05.魔法使いと魔法士官学校(2/3)
ここは『一年魔法特科』の教室。
カーン、と始業の鐘が鳴り、教壇から溌剌とした声が響き渡る。
「昨日も言ったが、改めて。このクラスの担任のミチルだ。よろしくな」
ミチル先生は空色の目で教室を見渡すと、白い歯を見せてニッと笑った。
そんなミチル先生に人当たりのいい爽やかさを感じつつ、私の関心は別のところにあった。
――熊みたい。
見上げるほどの長身はもちろん、外套が窮屈に思えるほど広い肩幅。
さらに開けた襟元からみっちりと太い首が見え、それでいて外套から覗く手首や腰はキュッと引き締まっている。
魔法使いに外套の着用義務がなければ、きっと素晴らしい筋肉を拝むことができただろう。
担任の先生がミチル先生でよかった。すっごく強そう!
「さて、早速だが、今日の授業を始めよう」
授業とはいうものの、今日やることは『校内探検、規則確認、魔力測定、その他確認事項』――要はオリエンテーションだと、昨日渡された入学のしおりに記載があった。
「まず初めに、おまえたちには実験台になってもらう」
ミチル先生の含みのある言葉とともに、数人の生徒が教室に入ってきた。
外套の徽章を見ると工学科の三年生のようだ。
生徒の一人が、真っ黒で、スイカみたいに大きな球体を、そっと教卓に置いた。
その球体を撫でながら、ミチル先生は言った。
「これは魔力量の測定を行う新型の魔装置だ。まだ実験段階だから、いろんなデータが欲しくてな。先輩たちのために一肌脱いでやってくれ」
そうして工学科の先輩方が見守るなか、新型測定装置での魔力測定が始まった。
まず測定を行ったのはマリカだ。
緊張の面持ちで自席から新型測定装置へ向かう。
「では、手のひらを広げて、新型測定装置の上に置いてください」
向かいに座る先輩の指示通り、マリカがおっかなびっくり新型測定装置に手を乗せる。
無理もない。
これまで何度か魔力測定を受けたことはあるけれど、こんな魔装置を使ったことなんてないんだから。
「一、二、三、はい、おしまいです。ありがとうございました」
マリカは拍子抜けした顔をして自席に戻って行った。
私もあまりに呆気なくてびっくりした。
今までの魔力測定では血が必要だった。
痛みなく魔力測定ができる魔装置を発明するなんて、先輩方ってすごいなあ!
次に私の番がやってきた。
軽い足取りで教卓に向かい、気兼ねなく新型測定装置に手を乗せる。
「一、二、三、はい、……おや?」
魔力測定を監督している先輩が首を傾げていた。
「申し訳ありません。うまく測れなかったようで。もう一度、お手をお借りできますか?」
「は、はい!」
先輩の心底申し訳なさそうな様子に、私は戸惑いながら再び新型測定装置に手をかざす。
「一、二、三、……はい、おしまいです。ありがとうございました」
先輩は穏やかに微笑んだ。
今度は問題なかったらしい。
一体何が悪かったんだろう?
でもとりあえず、新型測定装置を壊してなくてよかった、とこっそり安堵した。
* * *
魔力測定のあと、私たちはミチル先生に魔法士官学校を案内してもらった。
入学のしおりにあった『校内探検』だ。
校舎内だけではなく、敷地内の施設まで見て回った。
魔法士官学校の敷地はとにかく広い。
校舎を中心に男女別の学生寮や職員寮が並び、運動場や、魔法の実習に使う実習棟もあった。
そして校舎に戻ってきて、最後に連れて来られたのがこの食堂だ。
「少し早いが、混み合う前に昼食を終わらせるといい。仲良くしろよ」
ミチル先生はそう言い残して立ち去った。
だだっ広い食堂に取り残されたのは、たった四人。
私とマリカと、あと二人だけ。
それが今年、魔法特科に入学できた人数なのだ。
少ないけれど、それも当然。
魔法使いは数が少ないし、その中でも魔力量が多いのはほんの一握りなのだから。
しんとした食堂は寂しいけれど、気まずくはない。
入学して二日目とはいえ、寮母さんの計らいにより、入学前からクラスメイトとは交流を深めていたからだ。
「ね、ご飯、みんなで取りに行こうよ」
人懐っこい笑顔でそう言ったのは、ハクト君だ。
「うん!」「ええ、行きましょう」
その笑顔につられて、私とマリカも笑顔で立ち上がる。
初めて見たときから思っていたけれど、ハクト君はびっくりするほど可愛い。
高くまとめ上げられた黒髪はまるでリスの尻尾みたいにふわっふわで、銀灰色のつぶらな瞳は子犬みたいに愛らしく、しかも肌が真っ白でとってもきれい!
