10.魔法使いと魔力解析(1/4)
私とマリカが登校すると、教室の前でミチル先生が待ち構えていた。
「昨日は災難だったらしいな」
私もマリカも目を丸くして顔を見合わせた。
ミチル先生は昨日の誘拐未遂事件のことを父から聞いたらしい。
白陰領への帰り支度で慌ただしい父にも手間取らせてしまったな、と申し訳なくなる。
「怖かっただろう。辛かったら授業中も無理をするなよ」
ミチル先生は気遣わしげにそう言った。
担任の先生がミチル先生で良かったな。
筋骨隆々で大きくて、見た目こそ豪胆な印象だけれど、こういうふうに私たちのことを慮ってくださる。
だからこそ、ミチル先生にまで心配をかけてしまったことを後悔していた。
観光に行こう、なんて呑気なこと、言い出さなければ良かった。
そんな考えが頭をよぎり、私がわずかに目を伏せたのを、ミチル先生は見逃さなかった。
「あいつらは、まだ魔法を使えない若者を狙う姑息な連中だ。お前たちは何も悪くない」
ミチル先生はきっぱりと言い切った。
声音は優しい。けれど、どこか沸々とした憤りもあって、その矛先は私たちではない、というのも分かる。
「それにしても『魔狩り』か。困ったな、まだ活動期じゃないと思っていたんだが」
『魔狩り』。
魔法使いを誘拐する組織だ。
本当は『なんとかな魔法使いをどうにかするなんたらかんたらな狩人の会』みたいな名前だったと思うけれど、名前が長いので大体みんな『魔狩り』と呼ぶ。
「確かに、少し早いですよね」と、マリカが頷く。
「ああ、俺たちも完全に油断していた」
理由は分からないけれど、『魔狩り』は五年周期で活動する。
でも、前回の活動期は三年くらい前だったはず。
だからこそ私たちも『魔狩り』は出ないだろうと高を括っていたし、警備隊だって厳戒態勢というわけではなかったのだ。
「とにかく、生きて帰ってきてくれて良かった」
ミチル先生のしみじみとしたその一言が、なんだか、ひどく私の胸に刺さった。
『魔狩り』の本拠地から逃げおおせた魔法使いの数は、片手の指で足りる。
もし、父や母が私たちを見つけてくれなかったら。
もし、シロウ様が助けにきてくれなかったら。
私たちは今日、この場にいなかっただろう。
今、学校にいることが奇跡なんだと、ミチル先生の言葉で痛感する。
ミチル先生は微笑んでくれた。
けれど、その笑顔は溌剌としたものではなく、焦燥感を含んでどこかくたびれた印象を受ける。
本当に、すごく心配してくださったんだ。
私は悪くないと言われても、予測できないことであったにしても、やっぱり心が痛む。
「ミチル先生、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いや、迷惑だなんて――」
「私、強くなって、今度は『魔狩り』を捕まえてみせます!」
ミチル先生は目を丸くしたあと、プッと吹き出した。
「あっはっは! 頼もしいな! ああ、楽しみにしてるよ」
ミチル先生の笑い声はカラッと晴れやかで、表情も明るさを取り戻していた。
こう宣言した手前、絶対に強くならないと!
「それはそうと……。シヅ、お前、敵に突っ込もうとしたんだって?
この前の授業でも火に突っ込もうとしてたし、そういうとこは親父さんや兄貴にそっくりだよなあ」
「えっ? 兄?」
「『むやみに突っ込むな』って兄貴にも説教した覚えがある。
親父さんも危険を省みないところ、あるだろう? 血は繋がってなくても、似るもんだなあ」
ミチル先生は悪意の欠片もなく、感心したように、ただ純粋な感想を言っているようなのだけれど……冗談じゃない!
私の兄は――兄といっても当然血は繋がっていないのだけれど、見た目はすごく格好良い。
兄のいる空間はなぜかキラキラと輝いて見えるし、兄の周囲はなんとなくいい匂いがする。
けれど、性格に難があるのだ。
やかましくって空気は読まず、他人を驚かせるのが大好きで、やっちゃダメだと言ったことを率先してやる。
その上、怒られたってへらへらしている。
――要するに駄犬のような性格なのだ。
そんな兄を、私はいわゆる反面教師みたいにしてきた。
それなのに……、似てる!?
「似てません!」
しまった、ムキになったような言い方になってしまった。
ミチル先生が軽快に吹き出す。
「あはは! そうか、悪かったな! じゃあ、今後はむやみに突っ込まないでくれよ?」
「……はい」
バツが悪くなって小さく返事をすると、ミチル先生はまた笑い飛ばした。
そして、隣にいるマリカも、笑いを堪えて肩を震わせている。
……もしかして、私、そんなに兄に似ているのかな……。いやだな……。
とにかく、もう絶対に、むやみに突っ込まない!
そう心に刻み込んだ。
* * *
『魔狩り』の話のあと、私はミチル先生と一緒に『第五実習室』と書かれた部屋の前に来ていた。
私の魔力測定の結果がおかしかったので、再測定をしたいと言われたのだ。
……魔力測定のとき、私だけやり直した時点で嫌な予感はしていたけれど……。
「すまないな。測定自体はすぐ終わるから」
そうしてミチル先生が扉に向き直ったところで、内側からがらりと扉が開けられる。
「おはようございます」
その声と、出てきた人物に覚えがあった。
魔力測定のとき、私にやり直しを指示した先輩だ。
――それ以上に、とても印象的だったのだ。
物腰が柔らかで、それを映し出すかのように翡翠の眼差しも穏やか。こんな方が魔法士官を目指しているなんて、と思ってしまうくらい、春の陽気を思わせるような、うららかな雰囲気を纏っていた。
先輩の丁寧な一礼に、濃緑色の後れ毛がさらりと揺れる。
「お待ちしておりました。散らかっておりますが、どうぞお入りください」
促されるまま第五実習室の中に入れば、新型測定装置がたくさん並べてあって、さらに工具が散乱していて、少々……いや、なかなか散らかっている。
でも「お、ちょっと片付けたか?」「ええ、まあ、心ばかりですが」と話していたので、元はもっと凄惨だったらしい。
奥の椅子まで案内されて腰を下ろすと、工学科の先輩はまたも丁寧に頭を下げてきた。
「早朝から申し訳ございません。三年工学科のツバキと申します。
魔力測定の結果に不備がありましたので、装置を変えて再度実施したくお呼びしました」
ツバキ先輩の驚くほど丁寧なご挨拶に、私も思わず背筋が伸びる。
「い、一年魔法特科のシヅです。この度はご迷惑をお掛けし申し訳ありません。再測定、よろしくお願いします」
堅苦しい雰囲気に、ミチル先生だけがくつくつと笑っていた。




