15.魔法使いと春花侯爵令息(1/3)
私は来る日も来る日も魔力解析を受け続け、やっと百項目を消化した。
現時点では、特におかしいことは起きていない。
私の特性が判明するのには、まだ時間がかかりそうだ。
最初のうちは早朝も放課後も拘束されて大変だな、と思っていた。
けれど、魔法を使うのはやっぱり楽しい。
それに、最近は少しずつ魔力が制御できるようになってきた。
自分自身の成長を実感できて嬉しい。
今では、魔力解析は私の日常になっていた。
生活が落ち着いてきたところで……そろそろマリカに、私が婚約したことを伝えたい。
もちろん、本当のこと――『偽装婚約』とは伝えられない。
「とある侯爵令息と婚約した」と言うだけ。
相手は教えられない。
言いにくいことだけれど、だからこそ私の口からきちんと伝えるんだ。
個室のあるお店を取ろう。
いつがいいかな?
今度の休日……は雨だから、また来週かなあ。
今日も今日とて魔力解析を終え、部屋でそんなことを考えていた。
そのときだ。
トントントントン、と矢継ぎ早なノックのあと、「シヅ」と呼ぶ声がして、私は扉を開けた。
「マリカ、どうしたの?」
「ちょっと、入れてほしいの」
神妙な面持ちのマリカは半ば押し入るように部屋に入り、丁寧に扉を閉めた。
「ねえ、シヅ! あの噂、本当なの!?」
「う、噂?」
マリカは目を吊り上げ、鼻先が触れそうなほど顔を近付けてきた。
「シヅ、婚約したの!?」
「ええっ!?」
まさか、先に知られるなんて。
いやいや、それより、なんで噂になってるの!?
もちろん、辺境子爵家の養子が侯爵令息の婚約者になれば、それは噂になるだろう。
でも『偽装婚約』してからまだひと月も経っていない。
こんなに早く校内で広がるなんておかしい。
だって、私の婚約を言いふらすようなこと、父もシロウ様も絶対にしないはず。
特にシロウ様は身元が特定されるのを嫌がっていた。
父だって、大々的に喧伝するわけない。
そもそも、どういう経緯で私の婚約を知ったんだろう?
誰かが私に縁談を申し込んで、父が断ったんだろうか?
そのとき、事前の打ち合わせの通り『相手は侯爵令息です』の断り文句を使ったんだろうか?
それがたまたま魔法士官学校の生徒で、口が軽くて、面白おかしく広まってしまったんだろうか?
誰? 私に縁談を申し込んできたの、誰!?
ぐるぐると思考を巡らせているあいだ、私は目の前にマリカがいることを忘れていた。
「……そんな顔をするってことは、本当なのね……」
マリカはどこか寂しそうに言った。
当然だ。
私だってマリカにこんな隠し事をされたら寂しくもなる。
「ごめんなさい、マリカ。……その、言わなきゃって思ってたの。でも、ちょっと事情があって、言えなくて……」
私がしどろもどろに釈明すると、マリカは首を横に振る。
「いいのよ。春花の三男が相手だもの。仕方ないわ」
「……え?」
マリカに告げられた噂の婚約相手に、私の思考が完全に停止した。
……誰?
春花といえば、間違いなく『春花侯爵家』だろう。
紅国に存在する四つの侯爵家のうちの一つだ。
噂の上では、私の婚約相手はその春花侯爵家の三男様であるらしい。
しかし現実は――『偽装婚約』の相手はシロウ様で、シロウ様は夏炎侯爵家の八男だ。
そもそも春花侯爵家の三男様なんて、面識もなければ、お名前も存じ上げない。
呆然と固まってしまった私のせいで、マリカは今までにないくらい不安そうな顔をしていた。
「……え? もしかして違うの?」
思わず頷いてしまいそうになって――ハッとする。
シロウ様は先日、こう言っていた。
――「父に――夏炎侯爵に知られたくなくてね……」
――「だから、もし『婚約者は誰だ』と尋ねられても『侯爵令息です』で押し通してほしいんだ」
つまりシロウ様は、夏炎侯爵に『偽装婚約』のことを知られないために、私がどの侯爵令息と婚約したのか分からない状態を作りたいんじゃないだろうか。
なんでこんな面倒なことをするのかは、分からないけれど。
……いや、怒られるからだろう。
『偽装婚約』なんてばれたら絶対、夏炎侯爵に睨まれるからだ。
私も夏炎侯爵に目を付けられるのはごめんだ。
とにかく、現時点で『私の婚約者は春花の三男ではない』と口にするのは良くない気がする。
たとえ相手が親友のマリカであっても。
「な、なんとも言えないんだけど、その、婚約はしました……」
「そ、そうなの……。おめでとう、でいいの?」
「うん、一応……」
私は思わず目を伏せた。
ちっとも誤魔化せていない上に、親友に真っ向から『隠し事してます』と宣言しているも同然だ。
心が痛い。
「ごめんね……。話せるようになったら話すから、絶対」
罪滅ぼしにもならないけれど、謝る以外にやれることが見つからなかった。
ちらりと上目でマリカの様子を窺うと――マリカは笑っていた。
怒ったり、不機嫌になったって仕方ないのに。
「ううん、ありがとう。詮索なんてして、はしたなかったわね」
わざわざ自制の言葉まで付けて、私が気負わないようにしてくれる。
その気遣いが今はありがたかった。
マリカが私の手を取って、優しく指を絡める。
「でも、もし話せるようになったときは、絶対教えてね。私が一番にお祝いしたいんだから」
「うん、ありがとう、マリカ」
私が微笑み、絡む指にぎゅっと力を込めると、マリカは笑い返してくれた。
それにしても、春花侯爵家の三男って誰だろう?
私も一応貴族だから、当代とその後継者くらいは把握している。
けれど、さすがにそれ以外のご兄弟までは把握していない。
春花侯爵家とはこれまで親交もなかったし。
……そういえば、春花侯爵家には年の近いご令息がいた気がする。
そうそう、確か魔法使いだ。
畏れ多いことに、侯爵令息との婚約の噂が立ってしまった。
向こうの耳に入れば、それはそれは不快に思うことだろう。
すぐに対処――もとい謝罪できるように、どんな方かは調べておいたほうが良さそうだなあ、なんて思いながら、マリカに誘われるがまま夕飯へと繰り出した。




