14.魔法使いとクラス対抗戦
学校生活にも慣れたころ、魔法士官学校の一大イベント『クラス対抗戦』の日がやって来た。
クラス対抗戦――その名の通り、魔法士官学校で最強のクラスを決める、毎年恒例のイベントだ。
この日だけは、運動場が戦場に変わる。岩場や水場、雑木林に草原まで、あらゆる地形が再現されている。
私は運動場を覆う透明な結界の上で、クラス対抗戦の幕開けをドキドキしながら待っていた。
「まあ、一年生は見学だけどな」
「はーい……」
私がうなだれると、ミチル先生は苦笑した。
先輩方がどれほど強いのか、実際に体感したかったなあ。
それに、運よく活躍できるかもしれないのに!
しばらくすると校長先生が出てきて、クラス対抗戦開催の挨拶と、ルール説明をしてくださった。
ルールは簡単。
運動場を舞台に、生徒同士で戦う。
鐘が六つ鳴った時点で、運動場に残った人数が一番多かったクラスが優勝。
武器の持ち込みは一つまで。
魔法石は上級クラスには少なく、下級クラスには多めに支給されている。
そして、参加者は必ず『護石』を持つこと。
「護石って『持っているだけで恩恵がある』っていう、あれですか?」
「ああ、そうだ。クラス対抗戦では、『生身を傷つけない』『致命傷に相当する衝撃を受けると場外へ強制転送する』って効果の護石を持つことになってる。生徒が怪我しないようにな」
ミチル先生はさらりとそう言うけれど、護石って、目が飛び出るほどお高い。
生徒の安全のためにお金は惜しまないなんて、とてもいい学校だなあと思った。
カーン、と高らかに鐘の音が響く。クラス対抗戦始まりの合図だ。
中央の草原に先輩たちが一斉に転送され――開幕早々、目を見張った。
四年魔法特科の先輩方の、機敏で無駄のない動きといったら!
魔法も使っているけれど、それ以上に武器や拳で、斬って、殴って、薙ぎ払っていく。
容赦なく狙われ、まとめて斬り倒され退場した二年生一般クラスの生徒たち。
二年が狙われると油断していたら、裏をかかれて殴り飛ばされ退場した三年生たち。
あっという間に数が減っていく。
「皆さん、案外、魔法より接近戦を好まれるのね」
マリカの疑問に答えるのはミチル先生だ。
「自己強化魔法のほうが発動が早いからな。密集していても味方を巻き込みにくいし、妨害もされにくい」
体力や筋力を強化する魔法は、血中の魔力濃度を上げることで発動する。
派手なことはできないけれど、ミチル先生の言う利点をまざまざと見せつけられた気分だ。
「さて、序盤は終了ってところだな」
ミチル先生がそう言ったとき、一つ目の鐘がカーンと鳴り響く。
ここまでで約七割の生徒が退場した。
「シヅ、今から飛び入り参加するか?」
そう言ってミチル先生はからかうように笑う。
「いえ、謹んで見学させていただきます……」
運よく活躍できるかも、なんて思っていたことが恥ずかしい。私なんて一瞬で退場になるだろう。
人影のまばらになった運動場を見渡していて、ふと気が付いた。
ツバキ先輩の姿が見えない。
もう退場してしまったのかも? と場外を確認したけれど、いない。
どこかに身を潜めているようだ。
考えてみれば、クラス対抗戦は生き残った生徒が多いクラスの勝ちだ。
最初にある程度ほかのクラスの人数を削いだら、あとは潜伏し続けるのも手だろう。
ただ、そんなことは上級生だってわかっていて、隠れやすい茂みなどは特大の切断魔法でバッサリと伐採され、それに巻き込まれて退場する生徒も少なくなかった。
そして、潜んでいた生徒が移動しようとする隙を、別の生徒が討ち取っていく。
逃げる生徒が斬られ退場。
