12.魔法使いと魔力解析(3/4)
放課後、私は第五実習室で魔力解析を行っていた。
ミチル先生は開始早々に呼び出しがかかり、今はツバキ先輩の指示で魔力解析を進めている。
「では、なるべく早くこの水瓶を水で満たしてください」
ツバキ先輩が両手で抱えるほど大きな水瓶を机の上に置いた。
「はい!」
私は米粒大の魔法石を握り締めて、叩きつけるような雨を想像した。
すると、たちまち大粒の水滴が滴り落ち、水瓶を満たしていく。
水瓶が水でいっぱいになったその瞬間、魔法を切り上げようとした。
けれど、魔力がびよーんと伸びて、どうしてもうまくいかない。
結果、魔法石は使い切ってしまうし、水が溢れて机も床もびしょ濡れになるしで、散々だ。
「あああ……」
私は頭を抱えた。
魔法の制御ってこんなに難しかったんだ。
みんな――父も母も兄も周りの魔法使いたちも当たり前のようにやっていたけれど、実はあれ、すごかったんだ。
「よくできました。とても早かったですね」
落胆している私に、ツバキ先輩はそう言った。
目の前に広がる水溜まりなんてまるで視界に入っていないかのような明るい声だった。
測定項目は『なるべく早く瓶を水で満たすこと』。
だから、この惨状は関係ないといえば関係ない。
でも分かっている。
ツバキ先輩は私のことを気遣って、わざと前向きな言葉を選んでいる。
それがすごく申し訳ない。
「でも、机も床も濡らしてしまいました……。すみません」
「シヅさんが謝ることではありません」
そう言ってツバキ先輩は机に向かって手を翳す。
すると、こぼれた水が宙に浮かび、ふっ、とかき消えた。
「わあ! すごい!」
さすが三年生。
魔法を使うのはお手のもの、といった感じだ。
「シヅさんはまだ魔法を使い始めて間もないのですから、魔力を制御できなくとも当然です。
ひと月も授業を受ければ、自然と身に付きますよ」
そうか、そういうものなんだ。
私が特別に不出来なわけじゃないんだ。
「それから、何度も繰り返し練習することも肝要です。次の項目にいきましょう」
「はい!」
それからしばらく、魔力解析を続けて実施した。
水を凍らせたり、氷を解かしたり、ツバキ先輩が用意した細長い板きれを燃やしたり、錘を浮かせたり、その錘を風で飛ばしてみたり。
相変わらず魔法石を使い切ってしまうのだけれど、ツバキ先輩はそれを咎めることも笑うこともない。
「よくできました」とまず褒めてくれる。
その上、ツバキ先輩はとにかく褒め上手だ。
「さすがですね」「お上手ですね」「素晴らしいです」……。
魔法を使えるだけでも嬉しいのに、こんなに褒められると胸が弾む。
……もちろん、お世辞だとは分かっているけれど。
「では、ここで休憩しましょう」
「え? もうですか?」
「ええ。シヅさんがてきぱきと進めてくださったので、私が監督できるものは完了しました」
魔力解析の一覧を見ると、確かに、ミチル先生が「ここまでなら進めて構わない」と言い残したところまで終わっている。
あっという間だったなあ。物足りない気分だ。
「あの、もう一つくらい、進めませんか?」
「私の一存では駄目なのです。シヅさんが倒れてしまっては困りますから」
「そうですか……、分かりました」
そうして、ミチル先生を待つあいだにも、ツバキ先輩は気を遣って話しかけてくださった。
学校には慣れたか、授業ではどんなことをしたか、寮生活に不便はないか、そして――
「シヅさんはどうして魔法士官学校を志望したのですか?」
「ええっと、私、強くなりたくて」
戸惑いつつ、でも正直に言った。
笑われるかな、とも思ったけれど、嘘をつくのは得意じゃない。
「まあ! 素敵ですね」
ツバキ先輩の含みのない真っ直ぐなその言葉に、私は虚を突かれた。
「強く、ということは『黒烏』を目指していらっしゃるのですか?」
「あ、ええっと、はい!」
私の『強くなりたい』という気持ちを、具体的な形で受け止めてもらえるなんて。
「あの、でも、私、『紫』なのに、『黒烏』になれるわけないですよね……」
『黒烏』――皇帝陛下直属の魔法使いのことだ。
それこそが魔法使いの最高峰なのだと聞かされていた。
私がおいそれとなれるものだとは思えない。
「それは誰にも分からないことです」
「そ、そうですよね……」
私は俯いた。
……心のどこかで慰めの言葉を期待していた自分が、恥ずかしくなったから。
「でも、それで諦めるのはもったいないと、私は思います」
ツバキ先輩の言葉に私が顔を上げると、その清かな緑の眼差しに目を奪われる。
「シヅさんは『紫』なのですよ。
それだけで、すでに紅国の魔法使いとしては上位にいるのです。
そのうえ、シヅさんはさらなる向上心をお持ちで、驕らず、魔力解析のような地道な作業にも真面目に取り組み、さらには、魔力の制御にも何度も挑戦されています」
……突然賞賛を浴びせられて、なんだかむず痒い。
「ですから、どうか、後ろ向きな言葉を仰らないで。ぜひ『黒烏』となった姿を想像してください」
「『黒烏』となった姿……?」
そんなの、これまで考えたこともなかった。
どこか夢物語だと思っていたから。
「魔法は『自分が何をしたいのか』を思い描くことが大切、と教わったでしょう? どんなことでも、できると思えばできますし、なれると思えばなれます。私たちは魔法使いですから」
ツバキ先輩の表情は穏やかなのに、その言葉は力強い。
そうか。
私の言葉を真剣に受け止めてくれるからこそ、簡単に慰めの言葉をかけたりしないんだ。
――ツバキ先輩は、とても誠実な方なんだな。
私はドキドキしていた。
身体中が熱くて、頭がふわふわして、――ずんと倦怠感が押し寄せてきた。
……何か変だ。
「シヅさん!」
視界がガクンと揺れ、床板が目前に迫る。
けれども、綿のような柔らかい魔力に包まれて、衝突は免れた。
起き上がろうとしてもまったく力が入らない。
「動かないでください。魔法の使い過ぎのようです」
「ぇ……?」
気付けば声も出なくなっている。
「申し訳ございません、監督していながら……!」
痛々しい表情のツバキ先輩がぼやけていく。
魔法の使い過ぎで倒れるって、こんな感じなんだなあ。
真っ暗闇のなか、焦る吐息に慌てる足音、途中からミチル先生の声も聞こえていたけれど、それもだんだんと遠ざかって、私の意識は深く深く沈んでいった。