私より小柄で、声もまだあどけない。
本当に成人してるの? なんて思ったけれど、成人していないと魔法士官学校には入学できないのだから、疑う余地はない。
それにハクト君がつけている特徴的な紋柄のピアスは、とある地方の風習で成人男性に贈られるものだ。
ピアスには大きな漆黒の宝石まで付いているから、ハクト君は平民らしいのだけれど、かなりいいところの出自なのだと思う。
私は振り返って、もう一人に呼び掛ける。
「トウマ君も、一緒に食べよう?」
「いや、俺は……」
離れて立っていたトウマ君は困惑して、目を伏せる。
トウマ君は、最初に会ったときは正直、少し怖かった。
寡黙で無表情で、真っ赤な三白眼は私を射抜くように鋭くて。
でも今はもう大丈夫。
「もー、ミチル先生が『仲良くしろよ』って言ってたでしょ?」
「……あ、ああ、そうだな……」
こうやってハクト君が仲介してくれる。
「もしかしてトウマ君、女の子と食事するの、緊張するの?」
トウマ君は首の裏を掻きながら顔を真っ赤にして、それを見たハクト君はからからと笑った。
……ハクト君の言動にはときどき冷や冷やする。
トウマ君は伯爵令息だ。
私やマリカより家格が上。
その証拠に、トウマ君の胸には家門が浮き彫りにされた立派なブローチが輝いている。
でも、平民のハクト君にからかわれても怒らないんだから、相当心が広いと思う。
早く打ち解けて仲良くなれるといいな。
食事も一段落したころ、未だもりもりと食べ続けるハクト君が、ふと顔を上げた。
「そういえば、シヅちゃんとマリカちゃんはどうして魔法士官学校に来たの?」
私は一瞬迷って、でも正直に答えることにした。
「私は結婚相手を探してて」
私の一言に、トウマ君は顔をしかめ、ハクト君は首を傾げた。
マリカが呆れたように笑いながら、代わりに事情を説明してくれた。
「シヅのお父様以上に強い人じゃないと結婚を認めてくれないんですって」
「へー、大変だね」
ハクト君ったら、聞いてきたくせに食べるのに夢中で、返事が適当だ。
「もちろん、私だって強くなりたいって思ってるよ!」
「ふーん。でも、旦那さんが強いんなら、シヅちゃんは強くなくてもいいんじゃない? 旦那さんに守ってもらえばいいんだから」
「だって、一緒に戦いたいじゃない? 背中合わせで戦うのって、燃えるし!」
「そっかー……」
私の熱量に、ハクト君は明らかに引いていて、トウマ君はどんな顔をしていいやら分からない様子だ。
あれ? もしかして、大概の人は燃えない感じ……?
「み、みんなは違うの?」
マリカはくすりと笑う。
「まあ、強くなりたいといえばそうだけど。私は魔法が学べて、私の実力で入学できる一番いいところを選んだだけよ」
「そうなの?」
「そうよ。魔法が使えれば、領地経営にだって役立つでしょう? 私にどんな才能があって、具体的に何ができるかなんて、まだ分からないもの」
「そっか……」
私はてっきり、マリカも魔法士官を目指していると思っていた。
だってマリカの故郷である黒陽領の魔法兵団も強いし、マリカのご両親も元は魔法士官だったから。
でもよくよく考えてみれば、マリカは黒陽子爵の一人娘。
軍属するより跡を継ぐ可能性のほうが高い。
「でも、シヅみたいに目的がはっきりしているのはいいことだと思うわ。白陰子爵の教育の賜物ねえ」
「あはは……」
ちょっと棘を感じる。
無理もない。
なんせ私は、強くなりたい一心で素振りに興じる子どもだったので、お人形遊びがしたいマリカが仕方なく合わせてくれていたのだ。
友人で居続けてくれてありがとうっていつも思う。
「で、そういうハクトはどうなの?」
すでに興味をなくしていたハクト君に、マリカが尋ねた。
「え、僕? 僕は美味しい物を食べたくて」
「はあ?」
「首都にはたくさん美味しい物があるって聞いて、食べ尽くしてみたくって。
でも、いくら僕でも数日じゃ無理でしょ?
だから入学したんだ! 魔法士官学校の寮ってお金がかからないから長期滞在にうってつけでしょ!」
マリカもトウマ君も、目が点になっている。たぶん私もだ。
「それじゃあ、僕、おかわりしてくるね!」
「えっ、ハクト、あなた、まだ食べるの……!?」
マリカの驚く声に、「えへへ」と可愛らしい声と笑顔を残してハクト君は去っていく。
残された私たち三人は顔を見合わせる。
ハクト君のお代わりは、これで四度目。
すでに三人分の食事量を軽く上回っているのだから。