逃げる生徒を追った先で、敵の待ち伏せにはまって退場。
気付けば運動場はさらに静かになり、一人一人の動きを追う余裕が出てきた。
ある人は複数人に囲まれ、抜け出そうと飛び上がったところを狙撃され退場。
またある人は一対一の戦いで勝利した瞬間に狙撃され退場。
追う者と追われる者とが、遠くから狙撃され退場……。
「……なんか、さっきから狙撃強すぎない?」
そう言ったハクト君は、珍しく真剣な眼差しをしている。
でも、そこから狙撃が止んだ。
雑木林のあちこちで枝葉が激しく揺れる。
どうやら先ほどの狙撃で場所が割れてしまったらしく、数人で狙撃手を追いかけている。
狙撃手は再び身を潜めようと全力で逃げているけれど、追っ手を振り切れないらしい。
そうして雑木林のなかから岩場へ飛び出してきたのは――
「ツバキ先輩!?」
狙撃手はツバキ先輩だったのだ。
いつもの穏やかな雰囲気はどこへやら、緊張感で張り詰めた表情をしていた。
ツバキ先輩の逃げる先には、四年魔法特科の生徒が二人待ち構えていた。
さらに、後ろからも二人、四年魔法特科の生徒が追ってきている。
私は、もうダメだ、と思った。
けれどツバキ先輩は諦めなかった。
素早く短刀を引き抜くと四年生の攻撃を捌いていく。
最小限の動きで軽やかに躱し、短刀で相手の剣筋を逸らしつつ隙があれば突く。まるで舞うような優雅な動きに、私は手に汗を握った。
でも、やっぱり四対一は分が悪く、ツバキ先輩はじりじりと追い詰められていった。
ツバキ先輩は一人が振り下ろした剣戟をまともに受け止め、動けなくなった。
そこに別の四年生が魔法で炎を放つ。
大きな火柱はツバキ先輩と、鍔迫り合いになっていた四年生の両方を飲み込み、二人同時に退場となった――。
* * *
魔力解析で再会したツバキ先輩は、いつも通り穏やかな雰囲気をまとっていた。
クラス対抗戦のときのキリリとした顔が嘘みたい。
「最後まで残ることができませんでした……。お恥ずかしい」
「そんな恥ずかしがることなんて! 四対一だったんですよ! ツバキ先輩、とってもかっこよかったです!」
私が遠目で見て理解できたのは、一人が近接戦でツバキ先輩の足を留め、もう一人が魔法で焼き尽くしたところまで。
ミチル先生の解説では、それに加えて、一人が魔法でツバキ先輩の足元をぬかるませて固着し、さらにもう一人はツバキ先輩が結界を張るのを妨害していたという。
「そう言っていただけると、頑張った甲斐がありました」
ツバキ先輩は困ったように笑いながらも、満更でもなさそうだ。
そこで、ふと疑問が湧いた。
「こんなにお強いのに、どうして魔法特科じゃないんですか?」
純粋に、質問のつもりだった。
でもツバキ先輩は俯いてしまった。
もしかしたら、なにか深刻な事情があったのかもしれない、と今さら思い至る。
ツバキ先輩は小さな声で言った。
「……実は、私、血が苦手で……。実戦ではお役に立てないのです……」
ツバキ先輩はきまりが悪そうな顔をしていたけれど……私は親近感を覚えた。
ツバキ先輩にも苦手なものがあるんだ。
「それじゃあツバキ先輩は、魔法工学一筋で魔法士官学校に入学したんですね」
「はい、昔から魔法工学が好きで……。魔法工学を極め、世間の役に立ちたいと思っております」
ツバキ先輩は胸を張って、明るい笑顔でそう言った。
同じ学校にいても目指すものは違う。
でも、思いは似ている。
ツバキ先輩は世間のために。
私は家族や領民、シロウ様のために。
尊敬できる先輩に出会えたこと、そんなツバキ先輩との小さな共通点を見つけたことが嬉しくて、胸の中がくすぐったくなった。




