Prologue
彼女は、言った。
「手を貸して欲しい。君の力が必要なんだ」
差し出された右手には僅かな揺らぎも無く。
向けられた眼差しは、確かな信頼を表していた。
「ずっと君を探していた。君こそ、私たちに必要な最後の仲間、最後のピースメーカーだ」
彼女の言っている言葉は、まるで理解ができない。
その、理解できない言葉の中から、単語が一つ、耳に引っかかった。
ピースメーカー。
昔観た映画に、同じ名前の銃が出てきたことがあったっけ。
「ピースメーカー」
もう一度、彼女はその言葉を口にする。
「“空白を埋める者”って意味らしい。こじつけっぽいけど、私たちにはぴったりじゃないか?」
笑いながら、彼女はその言葉をとても誇らしげに語った。
だけど僕は、そう言われたところでさっぱり要領を得ない。
「とにかく、場所を移そう。他にも二人、仲間がいるんだ。あいつらに君を紹介しなくちゃ」
そう言うと彼女は、未だ硬直し、ぶら下がったままの僕の右手を半ば強引に握ると、そのままどこかへと歩きだそうと する。
手を握られた瞬間、心臓が跳ね上がる。
柔らかくて、ほんのりと温かい、永く忘れていた人の手の平。
それも、奇妙なことばかり口にするけど、とてつもなくかわいい女の子の、だ。
緊張し、紅潮する頬が恥ずかしくて、一層に僕の体温は上昇して行く。「さあ、早く!」
その言葉と共に、握られた右手を強く引っ張られたことで、茫然と茹だちかけていた僕の意識は、急速に自分を取り戻していく。
踏み止まって、握られた手を無理矢理解いた。
「ま、待ってくれよ!」
そう、どうか待って欲しい。
こっちははっきり言って、パニック寸前もいいとこなんだ。
「いい加減にしてくれよ! いきなり現れて仲間だなんだって、意味分かんないよ! 大体……」
仲間だとかピースメーカーだとか。
そんな訳の分からないことを抜きにしても。
「大体あんた何者なんだ? あんたは僕のことを知ってるみたいだけど、あいにく僕はあんたのことなんか知らないし、会ったこともない。どこかへ連れてく前に、それくらい説明したらどうなんだ?」
例え彼女自身が、馬鹿みたいに信頼の眼差しを僕に向けていたところで、僕は未だに、彼女に対する根本的な疑問を抱えたままなのだ。
そんな人間に黙ってついて行く程、僕は“勇敢じゃない”。
「うん? あぁ――」
そんな、僕の疑心に満ちた言葉を受け、立ち止まった彼女は。
「いや済まない。君をみつけられたことで、つい舞い上がってしまっていたよ」
それは道理だと。
納得するように、バツが悪そうに。
けど
「遅ればせながら、名乗らせて貰おう」
けど確かにどこか、楽しそうに。
「私は、“ドロシー”。空から落ちてきた少女、赤い靴の迷子。帰るべき場所を探す者、さ。改めてよろしく、雨宮怜央。君と会えて本当に嬉しいよ」
そんな、まるでお伽話の主人公のような、自分の名前を告げたのだった。