、茶化さないでちょうだい!」
マリカは真っ赤な頬を隠すように、そっぽを向いてしまった。
早速私たちはマリカの結納返しの品を探し回り、気付けば、高級店の立ち並ぶ区画に入っていた。
庶民的な赤茶色の石畳から一転、白を基調とした石畳に変わり、建物まで淡い色で統一され、洗練された雰囲気が漂っていた。
「あの外套、素敵ね」
ふと、店先に飾られた外套に目を奪われて、マリカの足が止まる。
艶やかな濃紺のサテンは角度を変えるたびキラキラと煌めいて、まるで天の川を映した夜空のよう。
マリカの瞳も同じように輝いていて、これに決まるだろうな、と直感した。
案の定、マリカはてきぱきと確認を始めた。
丈はもちろん、生地の手触りや厚さ、ポケットの位置や大きさ、フードの形、シルエットまで。
結果、どこをとっても納得の逸品で、結納返しの品はとんとん拍子に決まった。
外套なら、魔法使いには着用義務があるから、何着持っていたって嬉しい。
いいものが見つかってよかった!
そうして、私たちは魔法特区へ帰ることにした。
もう少し観光したかったけれど、目的は達成したし、石畳に慣れていないせいで足がヒリヒリするのだ。
馬車駅に向かって、白い石畳から赤茶色の石畳へ、一歩足を踏み入れると――
「あ、あの! おねえちゃんたち!」
声掛けと同時に、首元がぎゅっと詰まって、思わず足を止めた。
振り返れば、小さな子どもが私の外套の裾をぎゅうっと掴んでいた。
その子は唐草のような蔦模様が裾に刺繍された外套を纏っている。
――魔法使いの子どもだ。
目深にかぶったフードからはみ出た鼻や頬、袖からのぞくか細い前腕は、春先にもかかわらず健康的な小麦色の肌をしていた。
「ぼくのおかあさん、しらない?」
そう言って顔を上げた子どもの、なんて可愛いこと!
顔立ちや声では分からなかったけれど、「ぼく」と言っていたからきっと男の子だろう。
ほっぺは丸みを帯びて、キュッと結んだ唇はヒヨコの嘴のよう。
おまけに、銀灰色の虹彩で上目遣いに見つめられると、心がきゅーんとなる。
マリカもその可愛さに圧倒され、固まってしまっている。
白陰や黒陽にいた魔法使いたちはみんな逞しかった上、子どもは少なかったから、私たちは子どもに対する耐性がまるでないのだ。
「まあ、迷子? 君、お名前は?」
「……ユヅキ」
ユヅキと名乗ったその子は、戸惑いながらもきちんと事情を説明してくれた。えらい。
聞けば、ユヅキ君のお母さんは「ここにいなさい」と言って、高級商店街のほうへ行ってしまったらしい。
それで高級商店街から出てきた私たちに、思い切って声をかけてくれたそうだ。
こんなに小さくて、急に一人ぼっちになってきっと心細いだろうに、泣きもせずに私たちに助けを求めてきて、なんて強い子だろう……。
ユヅキ君は置き去りにされたんだろうか?
でも、ユヅキ君自身は身綺麗で、困窮しているようには見えない。
単純にお母さんのご用事が長引いているか、行き違いで迷子になってしまったか……、そう思いたかった。
「しばらく待っても母親が現れなかったら、警備隊に引き渡しましょうか」
「そうだね、そうしよう」
マリカと私がユヅキ君から目を離してそんな会話をしていたときだった。
「あ! おかあさん!」
私の外套の裾をぎゅっと掴んだまま、ユヅキ君が走り出す。
「え!? ちょ、ちょっと待って、引っ張らないでー!」
母親を追う子ども、その力強さといったら!
引っ張られるがまま、私も走るしかなかった。




